第82話 お揃いと嘘
売店で家族へのお土産でクッキーを選んでいると、桃沢さんがツンツンと肩を叩いてきた。
「ね、今日の思い出として何かお揃いで買わない? キーホルダーとかさ?」
「え、いいね。買おう!」
「じゃじゃ、何にする?」
桃沢さんに手招きされて様々な動物のキーホルダーが置いてある場所に移動する。
「何がいいかなーペンギンも可愛いし……あは! このカピバラも可愛いよねぇ……」
確かにデフォルメイラストになっているので全部の動物が可愛くて仕方ない。どれを買ったとしても俺的には桃沢さんとお揃いに出来る事だけで既に嬉しかった。
俺も一緒に悩むふりをしつつ何となしに目に入ったレッサーパンダを手に取る。
「えっそれめちゃ可愛いじゃん? 威嚇ポーズだっけ? かわい~それにしよ!? いい?」
「うん、いいよ。これにしよ」
桃沢さんはテンションが上がっていたのかいつもよりワントーンくらい声が高い。俺もそれに釣られて変なテンションになっていた。
今にも鼻歌を歌いそうな程にゆらゆら揺れてご機嫌そうな桃沢さんを横目にふと俺の頭は冷静さを取り戻す。
付き合ってもいないのにお揃いで買うって果たしてどうなんだろうか。それとも俺が知らないだけで世の中では普通の事だったりするのか?
俺のアニメの知識だったら好き同士で買ったりすると思うんだが……。
仲いい友達同士だと買ったりするのかもなと言う結論に自ら辿り着いたものの、俺と桃沢さんはまだそこまで仲良くないなと気付き俺はもう考えるのをやめた。
普通にお揃いに出来るの嬉しいからいいや。
「それ買うから貸して」
「え? いやいいよ、自分の分は自分で買うし」
「今日練習に付き合ってくれたお礼……だからそれくらは奢らせて……」
「ふーん? そういう事なら、お言葉に甘えちゃおっかな」
「うん」
俺は桃沢さんからキーホルダーを受け取り、会計を済ませると「はい」と手渡す。
「ありがとっ!」
今日一番くらいの桃沢さんの笑顔の破壊力に俺は自分の頬が熱くなるのを感じ目を逸らす。
あぁダメだ。女子に対しての免疫が無さ過ぎて桃沢さんの事を好きになってしまう。
どんどんと桃沢さんの魅力にハマって行っているのを感じる。
お互いに家族へのお土産を買い終わってから動物園を後にするも、時刻はまだ3時を回ったばかり。
「結構長い事いたねー」
「そ、そうだね」
「この後どうする?」
「うーん……」
何も考えていなかった。俺的にはかなり歩き回って疲れているしもう帰ってもいいのだが、桃沢さんとまだ一緒にいたい気持ちもある。
俺が悩んでいると桃沢さんは思い出したかのように手を鳴らす。
「あたし行きたいカフェがあるんだけど、行かない……?」
「い、行こう」
「よしっ、決まりね」
どうやらSNSで見つけて行こうと思っていたらしく、動物園からもそんなに遠くなく、折角ここまで来たから行きたかったらしい。
ふわふわパンケーキや自家製プリン。季節によって変わるフルーツパフェなどその他にも魅力的なメニューがあると見せてくれた。
カフェの近くのバス停で降りるとさっきまでの自然の豊かさはどこへやら、ビルやおしゃれな服屋さんなどが沢山ある通りが広がっていた。
人も先程とは比べものにならないくらい沢山の人がいる。
「はぐれないでね~」
桃沢さんはスマホを見ながらお店に向かい始める。
その歩みに迷いは無く、左右にある美味しそうなたい焼きや服なんかに目もくれない。
言われた通りはぐれないように桃沢さんのすぐ後ろについて行くと少し前に数人の学生らしき人達がいた。
その内の一人がこっちに気付くと近付いて来る。
「あれあれ? 彩香ちゃんじゃ~ん」
名前を呼ばれた事で桃沢さんは顔を上げると「げっ」と小さく声を漏らし一瞬眉間にシワを寄せた。
「奇遇じゃーん」
「あはは、奇遇ですね」
男が話しかけた事により連れの男達も桃沢さんの方に近寄って来た。
「なになに? 知り合い?」
「そうそう」
「あれ? 桃沢ちゃんじゃん」
どうやらみんな桃沢さんの事を知っているらしかった。
同学年にこんな人達は見た事がない。だとしたら考えられるのは先輩とか……?
