第126話 もはや恋人
『よいしょ』
コメント欄と話しているとあきななが戻ってきた。
少しの衣擦れ音の後、ピッと体温計が起動する音。
「熱あったらやらないからね」
『えー』
「えーじゃないの」
『絶対微熱だから大丈夫だってー』
「微熱でも寝なさい」
【ごもっともwww】
【お母さんみたい】
【微熱でも休んでクレメンス】
【↑古いw】
【ファッ!?】
あきななと言い合っているとピピピピという電子音が耳に入ってくる。
俺は何度だったか問いかけるとあきななは意気揚々と体温を発表する。
『んーと……38.7!』
「いや寝ろ」
『いやーだー! 全然元気だもん、微熱だもん』
「噓つけぇい!? 38.7が微熱なら何度から高熱になるんだよ」
突拍子もない事を言うあきななに俺は思わずツッコミを挟む。
つい大きい声出しちゃったけど病人にはよくないよなと反省。
『んー』と考えるあきななの返答を待っているとまた耳を疑う事を言い始めた。
『42度とかー?』
「いや確かに高熱だけど……それはもうほぼ致死体温なんだよ。超高熱だろ」
『わ、分かってたしぃ?』
もう熱で頭おかしくなってきてるんじゃないか。これは本当に今すぐ休んだ方がいい。
【まじで寝るべき】
【これまじで大丈夫か……?】
【流石に今はてぇてぇとかより心配が勝つ】
【あきななお願い休んで】
【頼むから無理しないで……】
「ほらコメントのみんなも心配してるよ?」
『ラギくんは心配してないの?』
「俺? そんなの心配してるに決まってるじゃん」
熱を出しておいて、しかもここまで不安にさせてきて。心配にならない方がどうかしている。
俺もリスナーの皆も本気で心配しているのにも関わらず、当の本人は俺が心配しているのが嬉しいのか『えへへ』と呑気に笑っていた。
「ほら、分かったら寝るよ」
『やだ。ヴァルやる。ラギくんと一緒にヴァルやるのー』
「やんないよ」
『なんで!』
「体調第一だから」
『だから大丈夫だって!』
俺が説得しようとしても駄々をこね続け、遂には逆ギレしてくるあきなな。
一体どうすればいいんだ。
七月さん、小野さんが無理して学校来てた時なんて言ってたっけ。完全にブーメランじゃないか?
頭を抱えていると、あきななはまたもや唇を尖らせ不機嫌になる。
『やっぱりラギくんは私としたくないんだ』
あぁもう、本当にこの人はなんでこんなにも頑固なんだ。おもちゃ売り場の前で泣き喚く子供くらい頑固だ。
「いやしたいよ」
『ならいいじゃん』
「したいけど、あきななの体調の方が心配だから今日はやらない。あきななが大事だから」
あきななを上手く説得できない自分が段々と嫌になってきて、半ば投げやりに捲し立てる。
「あきなながいないと俺も悲しい。だから俺の為だと思って今日はゆっくり休んで? 元気になったらまたやろ……? 今日は俺も配信終わるからさ。寝つくまで通話繋いどいてあげるからさ……?」
『……分かった』
渋々と言った感じだが、ここまで言ってようやく頷いてくれた。
俺は静かに溜息を吐くと通話をミュートにし、コメント欄の皆に謝る。
「ごめん、そういう事だから今日は配信終わるね」
【はいよw】
【了解】
【大変だな】
【おつおつ】
リスナーの皆も受け入れてくれて俺は申し訳ない気持ちになっていると、あきななのマイクからガサゴソという音が聞えてくる。
『まだぁー?』
恐らくスマホで通話に入り直したのか、音質が悪くなって環境音が入っている。
俺はミュートを解除すると「ごめんごめん、今行くからもうちょい待ってて」とあきななを宥める。
「それじゃ、みんなおやすみ」
『みんなばいば~い』
ふわふわした状態であきななも挨拶をすると、俺は配信を閉じた。
しっかりと配信が切れた事も確認する。
俺もスマホで入り直してベッドに横になると『はふぅ』という欠伸をする声が耳に入った。かと思えば途端にスマホから何の音も聞こえなくなる。
通話切れたか? と思い画面を見てみるが切れていない。
もしかして寝た?
さっきまで無茶していたから、横になったら急激に眠気が襲ってきたのだろうか。
耳を澄ますとスヤスヤと寝息を立てているのが分かり俺はため息交じりに笑う。
一時はこのわがままお姫様をどう対処しようかと大変だったが、なんとかなってよかった。
俺も久しぶりに早めに寝るかと、七月さんが眠っているのを再度確認すると通話を切り天井を見上げる。
……今日の配信って中々に事故だったのでは?
