第96話 陽キャは凄いなとつくづく思う
「暑い……」
夕方でもまだ燦々と照り付けてくる太陽を手で遮り顔を陰にする。
辺りには段々と人が集まり始め、祭囃子や屋台で何かを焼く音、人を呼び込む声を聞きながら俺は人を待っていた。
何故祭りの会場にいるかと言うと、数日前にlimeで夏祭りに行かないか誘われたのだ。
最初は断ろうとしたが、夏休みを思い返してみれば夏らしい事を全然していない事に気付いた。
光や海とは数回カラオケに行ったりボーリングに行ったりご飯を食べたくらいで殆ど遊んでいない。
海とかプールとかそういうのにも行っていない。基本家に籠ってゲームしたりアニメとか漫画読んだりしてただけ。
光がバイトの時は海と一緒にアニメイトとか行ったな。
それで夏休みも終わるし、折角なら何か夏らしい思い出を残しておくかと思って誘いを受けたのだ。
だがその誘いを受けたのを既に後悔し始めそうな暑さだった。
流石に暑いな。日陰に行って待っとこうかなと思い、limeで場所を変える事を送ろうとした瞬間、近付いて来る人の気配を感じた。
手を止め、顔を上げるとそこには弱々しく手を挙げる七月さんがいた。
打っていた文字を消してスマホを仕舞う。
「や、やっほ柊くん」
「やほ」
なんでそんなにぎこちないのか不思議に思っていると七月さんは目を泳がせる。
「ど、どうかな……?」
浴衣の袖を掴み遠慮がちに見せてくる七月さん。
あぁ、そういう……。普段着ないものを着ているから似合っているかとか緊張しているのか。
白地に水彩画風の淡い青紫や薄い赤色の花が描かれており、レトロモダンで落ち着いた雰囲気の浴衣。
シンプルながらも赤が良いアクセントになって七月さんの元気っぽさも残している感じがする。
「浴衣凄い似合ってるよ。髪型も」
「ほ、ほんと!? ありがと」
ショートカットでも三つ編みって出来るんだと驚かされた。
片方に小さい三つ編みがされていて、新鮮だ。
「でもね柊くん。実はこれ……ワンピース浴衣っていうのなんだよ」
「ワンピース浴衣?」
聞き慣れない単語にオウム返しをすると七月さんはその反応を待ってましたと言わんばかりに鼻を高くして説明する。
「そそ、ワンピースを着てその上から羽織るみたいな感じで着付け楽なんだよね! それに涼しいし!」
「まぁちょっとお腹の帯辺りは重なっててちょっと暑かったり、帯で締め付ける訳じゃないからちょっと体型が出やすいっていうデメリットはあるんだけどね……あはは」
「そんなのがあるんだ」
全然知らなかった。
「ほんとはおばあちゃんに浴衣着付けて貰う予定だったんだけどね、ちょっと運悪く病院の日で間に合わなくって……自分でしようにも全然上手く出来なくて……」
心残りな様子で七月さんは俯く。
「そうなんだ。じゃあ来年リベンジしよ」
「え!? いいの!?」
さっきまで曇っていた表情を晴れさせると目を輝かせて顔を近付けて来る。
その勢いに気圧され一歩引いて答える。
「う、うん。その時は俺も甚平とか着て来ようかな」
「えーそこは浴衣でしょ!」
「なら浴衣着て来るね」
「うん! 楽しみ~!」
まだ今年の夏祭りもこれから楽しむというのにもう来年の事を約束してしまった。
……あれ? 来年も俺と七月さんが仲良くしている可能性はあるのか? もしクラスとかが離れたら疎遠になるのでは……。
今更気付いたが、疎遠になったらその時はその時。この約束も無かった事になるか。
「じゃ、早速行こっ!」
「うん」
七月さんのペースに合わせながらゆっくりと隣を歩いて行く。
どうやら靴は下駄ではなく、クロスベルトデザインのサンダルらしい。
ワンピース浴衣なのに履物だけ下駄という和だとバランスが悪いから少し下駄っぽさもあるそのサンダルにしたらしい。
それを聞かされた時はそこまで考えているのかと舌を巻いた。
「わぁ屋台いっぱいだね。何から食べようかなー!」
人も段々と増え始め、はぐれないようになるべく近くにいると「ねっ柊くん何買う!?」と勢いよく振り向いてきた。
「ッ!?」
七月さんは思ったよりも俺との距離が近かったのか驚いてふらつく。俺は人に当たらないように急いで腰辺りに腕を伸ばし支える。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
体勢を崩したのが恥ずかしかったのか目を逸らす七月さん。
俺は一人でも立てる事を確認するとゆっくりと腕を離した。
この状況に既視感を抱き、思い返してみると小野さんと二人でボーリングした時もこんな風な事があった気がする。
「で! どこ行く!?」
仕切り直す様に言う七月さんに現実に引き戻されると、俺は唸って考える。
暑いしな……まだお腹もそんなに空いてないし……。
「かき氷食べたい」
「お! いいね! 行こ行こ!」
近くのかき氷の屋台にせっせと並び注文して代金を払い暫く待つと、零れそうなブルーハワイのかかったかき氷を受け取り一度かぶりつく。
行儀が悪いが落とす方が勿体ないので許して欲しい。
どうやらその様子を七月さんに見られていたらしく笑われた。
「はいお待たせ!」
屋台のおじさんが元気よく七月さんの頼んだイチゴを渡そうとする。
「おじちゃん! シロップもうちょっとかけてっ!」
突然の事に俺も屋台のおじさんも一瞬固まる。
あんまりこういうの言わないだろ。普通少なくても我慢する。
まぁ今回は普通にシロップ多い方だと思うんだが……?