俺は桃沢さんとの二人の時間に水を差された感じがして胸の中がモヤッとする。
しかも馴れ馴れしかったり、下の名前で呼んでいるのに不快感が募る。
でも俺は桃沢さんの彼氏でもなければ友達と言えるのかも怪しい関係。
桃沢さんは俺が女子と普通に話せるようになるために練習に付き合ってくれているだけ。
だから俺は何かを言えるような立場じゃないし、こんな感情を抱くのもおかしいとグッと我慢する。
「あはは、どうも~」
「そうだ、聞いたよ。つばさと別れたんだって?」
「え~! そうなん?」
「はは、まぁ……」
「よかったねーあいつクズだからさ」
「あいつバスケ上手いからって女遊びやばいよな」
「それなー」
どうやら桃沢さんの元カレ、つばさという人と同じバスケ部らしいことが会話から伺えた。
先輩達もつばさという先輩のクズっぷりを知っているんだなという感想を抱くと同時に、本人がいない所でそんな事を言うのはどうなんだと冷めた目線を向ける。
事実かもしれないが、陰口を言うのは違う気がする。
俺もかつて陰口を言われていた身。つばさ先輩に同情こそしないが、陰口を言っているという状況に嫌気がさす。
「あ、てかてか今恋人いないならさ、俺と付き合わない?」
「はは、彩香ちゃんこいつは止めとけ馬鹿だから。こいつと付き合うなら俺の方がいいって」
「ほらほら皆桃沢ちゃんが困ってるでしょ~。桃沢ちゃんは俺が貰うからさ」
「「いやお前もかよ」」
「ぎゃはは!」と先輩達が勝手に盛り上がっている様子に気持ち悪いなという感想を抱きながら桃沢さんに目をやると、手を握り締め今にも殴りかかりそうな程肩を震わせていた。
「……きっも」
「あははは……え? ごめん何か言った?」
桃沢さんが俯いて何かを呟くが先輩達の笑い声がデカくてあまり聞こえなかった。
でも桃沢さんが不快な気持ちをしていて、限界なのはみて分かった。
なんか……嫌な予感がする。このままじゃ危ない気がする。
それはただの勘で、当たるかは分からない。でももし起こってしまったらきっと取り返しがつかなくて、後悔してしまうようなそんな感覚に襲われ全身に鳥肌が立つ。
桃沢さんが勢いよく顔を上げ先輩達を睨みつけて口を開こうとした瞬間、俺は閉まっている喉を無理やりこじ開け声を上げる。
「あのっ!!」
声を掛けた瞬間、先輩達は怪訝そうな表情で俺に品定めするかのような目を向けてきた。
桃沢さんにも、なんとか俺の声は届いたらしくハッとした顔で俺を見てくる。
その瞳は微かにだが、確かに揺れていた。
「は?」
「なにこいつ」
「俺らに言ってる?」
「あのー誰?」
一瞬にして先輩達の視線は俺に向けられ、その圧に押されて俺は委縮する。
「あーすみません先輩方。そういうのはもう間に合ってるんで」
そう言って桃沢さんは俺の方に歩み寄ってくる。その顔は穏やかでいつもの桃沢さんだった。
その表情に少し安堵していると突然腕を組まれ、衝撃的な発言を投下された。
「あたし、今この人と付き合ってるんで。それじゃ」
「???」
俺は今自分の身に何が起こっているか分からず、目を見開いて固まっていると「行こッ」と桃沢さんは顔を覗き込んできて腕を組んだまま歩みを進める。
「は? もう彼氏できたの?」
「早すぎだろ」
「ビッチが」
背中からそんな声が聞こえてくるけど桃沢さんは何もなかったかのように目的のカフェに向かって今にもスキップしそうな足取りで向かう。
豊満な胸を腕に押し付けられているこの状況にドギマギして自分がどうやって歩いているのかすらよくわからなくなってきている。
それにさっきの桃沢さんのセリフがこだまして頭から離れない。
そんな俺の様子に気付いたのか桃沢さんは絡めていた腕を離して少し距離を取ってくれた。
「あ、ごめん」
「い、いえ……大丈夫です……」
「あはは、敬語に戻ってるぞー」
俺に胸を押し当てていた事が本人も恥ずかしかったのかぎこちない笑みを浮かべていた。
き、気まずい……っ。
「……さっきは助けてくれてありがとね」
「いや、俺は何も」
だって声を掛けただけ。ただそれだけだし、何も助けていない。最終的には桃沢さんは自分でその場を切り抜けた。
だから俺は本当に何もしていない。
物語の主人公ならもっと上手くカッコよく桃沢さんを助けれたんだろうけど。
「いや中村くんが声出してくれたから、あたしは正気に戻れたし。充分助かったよ。ありがとね」
それでもお礼を言ってくる桃沢さん。
「あたしあのままだったら先輩のこと殴ってたかも」
「あはは」と苦笑いしているが、本当に殴りそうな雰囲気があったのでそんなことにならなくてよかったと思う。
「今思えば、あたしが殴っても絶対その後あたし色々やられてたと思うしさ~」
色々と言われ俺は桃沢さんが先輩たちに殴られたりしたあとエッチなことされるのを想像してしまい自分の太ももを思いっきりつねる。
「でも俺と付き合ってるって嘘ついてよかったの?」
「え? まぁいいんじゃない。彼氏がいるって分かってたら言い寄ってくる人いなくなるだろうし、暫く誰かと付き合うとかそういうの考えてなかったし丁度いいかな」
な、なるほど。つまり俺は都合のいい男避けに使われたって事か。
桃沢さんは「うーん」と隣で唇に人差し指を当て、何やら考える素振りを見せるとニヤリと片方の口角を上げる。
「――それとも本当に付き合っちゃう?」
「えっ……」
「なんちゃって~」
び、びっくりしたぁ……。そ、そうだよな。俺なんかと付き合うとか意味分かんないよな。心臓に悪すぎる。
もしここで俺がうんって言ったらどうしてたんだろう。絶対最悪な空気になってただろうな。
その気がないのにそういう事言うの本当にずるい。
俺が一喜一憂しているのを他所に、言った本人は何でもないような顔で前を向いていた。
「勇気出して声掛けてくれたの嬉しかったよ」
髪の毛をくるくると指で触りながらチラッとこちらを見てくる姿に、心から思っているんだと言う事が何となく分かった。
すると恥ずかしさを隠すかの如く「あっ! あそこあそこ!」と目的のカフェを見つけたのか指を差すと一人でどんどんと進んでいった。
意外と桃沢さんって照れ屋さんなのだろうか。




