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第35話 扉越しの失恋

 カラオケに来るのは二回目だがもう羞恥心は一回目で無くなり早速皆で歌い始めた。



 数時間が経った頃、光が目配せをしてきたので俺はしんみりとした曲や青春を彷彿とさせ物悲しい雰囲気の曲、思い出したら胸が締め付けられたり思いがこみ上げてくるような所謂エモい曲を暫くずっと歌い続けた。


 その意図を直ぐに察した光もそういう曲を歌ってくれて、2時間程経ちちょっと休憩しようという雰囲気になった。


「はぁぁあ歌ったね……なんかお前ら二人がエモい曲ばっか歌うから何かしんみりしてきた」


 思っていた通りの展開になり俺と光は目を合わせるとふっと笑い合う。


「なんか今も俺達青春真っ只中にいるけどさ、小学校とか中学校の頃思い出したら胸がギュって締め付けられるよね。みんなで机並べて一緒に給食食べたり、昼休みみんなで鬼ごっことかしてさ、楽しかったよね」


「めっちゃたまに先生も一緒に遊んでくれるやつな?」


「そうそう!」


「うわ、待って?! 共感しかない。当時は給食嫌いだったけど今となっては懐かしくてたまに食べたくなるよね?!」


「「うっわ、分かる~」」


 俺が突如として始めた思い出話に光も海も乗ってきて、懐かしい記憶が蘇ってくる。


 思い出そうとしたらどれだけでも思い出せるし語れる。でも今日はそんな事が目的ではない。

 なぜ急に過去の話をし出したかというと、海の女子相手にだけコミュ障なのはきっと過去が関係していると推測したから。

 昔の話をすることで少しでも海が話しやすくなればという魂胆だ。


「楽しかったけど、思い出したくもない嫌な事もあったよなぁ……」


「……まぁそれなりにあるよな」


「………………」


 俺はそこで黙った海に視線を向けると俺達の意図に気付いたのか「あぁそういう……」と呟き自分の過去についてポツリポツリと語り始めてくれた。


「俺が女子と話すのが出来なくなったのは実はそんなに昔からじゃなくて、中2の途中くらいからなんだよね」


 俺達は相槌を打ちながら話の続きを静かに促す。





 〇中村海の回想〇


 2年に上がり、もうすっかり学校や新しいクラスにも慣れてきた頃俺は(はやし)さきという女の子に恋をした。


 何か特別あった訳じゃない、ただ何となく同じクラスで日々を過ごし林さんと話したり関わったりしていく内に気が付けば好きになっていた。


 席が隣になった時なんかはテストで満点を2、3個出した時くらい嬉しかった。


 小学生以来満点なんて取ったことないけど。



 ある日の放課後、忘れ物をして教室に取りに戻った時の事だった。

 教室から林さんやその部活仲間の人達の話し声が聞こえて来た。


「てか中村君ってさきの事好きだよね」


 さっさと忘れ物を取って帰るつもりが自分の名前が出て来た事により教室に入りづらくなった。


 話題が話題なだけに、もしかしたら林さんが俺の事をどう思ってるのか聞けるかもしれないという淡い期待も抱いてしまった。


「いやぁほんと勘弁して欲しいんだよね。私が好きになるわけないのに」


「ぎゃはは、それなー?」


 あぁそっか、そうだよな。分かってた。林さんは俺にだけ特別優しい訳じゃなく、皆に等しく優しかった。


 まぁ何となく分かってたけど、失恋はちょっと辛いな。


 忘れ物はまだ教室の中、だけど今この状況で普通に教室に入って行って林さんと普通に会話出来るはずがない。

 聞いてなかったら出来たのかもしれないけどそれは無理だ。


 思わぬ形で失恋することになり、肩を落として忘れ物も諦めて帰ろうと教室に背を向けた時、また会話が聞こえて来た。


「優しいけどさーデブだし臭いしキモいじゃん」


 …………え?


 俺はその言葉の意味を直ぐには理解できなかった。そんな言葉が林さんから飛び出してくるとは思ってもいなかったから。


 だって林さんは皆に優しくていつも笑顔で…………。



「でも流石にそんな事言える訳ないし、そんな事言ったら他の男子に嫌われちゃうかもしれないから言わないんだけどね! あー中村なんかじゃなくてイケメンが私の事好きになってくれたらよかったのになー」


