第116話 楽しいのが1番っ!
クラスマッチから数日が経ち、休日も挟んでの学校終わり。
今日もまた小野さんは部活の勧誘を受けていた。
俺は2日も経てばもう誰も勧誘に来なかったのに……。
というかクラスマッチの影響が凄い。こうなるならもうちょっと早い時期にやるべきでは? という感想を抱いたが、学校側にも色々事情があるんだろう。
小野さんに今日一緒に帰ろうと言われていた俺は昇降口で待っていると、また勧誘を受けていたのか苦笑しながら「お待たせー」と駆け足で駆け寄って来た。
「ん、大変だね」
「あはは、気持ちはありがたいんだけどねー」
普段は帰り道が違うのだが、小野さんが買い物をして帰るらしく途中まで一緒とのこと。
なんで俺の家の方角を知っているのか気になったが、まぁ七月さん辺りが話したんだろう。
「部活入らないの?」
「まぁ、うん。――うちはいいかな」
こんなに連日誘われたら多少なりかは意思が傾きそうなものなのに、小野さんはハッキリ言うとグッと手を組み上に伸びをした。
俺だったら迷い始めると思うのに。
俺は単純に、どうして小野さんは部活をやらないのか気になった。
ただの好奇心だ。
だってチビ達、弟達の世話と行っても弟はもう小6だと聞いたし、妹を見ながら部活がある数時間くらい留守番出来るだろう。
というか親に相談さえすればきっとどうにかしてもらえるはずだ。
「小野さんなら絶対いい結果残せるだろうし、全国は分かんないけど県大会とか地方大会でも余裕で活躍できるんじゃない?」
奇しくもこの前俺の事をバド部に誘ってきた人と同じような事が口から出る。
「ほら、弟達の世話があれなら親とかにも相談したらきっと――」
「――ラギっち」
言葉を遮り小野さんは淡々と俺を呼ぶ。
呼ぶだけで、小野さんは俺の方を見ず黙々と歩を進めて行く。
失言だった。
もし本当に部活をしたいなら小野さんはきっとどうにかしてでも、絶対に部活をやるだろう。
自分が決めた事はしっかりとやるし。思った事を思わず口に出してしまう、正直で素直な負けず嫌いな女の子。
それを知っていたのに俺は、小野さんの才能を活かさないのは勿体ない気がして……。
俺を誘ってくれたあの人もこんな気持ちだったのかな。
申し訳なく感じて謝ろうとすると、俺より先に小野さんが口を開いた。
「ラギっちあのね……うち、実はラギっちと同じで中学の途中まで部活してたんだ」
「え、そうなんだ」
初耳だ。でもこれだけ身体能力があるんだからしてない方が不思議か。
「うん、陸上してたの」
「小野さんらしいね」
小野さんは空を見上げ、当時の記憶を思い出しながら、普段とは違うゆっくりとした落ち着いた声色で話を続ける。
「小さい頃から走るのが好きでさ。いつも運動会とかでは一位だし、代表リレーとかにも毎回選ばれてたの。それで中学生になったらお母さん達から陸上部はどうかーって感じに勧められたの」
まぁ妥当ではあるよな。だってそれだけ足が速くて走るのが好きならば陸上部を勧めるのは当たり前だ。
「大会でも直ぐにいい結果を出してさ、凄い褒められて嬉しかったなー。好きなことをやってるだけなのに、先生とか友達とか家族とか、こんなにも色んな人から褒められるんだって。凄い嬉しかった」
やっぱり小野さんはそれだけ凄い才能の持ち主だったというわけだ。きっと県大会出場とか何位とかと一緒に、名前の書かれた大きな垂れ幕がかかっていたに違いない。
好きな事をして皆から褒められて。嬉しかったのなら何故、途中で辞めてしまったのか。
いつの間にか俯いていた小野さんは、目を伏せぽつりぽつりとその理由を語り始める。
「でもね、それから段々と皆の期待が大きくなって。勿論練習も段々厳しくなっていって、楽しいよりもキツイ、辛いと思う事の方が多くなっていったんだ。顧問の先生とかの期待はそりゃもう凄かったよ。絶対全国行かせる! みたいに息まいてさ」
確かに俺もヴァルとか最初は楽しいだけだった。でも段々強くなっていって知識も蓄えられるといつの間にか勝ちに拘るようになっていた。
そうなってからはイラつくことが多くて、苦しくて、面白くないと感じる事が増えていた。
所在なげな手を後ろで組み、道端の石を蹴るかのように歩く小野さん。
「最初は仲良かった友達も、顧問の先生がうちばっかり優遇するから皆離れて行っちゃってさ……うちの味方はいなかった。……うちはただ走るのが好きで。結果はどうでもよくて。走るのが好きな皆と雑談したりするのが凄く楽しかった。先生の愚痴を言い合ったり、今日の宿題面倒だねって部活終わりの帰り道に笑い合ったりする時間が好きだったの」
俯き、こもった声で話すさまは当時の辛さと楽しかった思い出が混ざり合い、複雑になった感情として伝わってくる。
「楽しかった部活の時間はいつしか苦痛でしかなくなって、うちはもう色々限界でさ。でもね、それに気付いてくれた親が無理しなくていいよって言ってくれて。それで部活辞めたんだ。お母さん達も仕事で忙しいからうちと顔を合わせる日が少なくて気付くの遅くなってごめんって言って、凄い謝ってくれて。あぁ、うちの味方はいたんだって凄い泣いちゃったんだよね」
そう言って顔を上げると、照れくさそうに、震えている声でニコッと笑う小野さん。
きっと、親と顔を合わせる日が少なかったからこそ気付けたんだと俺は思う。
毎日顔を合わせてたら些細な変化に気付くのは難しい。それが家族であっても。
だから逆にそれが良かったんだと思う反面、親とあまり顔を合わせられない日が多い状況に釈然としない気持ちになる。
俺が何と言葉をかけていいか迷っていると小野さんはいつもの明るい声で。
「まぁ何だろうね。うちは部活向いてないんだ。うちは友達と遊ぶのが好き。話すのが好き。勿論身体を動かすのも好きだけど、ガチで勝ちに行くことだけに執着するのは苦手なんだよね」
はて、それならば勝負をする時、勝つことに拘っていたのは一体……。
抱いた疑問の答えが次の小野さんの口から発せられる。
「あ、でも勝負はさ。やるからには勝ちたいじゃん?」
「そうかな」
「そうだよ! 本気でやるから楽しいみたいな瞬間もあるしさ!」
勝負をするなら勝ちたいけど、勝つ為に何かを犠牲にするのは嫌だということだろうか?