後から七月さんがアーカイブを見たりして悶えないといいけど。俺だったら恥ずかし過ぎて暫く顔合わせたくないだろうな。
てかこれ絶対切り抜かれるよなぁ……。
後日、予想通り俺とあきななの尊いシーンを切り抜く専用チャンネル。【あきらぎ切り抜きch】というそのまんまのチャンネル名なのだが、そこに切り抜き動画がアップされていた。
このチャンネルはタケとあきななと一緒にエテカスタムに出た後に出来たものだ。
それにも関わらず、既に登録者は1万人超え。なんならもうすぐ2万人になりそうな勢い。
チャンネル登録者はそのくらいでもアップされた動画の中には30万近く再生されている動画も存在している。
サムネには左側に俺のアイコン画像、そして隣に「熱あるから寝なさい」の文字。そして右側にはあきななのアイコン。「なんで!」とあきななが怒っているテロップ。
その下にはさらに
「寝つくまで一緒にいるから」
「分かった……」
というテロップ。
正確には「寝つくまで通話繋いどいてあげるからさ」なのだが……。
一部セリフを都合のいい様に変えているけど、目を引くためには必要な事。
動画を沢山の人に見てもらうには大袈裟に表現したり、誇張したりして目に止まりやすくするのが効果的なのだ。
わざと炎上しそうな言葉遣いを使ったり、ヘイトを買うような文言で煽ったりする人も存在する。
インパクトを与え再生するきっかけを作れる代わりに、動画の内容が面白くなかったり期待外れだと途中で離脱されたり、所謂釣りサムネだと思われて視聴者から信頼を失う可能性も秘めていたりするのだが。
動画の内容とあまりにもかけ離れていたり、嘘とかは最悪の場合ニューチューブの運営から削除や警告を受ける事もあるらしい。
この人はそういうのを上手く使いこなし、再生数を稼いでいるので本当に凄くて尊敬する。
このチャンネルのお陰で俺もあきななも、そしてタケまでもが登録者数やツニッターのフォロワーが今も尚増え続けている。
こんな人がなんで俺達の切り抜きを無償でやってくれているのかは謎だが。
今回の動画もかなりの再生数とコメントの数だった。
【もはや恋人】熱があるから寝かせたいラギと我儘なあきななのやり取りが同棲カップルにしか聞こえないwww【あきらぎ / あきらぎてぇてぇ / あきなな / ラギ / 切り抜き】
【これは誰がなんと言おうがカップル】
【式はいつですか?】
【俺達は一体何を見せられているんだ……?】
→『痴話喧嘩』
→『公開告白』
→『カップルのイチャイチャ』
【38.7は普通に心配なる】
【ラギが完璧な彼氏ムーブ過ぎて眩しい。ほんとに俺と同じ高校生なのか……?】
→『まじでラギがいい彼氏過ぎるw』
【ほんとに同棲してるみたいw】
→『してないと思ってたの?』
→『彼らは夫婦だよ』
→『なんか厄介いて草』
【6:56逆ギレあきなな草】
【てぇてぇより心配が勝つと言ったな、あれは嘘だ。てぇてぇが勝つに決まってんだろぉぉぉ!!!!】
→『本人だw』
→『分かりみが深い。マリアナ海溝くらい深い』
【ぽよぽよふわふわしてるあきなな酔ってるみたいで可愛い】
【最後の方ガチで同棲しとるやん】
→『まだぁ?ってあきななが急かす所とかもろそれ』
→『一緒に寝る約束してて先にあきなながベッドで待ってるけど、中々来なくてちょっと拗ねてるみたいだよね』
→『解像度高すぎだろw』
【絡み酒やんw】
【メンヘラあきななも悪くない】
【時々入るラギのツッコミがガチおもろいw】
→『瞬時に致死体温って言葉出て来る辺り語彙力すげぇってなった』
【喧嘩の理由が彼女の体調って、てぇてぇ……】
【2:18の寝てても起こしてよの所、彼氏の配信が終わるの待ってたけど気付いたらソファーで寝落ちしちゃってた彼女】
→『それだ』
【体調良くなったあきななが配信見返して顔赤くしてるの想像するだけで興奮してきた】
→『おまわりさんこの人です。でも分かるわ』
→『おまわりさん、こいつらと俺です』
「は、恥ずかし過ぎる……」
1日休んで元気になった七月さんは休み時間机に突っ伏してプルプル震えていた。
「どうしたの?」
俺がニヤニヤ顔で質問すると、キッと睨みを利かせてくる七月さん。
