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第83話 あーんとか間接キスは陽キャにとっては普通の事なの!?

 時間帯も関係あるのか、幸いな事に並ぶこと無く席に着くことが出来た。


 てっきりSNSで見たと言っていたから人気でかなりの時間待たされると覚悟していただけにいい意味で拍子抜けした。


 声量を抑えて話しているお客さんの声。微かに流れるクラシックの様なBGMに暗めの照明。呼吸をする度にコーヒーの香ばしい香りが鼻孔を抜けて自然と心が落ち着いて行く。


 朝の動物園の疲労やさっきの先輩達との緊張するやり取りが全部吹き飛んでいくような感覚。


 そんな別世界に迷い込んだのかと錯覚するほどの空間に浸っていると桃沢さんが前のめりになり顔を近づけ声を掛けてくる。


「ほらほら、助けてもらったお礼になにか奢るよー」


「いや、いいよ」


 いつもより小さい声量と顔の近さが相まって落ち着いていたはずの心拍数がグンッと一気に上昇する。


「いやいやいや。それじゃあたしの気が収まんないからさ。奢らせて? てか奢るから」


 キリッと言い放たれ、これは折れないと長引きそうだと判断した俺は素直に奢られる事に。


「分かった。ありがとね」



 注文したものが届くまではさっきの先輩達の話をしていた。


 予想通り桃沢さんの元カレの名前はつばさで、さっきいたのは同じ部活の先輩達だったらしい。


 バスケ部ってイケメン多いけど、チャラい人も多いんだな……という印象を抱いた。


 確か七緒も中学の頃バスケ部だったよな……。バスケしてたらイケメンになる魔法でもあるのか?


 というかさっきの人達つばささんの友達らしいけど、つばささんディスられて無かった?

「あいつクズだからさ」とか「女遊びやばいよな」とか言われてたよな。


 表では友達とか言いつつも裏では悪口言ったりする所謂フレネミーというやつだろうか。


 でもまぁクズなのは事実だし、ざまぁと内心思う。





「お待たせしました~」


 桃沢さんも大変だねと話していると注文していたものが届く。


 桃沢さんは見た目だけでも分かる、ふわふわなパンケーキ。俺は他のものと比べたら安い自家製プリンを頼んだ。


 奢られる罪悪感で少しでも桃沢さんに負担を掛けないように考えてのことだ。


 プリンにした理由は他にもあり、この時間からがっつり食べたら夜ご飯が入らなそうなのと、普通にプリンが美味しそうで食べたかったからだ。


「ちょ~美味しそ~」


 テーブルに置かれたパンケーキとコーヒーの角度を調整しながら目をキラキラさせてパシャリと一枚。

 その後も微調整をしながら数枚撮影していた。


 奢られるのに先に食べるのも図々しいなと思い、待っていると撮った写真に満足したのか桃沢さんは顔を上げ「中村くんは写真撮らない系?」と尋ねてきた。


「う、うん。別にいいかなって……」


 俺が写真を撮ったとしても見せる相手がいない。いたとしても七緒と光くらいだ。


「イソスタやってないんだ?」


「うん」


 イソスタを始めたとしてもストーリーに上げるものが無いし、見てくれる人もいないだろう。


「そっか、ならほらこっち向いてー」


 どうしてならほらになるかは分からないが自撮りを始めて俺を画角に入れようとしてくる。



「ほら笑って~」


 俺は戸惑いながら何の気の迷いか分からないが勢いに任せてピースする。


 その瞬間シャッター音が鳴り響く。


 桃沢さんは撮ったものを見返し、満足そうな顔をすると「食べよっ」と軽く気合を入れ、パンケーキを食べ始めた。



「ん~うまっ! 超ふわふわだ」



 随分とあっさり撮影が終わって呆然としていると桃沢さんが「食べないの?」と言う様に首を傾げてきたのでハッとしてスプーンでプリンを口に放り込む。


「うま」


 口に入れた瞬間に広がる甘味、とろけるような食感。


 プリンってこんなに美味しかったっけ?


