第86話 間違いと間接キス
店員さんにチケットを見せ無事に入場し、自分達の席に着いて落ち着こうとするも、俺の心臓はバクバクと早まったまま。
「あれ? 映画館の席って隣とこんなに近かったっけ?」
「んー? ね、思ったより近いかも?」
今まで一人で来ていたから隣に人なんていなくて、いたとしても赤の他人だからそこまで気にしていなかったのだが、意識すると意外と近くて緊張する。
「まぁ私はペアシートでもよかったけどねー?」
俺が緊張しているのに気付いたのか、いつもの配信の時のようにニヤニヤと口を抑えながらからかってくる。
「はいはい」
「えー反応うっす! つまんな」
「なんやねん、お前ポップコーン全部食うぞ」
「食べれるもんなら食べてどーぞ?」
「すみませんでした、無理だから一緒に食べてください」
「ふん、分かればよろしい」
なんか俺が負けた感じになって不服。
七月さんが言ったペアシートとは、所謂カップルシートみたいなものだ。二人の真ん中にひじ掛けや仕切りがなく、より距離が近くなるやつ。家族や子連れの人も使う感じの席の事だ。
ペアシートで七月さんと一緒に映画を見ている所を想像してみたが、今よりも近いとかどうにかなりそう。
付き合ってもない男女がその距離感はちょっとダメな気がする。
というか、映画館でペアシートとかそういうのを見ない気がするが……? 実際今いるシアターの座席を見てみたが二人で座るような椅子は見当たらなかった。
座席の素材が良いものに変わっていて疲れにくかったり、隣との距離があったり仕切りがあったり。荷物を置く場所があったりというのんびりと映画を集中して観られるプレミアシートなるものがあるのは知っているが。
まぁそれもある映画館と無い所があるからな。大体ちょっと料金高くなるので俺も座った事がないのだが、いつか座ってみたいと思っている。
ペアシートなるものが果たして本当にあるのか気になりパパっと調べてみることに。
「この映画館にはペアシートないみたいだよ」
「えー? そうなんだ。残念……」
「というか、殆ど無いね。あったとしてもまじで数か所だけだって。しかも東京とかっぽい」
「そうなの!? いつかペアシートで一緒に映画観るの夢だったのに……」
「東京とか行ったときすればいいじゃん」
「それもそっか!!」
いつになるのかも分からないし、誰と行くかも分からないけどいい夢だと思う。
そう言われると俺もいつかしてみたい気持ちが湧いてきた。果たしてそんな相手が出来るかは分からないけど。
予告映像が流れる前だが七月さんはパクパクとポップコーンを物凄いスピードで食べていた。
「そんなに食べてて大丈夫?」
「ん? いやいや、逆に今の内に食べとかないと映画観終わっても余っちゃうんだよ!」
「そうなんだ」
まぁ確かに昔ポップコーンを買って映画を観ていた時は普通に残っていた記憶があるかもしれない。
映画に集中していつの間にか食べなくなっているんだよな。
七月さんの言う通りだなと思い、俺もポップコーンに手を伸ばす。
「「あっ」」
手を伸ばしたタイミングが同じで手と手が当たってしまい、お互い一瞬フリーズするとクスッと笑い合う。
「ごめん」
「いいよいいよ、ほらお食べ~?」
「お母さんかな?」
「あはは! てかてか塩とキャラメルにして正解だったねー」
「分かる」
「しょっぱいのと甘いの交互だと無限に食べれるんだけどっ!」
暫くして照明が少し暗くなり予告が始まった。
「わっ、怖そう……」
ホラー系の映画予告が来て何かを呟く七月さん。顔をこっちに向けてきて何かを言いたげだったので耳を近づける。
「柊くんって怖いの大丈夫な人……?」
小声で話すいつもと違う感じにくすぐったさを覚えながらも「まぁそれなりには」と苦笑交じりに返す。
「そうなんだ、凄い……」
そういえば七月さんは配信でホラーは苦手って言ってたな。
俺も得意な方ではないし、普通に驚きはするが苦手ってわけではない。寧ろあのドキドキと息を飲む感じは好きかもしれない。なんというか、癖になる。
ホラー予告を見て怖さや緊張から喉が渇いたのか七月さんがジュースに手を伸ばしゴクゴクと喉を潤す。
「あっ……」
「ん?」
突然声を漏らす七月さんの方を向くと口を開けた間抜け面で手に持っているジュースを見ていた。
どうしたんだろうと不思議に思っているとそこで俺も気付く。
もしかして……。
「ご、ごめん間違えた……」
「い、いや大丈夫だよ」
右側に置いていたはずの俺のジュースは七月さんの手の中に。
「ごめん、結構グビッって飲んじゃって量減らしちゃったから私のも同じくらい飲んでいいよ」
「え、いや別に大丈夫だよ。ほ、ほらそんなに減ってないし」
それに間接キスになるし……。俺と間接キスした事には何とも思ってないのか七月さん。
それはそれでちょっと悲しいけど、変に意識する俺がおかしいのかもしれない。
でもそれは今まで女子とこんなに絡む事は無かったんだから許して欲しい。
「そう? でもごめんねほんと」
そこまで謝る事でもないのに、もしかしてそんなに俺との間接キスが嫌だったのか?
変な緊張で喉が渇いたのでコーラで潤したいが、七月さんが口を付けた後のストローを意識してしまう。
でもこのまま飲まないっていうのは勿体ないし……もうどうにでもなれ。
七月さんも間接キスとかあまり気にしていない様子だったので俺も気にしていない風を装いストローに口を付けてコーラを飲む。
「あっ、間接キス……」
「んぐっ」
俺がストローに口をつけ、飲んだところで気付いたのか七月さんがボソッと呟いた。
予告映像がタイミングよく静かな時だったのでその呟きが耳に入り、俺は思わず吹き出しそうになるも我慢して飲み込む。
「ん?」
「ん、んーん!」
変に意識してるのもキモイかなと思い、俺は七月さんの呟きが聞えてないかのように、間接キスなんて何とでもないかのように振舞う。
今気付いたんかい!!
七月さんは「何でもない」と顔を前に向け映画の予告に目を向ける。耳が赤くなり唇をギュっと結んでいた。
耳そんな赤くなるんだ……。というか七月さん程の人でも間接キスを気にするんだな。中学の頃とか普通になんてことはないようにしてそうなイメージだけど。
だって陽キャってそういうの一々気にしなさそうじゃん?