「分かってるくせに!」
「はて、なんのことやら。誰かさんが高熱なのにも関わらず俺と遊びたくて醜態を晒した事しか心当たりないけど」
「っそれだよそれ!! 口に出して言うなっ!!」
顔を赤くして小刻みに震えながら恨めしそうな目を向けてくる七月さんに俺は肩を竦めて笑みを浮かべる。
「そんなに俺とゲームしたかったんだねぇ?」
「っ! そ、それはまぁ……したかったし、したいけど……事実だけど……」
「そ、そっか」
素直に認めるとは思わず面食らっていると、それをチャンスだと思ったのか七月さんは反撃するかのように赤い顔のまま口を歪ませる。
「柊くんだって私の事好きって言ってたよねぇ? 私の事好きなんだぁへーふーんそうなんだそうなんだー?」
「いやあれはコメント欄のアドバイスに従っただけだし、他意はないよ」
「本当にそうなのかなぁ? 実は私の事好きだったりしてぇ!?」
「いやいや……それはないない。むしろ他の人とゲームすると怒って来る面倒くさいやつだろ」
首を振り否定するとさっきまでの勢いはどこへやら。七月さんは目を伏せると小さくボソッと呟く。
「そ、そうだよね。ごめんね……」
「いやごめん言い過ぎた」
まさかそんな落ち込むとは思ってなくて俺は直ぐに謝罪すると弁明の言葉を繋げる。
「七月さんのこと友達として好きだし、そういうノリ的な方が面白くて皆が喜びそうだからしてるの分かってるよ。だから気にしないで?」
「友達として……か」
「え?」
友達という単語に引っ掛かりを覚えたのか、しみじみと言葉を繰り返す七月さん。
なんかダメだったかな。地雷踏み抜いたかな。もしかして俺なんか友達でもないと言う事だろうか。
「恋愛的な好きにはなってくれないのかなーって」
「……それはどうだろうね。ほら、恋愛的な好きってまだほら……」
俺はまた裏切られるかもしれないというトラウマから、まだ人を心から好きになる事は出来ていない。
これまでの生活で少しずつ克服してきてはいるが、無意識の内にその感情にストップがかかるのだ。
気まずくて目を逸らすと、七月さんは再びニヤリとした笑みを浮かべ
「じゃあ私が好きにさせちゃおっかなー。恋愛的な好きっていう気持ちを思い出させてあげようではないか」
謎の上から目線で鼻息を鳴らす。
「はは、できるものならどうぞ?」
トラウマをも乗り越える感情を俺に与えてくれるのなら願ってもいない。
「言ったねー?」
「あんたら……そういうのはもっと人がいない所でやりなよ」
桃沢さん!? いつからそこに!?
「そういうのじゃないし!? てか彩香に言われたくないんですけどー!」
「なっ!? なにが!?」
確かに最近海と桃沢さん、隣の席だからって授業中でもイチャイチャしてるの知ってるからな。
本人達によるとまだ付き合ってないらしいが――
「二人ってまだ付き合ってないんだっけ?」
「えっいやっその……」
づけづけと七月さんが質問をするとあからさまに動揺する桃沢さん。
「えっ付き合ったの!? まじ!?」
「ちょ、明奈声デカい!」
えっいつの間に付き合ったんだ……おめでとう。言ってくれてもよかったじゃんね。全く、海も薄情なやつだ。
その後光と一緒に海に詰め寄って話を聞いた所、二人だけでカラオケとかボーリングに行った時に告白したらしい。
海と桃沢さんがまともに話したのは確か1学期のテスト終わりに皆でボーリングした時だったはず。
同じボーリングで、なんか思い出話に花を咲かせてたらそういう雰囲気になって海から告白したらしい。
七月さんと渡辺さんと一緒にご飯を食べる時縮こまっていた海がなぁ……。
俺の知らない所でかなり頑張っていたらしい。
それにしてもまさかの桃沢さんか。桃沢さんと海は全くタイプが違うからまさか付き合うとは思ってなかったな。
言っちゃ悪いが海は陰キャ寄り。最近はそうでもないけど。
陰キャとギャルのカップル。アニメのような事が現実で見られるなんて、ちょっと感動。
俺は海に素直に尊敬の気持ちを抱くと同時に、俺も頑張らなければと焦燥感にかられた。
その時、俺は無意識の内に頭の中で七月さんの姿を思い浮かべていたのだが、それに気付くことは無かった。