「あはは! しょうがないな。お姉ちゃん可愛いからおまけね!」
そう言っておじさんは快くシロップをかけていた。
「やったー! ありがとうございます!」
気持ちいいほどの笑顔をおじさんに向けて感謝する七月さん。
これが陽キャ……。陰キャの俺は少なくても言わずに我慢することしか出来ないのに恐ろしい……。
コミュ力の違いを見せつけられ呆気に取られているとおじさんが声を掛けてきた。
「連れの兄ちゃんもかけてやるからおいで!」
「え? えぇ、いや俺は大丈夫ですよ!?」
「いいからいいから!」
断ろうにも断る空気じゃなくなり俺は「じゃ、じゃあ……」と自分のかき氷を差し出す。
「ありがとうございます」
人の目を見るのは苦手だが頑張っておじさんの顔を見ながらお礼を告げるとニコッと笑ってくれた。
その表情を見てホッとするとかき氷をおじさんから受け取る。
「彼女と楽しんでな!」
最後にそう言われると俺は否定するのも面倒くさくなり、苦笑しながら会釈して少し離れた所に座っている七月さんの元に向かう。
すると七月さんも零れないように氷の山にかぶりついていた。
その様子に笑顔を浮かべると俺に気付いて照れ笑いをする。
「柊くんもかけて貰えてよかったね」
「うん。いい人だったね」
「ねー」
サクサクと氷の山をスプーンで崩しながらパクリと口に運ぶ。
口に入れた瞬間に広がる冷たさとブルーハワイの味。
ブルーハワイの味ってどうやって表せばいいんだろう。
人波をぼーっと眺めながら次々に口に氷を入れて火照った身体を冷ましていく。
少し暗くなり始めたがそれでもまだまだ辺りは明るいそんな中、赤と白の提灯がぽつぽつとつき始める。
小学生くらいの子供たちが楽しそうに仮面をつけて通りを指差しながら駆け抜けていく。
少し遅れて「待ってよー」と後を追いかける走るのが苦手そうな子。その声を聞いた事で少し離れたところで立ち止まってその子を待ついい子達。
合流すると走るのを止めて談笑しながら屋台を指差し楽しそうに大きく口を開けて笑う。
その様子を微笑ましく眺めていると、俺にもあんな純粋な頃があったんだよなぁと感慨深い気持ちが湧いて来る。
感傷に浸っていると七月さんが「どしたの?」と不思議そうな顔で覗いて来た。
「ううん、何でもないよ」
「そ?」
家に引きこもっていた中学生の時はまたこうやって自分が普通に高校に通えるなんて考えていなかった。
ましてや女の子と一緒にお祭りだなんて、あの時の俺に言っても信じないだろうな。
「ねね、見て見て。ンベ」
七月さんは唐突に舌を出すと「ひろはわっへる?」と尋ねてきた。
「う~ん? あぁうん、赤くなってる」
それより舌を出すその顔はあまり他人に見せない方がいいのでは……。だいぶ危ない顔をしている気がする。
「あはは! だよね~でも赤だからあんまり目立たないよね?」
「うん、そうだね」
イチゴでも少し赤くなっているのが見えたし、ならブルーハワイを食べている俺のベロは果たしてどうなっているのか。
「俺青くなってる?」
「あははは! 柊くんあっお! めっちゃ青いよ! ゾンビみたい!」
見せてから思ったが、舌を人に見せるって結構恥ずかしいな。
「ね、そっちも食べさせて」
そう言うと俺が承諾する前にかき氷をスプーンでかっさらって行く。
何かこの前の映画館で間接キスをしたからかもう遠慮がなくなっている気がする。それともまた気付いていないのか。
この前は耳を赤くしていたのに慣れたのか? 流石陽キャ、適応能力が高いんだな。
七月さんが気にしていないなら俺も気にしないようにしよう。俺だけキョドっているのも恥ずかしい。
七月さんから感じていた好意はloveじゃなくてlikeだったのかもしれない。いやそうだろう。
その違いもイマイチよく分かっていないが、間接キスなんて気にしないくらい仲のいい友達って思ってくれてるなら俺も嬉しいな。




