第117話 発熱天使、小野こはる
「おはよー」
「あ、おはよー柊くん」
朝登校すると七月さんと挨拶を交わすが、今日はいつもと違ったところがあった。
「あれ? 小野さんは?」
そう、いつもなら小野さんも元気よく挨拶をしに来てくれるのに教室を見渡してもどこにもいなかった。
「あーこはるは雪ちゃんが熱出したから休むって」
「はぇー大変だね」
「ねー」
話を聞くにどうやらいつもならお母さんが仕事を休んで看病するらしいのだが、そのお母さんが丁度今大事な仕事を任されていて休むに休めないらしい。
雪ちゃんはまだ小1だから一人で留守番させるわけにもいかないししょうがないか。
小野さんがいないクラスは何だか少し寂しい雰囲気を纏っていた。
雪ちゃん早く良くなるといいな。
小野さんが看病の為に休んだ2日後「みんなおはよー!」という元気な声にクラスメイトの表情が明るくなる。
「おはよーラギっち!」
皆に挨拶をして俺の所にも来た小野さんはマスクをしていた。
「もう雪ちゃん大丈夫なの?」
「うん!」
「そっか、ならよかった。小野さんは大丈夫?」
マスクをしている事からもしかして体調悪いのではと思い尋ねる。
「ん? うち? 大丈夫だよ! これは皆に移さないように!」
ピースをして大丈夫なことをアピールすると次にマスクを指差して説明を加えた。
小野さんのマスク姿初めて見たからか少し変な感じするな。
皆に移さないように配慮が出来るなんて、お兄さん感動です……。
その元気な姿に心配なんてしていなかったのだが、時間が経つにつれて小野さんの様子が目に見えておかしくなっていった。
授業中に先生に当てられてもポケーッとしてたり、目がトロンとしていたり。
席を立つときにふらついていたりと、誰が見ても不調なのがみて分かった。
「こはる? 保健室行こ?」
「やだ」
七月さんが顔を覗き込みながら提案するも小野さんは首を振る。
「こはる、保健室行くよ」
「やだやだ」
次に桃沢さんが少し強めに言うもまたもや首を振る。
「こはる? 皆心配してるんだよ」
極めつけに渡辺さんが皆心配な事を伝えると俯き黙ってしまった。
その姿は駄々をこねる子供のよう。
「こはる、なんで無理してまで学校来たの?」
桃沢さんの言う通り、体調が悪い中学校に来る意味が分からない。
「だって――」
ポツリと呟く小野さんの発言にいつの間にかクラスの全員が耳を傾けている。
「――だってみんなと会いたかったんだもん」
「「「っっっ~~~!!!!」」」
熱でトロンと潤んだ瞳で見上げられた三人は、その可愛さに心臓を抑えて悶えていた。
っ~!! え? 天使がいる……?
それは遠くで見ていた俺も例外ではなく、いやクラスの全員例にもれず口をギュっとして目を瞑り小野さんの可愛さに苦しんでいた。
中には幸せそうな顔をして倒れてる女子もいた。
先生、保健室のベッド足りそうにないです。
なんか尊過ぎて男子同士で抱き合ってる人もいるし。
ふと前に視線を向けると頬を上気させ、鼻息を荒くし俺と小野さんを高速に交互に見ている海の姿があった。
「見た? 見た? やばくない?」と言っているに違いない。
確かにヤバいし尊いし可愛いと思った。思ったが、お前の目がキマってるし、正直キモくて逆に冷静になった。
こいつは保健室じゃなくて病院に直行した方がいいと俺は思う。
その後七月さん達が「今より酷くなったら皆と会えない時間が増えちゃうんだよ。だからちゃんと休んで早く治そう。ね?」と諭して何とか小野さんを頷かせることに成功していた。
「馬鹿は風邪引かないっていうけど、小野さんでも引くんだな」
海が中々に最低な事を言って近づいてきた。
俺と光は冷ややかな視線を送る。
「小野さん、余裕で赤点回避できるくらいには頭いいよ?」
「ギリギリ回避の海と違ってな」
「え、うそん。すみませんでした」
その日の放課後、俺は七月さんに頼まれて小野さんの荷物を届けに保健室に向かっていた。
七月さんは美容室の予約をしていたらしく、急いで帰ってしまった。
美容室か……美容室って行くの苦手なんだよな。あの陽のオーラを放ってる人がいる空間凄い居心地悪いし。
でも初めて行って意外だったのはそんなに話さなくて済んだこと。
よくネットとかで話しかけられるのが嫌すぎるとか会話したくないとかそういう意見を見かけていたから、話しかけられるものだと思っていた。
けど実際どういう感じで切るか話した後は特に何も話さなかった。
担当する美容師さんにもよるのかもしれないけど。
いやもしかして俺が陰のオーラ出し過ぎて気を遣われていた……とか?