 俺ではない誰かの悪口を言っているのだろうと思い込もうとしたが、中村という名指しをされたことにより俺の事が確定している。


 息が苦しい、なんだこの胸の痛みは。心臓が痛い。何で、何で……。本当は俺の事そんな風に思ってたんだ……。あんなに優しくしてくれてたのは全部嘘だったのか……。


「あははは! てかてか、さきとワンチャンあると思って接してんの見てるとマジおもろいんだけど」


「も~他人事だと思って~!」



 俺はバレないように速足でその場から離れ、足音が聞えないくらいまでの距離になると走り出した。


 呼吸もまともに出来ないまま廊下を曲がり、階段を駆け下りる。


 ――あれ、おかしいな。階段が歪んでよく見えない。



 次の瞬間、俺は身体に思うように力が入らずそのまま階段の一番下まで転げ落ちた。


「――カハッ! はッ……はッはッ……はッッはッッはぁ……ングッハはぁ……」


 階段で打ったのかおでこや腕、足が。もう身体中がジンジンする。


 だが、痛みを忘れたかのように俺は直ぐに立ち上がると再び走り出す。


 色々なものが溢れ出さないように必死に堪えながら昇降口で上履きを脱ぎ靴箱に投げ入れ、歪む視界の中よろけながらも置いていた靴を履く。


「はッはッはッ……」


 ずっと止まっていた呼吸をして、からからに乾燥した口を閉じ唾を飲み込む。

 一呼吸するとさっきの林さんの言葉がずっと脳内再生で繰り返され始めた。


『デブだし臭いしキモいじゃん』『デブだし臭いしキモいじゃん』『デブだし臭いしキモいじゃん』『好きになる訳ないのに』『デブだし臭いしキモいじゃん』『デブだし臭いしキモいじゃん』『ぎゃはは』『デブだし臭いしキモいじゃん』『好きになるわけないのに』


 ぐちゃぐちゃになる頭の中をかき消すように俺は校舎を飛び出し走り出す。痛む身体なんて気にする気になんてなれず、ただただ今はここから逃げ出したかった。


 無常にも夕焼け空は綺麗で、部活をしている人達の掛け声や笛の音、体育館からはボールが床を叩く音が背中に響く。


 その情景の中、こんな痣だらけで涙を堪える顔は不細工で無様に走っている自分が惨めになり、気付いたら涙が溢れだしていた。


「ハッハッはぁッグスッズズ」


 クソッ止まれよ……止まれよ止まれよ……なんで止まんないんだよ!!!!


 一度流れ始めた涙は止める事が出来ず、袖で拭っても拭っても次から次に溢れ出してくる。

 こんな姿誰かに見られるわけには行かない。


 その一心で俺は学校から飛び出し無我夢中で走り続けた。


「はっはっはぁはぁはぁはぁカハッ!」


 途中、俺の酷い姿を見て心配そうな目を向けてくる人が何人もいた。


 クソクソクソッ……! こんな姿誰にも見られたくなかったのに。


「ゴホッ! ゴホ……はぁ゛あ゛ぁゴホッ゛」


「……大丈夫かい?」


 途中声を掛けてくれる優しいおばあさんもいたが俺にはその優しさが今では逆効果。自分が哀れ過ぎて少し引いていた涙が再び溢れ出してくる。


 申し訳なく思いながらも返事もせず走り続けようやく家にたどり着いた。



 不幸中の幸いか、家には誰もおらず速攻で自分の部屋に入ると荷物を投げ捨て、タオルに顔を埋め呻き声を上げる。


「ん゛ん゛ぅ゛ッ!!」



 勝手に林さんに恋して勝手に聞き耳立てて、勝手に失恋して、勝手に惨めな思いをして。


 全部自分が悪いんじゃん。全部俺が勝手に一人でしてるだけじゃん。

 デブなのも、臭いのも、キモイのもそれで林さんに振られるのも全部全部自分のせいじゃん。

 あぁ本当は皆からそんな風に思われてたのかな……。


 俺が話しかける度に『うわキモ』とか『臭い近くくんなよ』とか思われてたんだろうな。きっとそうだ。


 こんな事で泣いている自分すら情けなく思えてくる。涙を堪えようと唇を噛みしめるも止まらない。声を押し殺そうとすればするほど嗚咽が漏れる。


 次第に頭が痛くなっていき、考える事すらできない状態になると少し涙が止まってきて無意識に呼吸を整え始める。



 走った疲れからか身体が重く思考することすら億劫で、ぼーっとただ白い天井を見上げて時が過ぎていく。


 涙も収まり色々頭の中で整理し始めると、アドレナリンが切れたのか階段から落ちてぶつけた所がどんどんと痛くなっていった。


 走り過ぎて喉が血の味がするし、肺も痛い。泣き過ぎて頭も痛かったが、気が付けば俺は眠っていた。



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