ずっと純粋に楽しむのもいいけどたまにはガチでやる。例えばこの前のエテのカスタムみたいな感じか? と自分なりに解釈していると、小野さんは突然駆け出したかと思えば直ぐに止まり、こちらを振り返る。
「うちは楽しいのが一番なの!――」
――エンジョイ勢。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ストンと腑に落ちた感じがした。
「――だからこれでいーのっ!」
そう言う小野さんの顔は、とても嘘をついているとは思えない程清々しく、本当に楽しい事が好きなんだと理解させられた。
「ごめん、デリカシー無かった」
「いやいや大丈夫だよ!? そんなに気にしないで」
俺の謝罪を聞くと小野さんは目を開いて、顔の前で大袈裟に手を振る。
「というか、この話したのラギっちが初めてだよ」
「え、そうなの?」
「うん、別に話す事でもないかなーって思ってさ」
小野さんの中ではもう自分で区切りをつけていて、完全に過去の出来事として消化しているんだろう。
だから話す必要もなかったんじゃないだろうか。
それを無理やり聞き出した感じで何だか申し訳ない。
罪悪感を抱いていると、小野さんは人差し指をこめかみに当て、首を傾げる。
「でも何でだろうね。ラギっち相手だと自然と話したくなったんだよね。うちの事もっと知って欲しい……みたいな?」
小野さんは恥ずかしそうに目を逸らしながらボソッと呟いた。
「そ、それにうちもラギっちの過去知ってるし、なんかうちだけ知ってるの卑怯かなーって思って」
小野さんは照れを誤魔化すかのように矢継ぎ早にそう言うと「えへへ」と笑う。
「えぇ、なにそれ」
「だから、これでおあいこねっ!」
軽い気持ちで聞いたはずだった質問が、まさかこんな重い話になるとは思わなかった。
もっと人の気持ち考えないとな。
俺だけが悲劇の主人公なわけじゃない。それは海の時にも、七月さんや渡辺さんの言動からも知っていたはずなのに。
いつも明るく元気な小野さんにはそんな過去は無いと勝手に決めつけてしまっていた。
「はい! この話は終わり!」
パンと手を叩く音を合図に思考が強制的に止められると、気付かぬ間に止まっていた足を動かす。
追いつき、隣に並ぶと先程までの湿っぽい空気を吹き飛ばすように目を細めて顔を覗き込んでくる小野さん。
「それよりラギっち~あれから走るの続けてる~?」
「あーえーと、明日からやろうと思ってたよ。筋肉痛も大分治まってきたし」
「えー? ほんとかなー? それやらない人のセリフじゃなーい?あれならまたうちと一緒に走る~?」
「いや遠慮しときます」
「えーなんでなんでー!!」
だって小野さん走るの速いし体力もあるから、付いてけないんだもん。
というのは口に出さない。小野さんなら「そっちの方が体力つくよ!」とか言いそうだし。
「はいはいスーパーあっちでしょ? ほらほら早く行かないと売り切れちゃうぞ」
「あっそうだね。特売逃す所だった。ありがとラギっち! またね!」
「うん、またね」
手を振り駆けて行く小野さんに振り返し、見えなくなるまで見届ける。
これ以上話を続けると一緒に走る事になりそうだったので、てきとうに言っただけだったんだが、特売日だったらしい。
静かになった道路に俺のため息だけが小さく響く。
しっかりと自分を持っていて、辛い事があっても立ち直って、家族や友達の事を大切にしているそんな小野さんは凄い素敵だ。
小野さんのメンタルの強さも相当なものだ。
小野さんと比べたら俺なんて、未だに立ち直れてないし全然ダメだな。
自己嫌悪に襲われ、さっきよりも大きなため息をこぼし空を仰ぐ。
そこには9月に入り段々と日が落ちるスピードが速くなっていっている事を実感させられるような夕焼け空が広がっていた。
早いもので夏が終わり、クラスマッチも終わった。そしてあっという間に10月に入ろうとしている。
果たして俺はいつになったら皆みたいに強くなれるんだろうか。どうやったら普通になれるんだろうか。
もしかしたら一生なれないんじゃないかという嫌な考えが頭に過る。
あぁもう、こうやって直ぐにネガティブに考える癖も直さないと……。
これから先もっと皆みたいに。昔みたいに普通になれますように、と半ば祈りながら帰路についた。