俺って話しかけにくい人間なのかなと凹んでいると保健室に着いた。
ノックして先生の許可を得て入ると、小野さんはまだベッドで寝ているようだった。
「小野さん入るよー?」
先生がカーテンを開け中の様子を伺っている間、保健室を見渡して時間を潰す。
消毒液とかの独特な匂い。ベッドや机に椅子、おまけに身長測定器や体重計などで場所を取り狭くなった部屋。
透明なガラスの引き戸が付いている上段棚の中には薬や包帯、ガーゼなどの治療に使うものが所狭しと並べられている。
なんか物がいっぱいあって狭いけど、他の教室よりも照明が薄暗いからか凄い落ち着くんだよな。
静寂の中、外から部活動の声が聞こえてくる。まるで保健室だけ切り取られ別の空間にいるかのような不思議な感じ。
怪我や健康に関する書籍が置いてある中に、何故か全く関係のない漫画が置かれている本棚に奇異な目を向けているとガサゴソという衣擦れ音が耳に入る。
あ、今まで寝てたのか。少し良くなってるといいけど。
微かな話し声がして縛らくすると、髪を手櫛で整え苦笑いしながらカーテンから出て来る小野さん。
「ラギっち来てくれたんだ」
「うん、荷物持ってきたよ」
「ありがと」
心なしか先程よりも顔色はよくなっている気がするが、まだ若干ふらついている。
それを見て保健室の先生が
「小野さん親御さんに連絡して迎え来てもらおっか?」
と提案するも「いえ、大丈夫です」と作り笑いする。
「それにまだ両親とも仕事中ですし」
その笑顔からまだキツそうなのが伝わってくる。
俺ですら分かるんだから先生の目を誤魔化せるわけもない。
俺は先生と目を合わせ頷き合うと、鞄を整理して「それじゃ」と立ち上がる小野さんの荷物を強引に奪い取り横に並ぶ。
「え? えぇ……?」
「送ってく」
「いやいいよ……」
申し訳なさそうな顔をする小野さんに先生が追い打ちをかけるように賛同してくる。
「そうね、それじゃ柊くんお願いね」
「はい、任せてください」
有無を言わせぬように「失礼します」と先に行き始めると「えぇ……」と困惑しながら先生にお辞儀をして小野さんがついてくる。
「無理はしない方がいい。みんな心配してるよ」
「ラギっちは?」
「ん? 勿論俺も心配してるよ」
「そっか」
素っ気ない言葉とは裏腹に、小野さんの顔は少し嬉しそうだった。
いつも弟と妹の世話をして、一人で頑張ってるんだよな。だから今日くらいは、体調がよくなるまでは、もっと人に頼っていいのに。
……もしかして、小野さんは人に頼ったり甘えたりするのが下手なのではないだろうか。
長女だから、自分がしっかりしないとみたいな。親の代わりに弟達の面倒を見なきゃとか、そういうプレッシャーの積み重ねで。
「小野さん、もし甘える相手がいないなら俺に甘えていいよ」
「……え?」
待って、俺今何言った? キモイ事言った。
頭で考えるよりも先に声に出てしまった言葉は小野さんの耳に確実に届いていて、俺は恥ずかしさで顔が熱くなりわざとらしく咳払いする。
「えーとつまり、もっと人を頼ってってこと」
俺はさっきの失言の印象を無くす為に更に言葉を重ねる。
「ほら、俺じゃなくても七月さんとか渡辺さんとか他にも色々頼っていいと思うよ」
何気小野さんは一人で何でもやれるポテンシャルはある。むしろ他の人が困ってたら率先して助けに行くタイプだ。
「でも……迷惑じゃないかな」
熱で弱っているのか珍しく小野さんが顔を曇らせた。