 スーパーとかコンビニで売ってあるカップのプリンよりも濃厚なミルク。さらにそれが長い時間口の中に滞在していて飲み込むまでずっと美味しい。


 ずっと舌の上で遊ばせたいくらいだ。


 甘い中に確かに感じるカラメルのほの苦いアクセントも良い。


 大人ぶってコーヒーを頼んでしまったけど、この口に残った甘さを中和してくれて美味しく味わえるかもしれないと心躍らせながらコーヒーを口に運ぶ。


「にがぁ……」


 俺の期待は外れ、コーヒーの苦味が口を支配していく。


 このプリンの甘さをもってしても苦いのは変わらなかった。


 飲み込んだらそうでもない……? 寧ろ甘さがリセットされてまたプリンが美味しく食べられそうかも。


 二口目を食べていると視線を感じ、前を見ると桃沢さんと目が合った。


「美味しい?」


「う、うん」


「そっか、よかった」




「ね、それ一口頂戴よ」


「え、あっいいですよ」


 プリンを渡そうと手に持つと、桃沢さんは前のめりになり目を細めて口を開ける。


「あーー」


 食べさせろと!?


 これ恋人同士がするやつでは!? 桃沢さんは誰にでもこんなことをするのか? いやそんなわけないよな。仲いい友達とかにはやりそうだけど。でも俺はそんなに仲良くないし、あぁそうだった今日は練習に付き合ってくれるって話だったなそういえば。


 練習でここまでするの!? 


「ねぇ早くっ」


 桃沢さんの行動に混乱していると急かされ、俺はもう正常な判断が出来ずスプーンでプリンをすくうと桃沢さんの口に運んだ。


「んぅ~! プリンもおいし~っ!」


 や、やってしまった……。本当に良かったんだろうか、あとから何か言われたりしない?


 夏休み明け学校に行ったら俺の居場所なくなってたりしない!?



「あ、中村くん。はい、お返しー。あーん」


「えっあっいや、いい――ごふっ」


 断ろうと口を開けている最中に、空いた口を逃すまいとねじ込まれ、半ば無理矢理パンケーキを食べさせられた。


「ど?」


「お、美味しいです」


 ふわふわしているのは分かったが、緊張やら何やらで正直味は全く分からなかった。


 満足したのか桃沢さんは再び自分のパンケーキに手を付ける。間接キスなんて微塵も気にした様子は無い。


 え、そうじゃん。え? 間接キスじゃん……。え!?


 えぇ、どういう……えぇ……? 普通なのか? 俺とかアニメとかが大袈裟なだけで本当は皆もっと気軽に間接キスしてるのか!? そんなのエッチじゃん!!




 一旦俺はカップに手を掛けコーヒーを流し込み苦味で気持ちを落ち着かせる。


 うん、やっぱり苦いな。無理してコーヒーなんて頼まなければよかったかもしれない。

 前飲めなかったから、今なら飲めるかもとかいう浅い考えをしていた数分前の自分を殴りたい。


 けど今はその苦さで何とか冷静さを取り戻す事が出来ているから皮肉なものだ。



 桃沢さんもコーヒーを飲むと「にっが」と声を漏らし顔を歪ませていた。


 あんまりお店の人がいる前でそんな顔しない方が……。てか桃沢さんもコーヒー飲めないんかい。


 近くを通った若い店員のお姉さんは桃沢さんの表情を見ると微笑ましそうな表情をしていた。


 俺と目が合うと優しい表情で軽い会釈をされたので俺も苦笑いしながら会釈し返す。


 気まずいぃぃぃ!!


 俺は気を逸らすように、ついてきていた砂糖をジャーっと二本とも入れかき混ぜる。


 これでさっきよりはほんの少しだけ苦味がマシになっただろう。


 砂糖がちゃんと混ざった事を確認して飲んでみるも、マシになってはいたがやはり苦かった。


 俺にコーヒーは早かったみたい。


 桃沢さんも俺を真似して砂糖を入れて飲んでみるが、まだ苦いようでそれを見かねたさっきの店員さんが砂糖を追加で持ってきてくれた。


 流石に何本も入れるのは申し訳なかったのか桃沢さんは二本追加して混ぜて飲むと、まだ渋い顔をしていたが我慢して飲んでいた。


 動物園でもパフェとか食べてたし、甘いものが好きな代わりに苦いのとか渋い感じのが無理なのかな……?




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