第115話 水やりは必要ない花
この前の夏休みに海で遊んだ時の二人の話を聞いていると、あっという間に家に着いた。
鍵を渡して開けてもらい、玄関に座る。
その後も七月さんが色々してくれようとしたが流石に断る。
こんな情けない所に親が帰ってきたら何て説明すべきか。女子に介抱されている姿を家族に見られるとか情けなさ過ぎて、配信で一発ギャグして滑った方が何倍もマシだ。
暑いからちょっと涼ませてと言われ、さっきの海の会話を続ける二人。
「それにしても優衣の勘違い面白かったよねー!」
海でご飯を食べてる時に通話してきた時の事。
渡辺さんが写真と思ってピースしたら実は俺とビデオ通話が繋がっていて……それに気付いた渡辺さんの取り乱しっぷり。
七月さんが思い出しながらゲラゲラと笑う。
「確かに、あれはびっくりしたけど渡辺さんってあんな一面もあるんだって新鮮で面白かったね」
「ちょっ! 柊くん忘れてって言ったでしょ!? なんで覚えてるの……」
「そんなこと言われても……」
そんな直ぐに忘れるわけないじゃん。というかあれはかなり衝撃を受けたから忘れる事は無さそうだが。
「というか、元はと言えば明奈のせいだからね!? もう、なんで通話って教えてくれなかったの」
言いながら渡辺さんは七月さんの顔に手を伸ばしたかと思えば、ほっぺたをつねる。
「いはいいはい! ごへんってぇー!」
ほっぺをふにょふにょされながら謝る七月さんに、渡辺さんは目を細め手を止めた。
それが好機と見た七月さんはここぞとばかりに言い訳を捲し立てる。
「でもでもー! その前にこはるとも話してたから言わなくても分かると思ってたのー!気付かない優衣も悪いでしょっ!?」
言い終わるや否やお互い睨み合いながら、頬をつまむ。
「ふぬぬー!」
「んぅんー!!」
「……っぷはは!」
ほっぺを引っ張り合い、酷い顔になっているのが面白くて思わず吹き出すと、二人は同時に手を止め俺にジト目を向けてくる。
「いやごめん、七月さんと渡辺さんってほんと仲良しだなって思って」
顔が面白くて笑った事を弁明すると、七月さんがニコッと破顔した。
「あーやっぱりわかっちゃうかー! そうなんだよね、私の一番大切な友達!」
そう言うと思い切り前にピースを突き出してくる。
つままれて少し頬が赤くなっている二人。
「ね、優衣?」
七月さんが尋ねるが渡辺さんは頬をさすりながら視線を背けた。
「七月さん加減した?」
「え、いやしたよ!?」
したのか。その割には渡辺さんの方が頬赤い気がするけど。
「え、待って優衣の一番はもしかして私じゃない!? えっえっそんなまさか、そんなバナナ!?」
無視されてしょんぼりと肩を落とす七月さんの様子に、渡辺さんは慌てて否定する。
「いやわ、私も明奈が一番の友達……だと思ってるよ……」
またもや見てしまった。渡辺さんの貴重な照れシーン。渡辺さんの方が頬が赤いのは照れているからか。
「わー! だよねだよね!」
嬉しくて抱き着く七月さんをしょうがないと言った風に受け入れる渡辺さん。
凄い、今目の前で百合の花が咲いている。
というか渡辺さん。多分七月さんそんなにショック受けてなかったと思うぞ。そんなバナナとか言ってるし。
渡辺さんってほんと七月さん相手になるとちょっと変になるよな。
過保護な所が光に似てるなーと微笑ましい気持ちで見ていたら抱擁を終えて七月さんがビシッと俺の顔に指を差す。
「だから柊くんでも優衣の事傷つけたら承知しないからねー!」
「はは、うん。その時はボコボコにして」
「え、いや……ボコボコにはしないけど……それなりの事は……」
最後の方はゴニョニョ言ってて聞き取れなかった。
ボコボコにしないなら一体何をされるんだ、怖い。
「ほら明奈、そろそろ帰るよ。柊くんもゆっくり休みたいだろうし」
「分かったー! 柊くんカギ閉めれる?」
「あぁうん、大丈夫それくらいは。今日はほんとありがとね」
「うん! いつでも頼ってね!」
七月さんもクラスマッチで疲れているはずなのに、それをおくびにも出さない元気な笑顔で力こぶを作る。
「渡辺さんも、ありがと」
「うん」
渡辺さんは少し疲れた表情をしていたが、俺に気を遣わせない為か優しく微笑んだ。
その表情を見てふと気になった。
そういえば七月さんはバスの中で光からもらったお茶を飲んでいたが、渡辺さんは何も飲んでいなかったような……。
もしかして飲み物持ってない?
ドアを開け帰ろうとする渡辺さんに俺は「ちょっと待って」と声を掛けると、急いで鞄から光から貰ったスポーツドリンクを差し出す。
「これ上げる」
「え、いや大丈夫だよ。水筒あるから、ほら」
渡辺さんは鞄から水筒を取り出し、左右に振ると音が鳴り中身がある事を証明する。
「そっか、ならよかった。帰り道全然飲んでなかったから無いのかと思った」
どうやら俺の杞憂で余計なお世話だったらしい。光や渡辺さんみたいには上手くいかないな。
「心配してくれてありがとね。ちゃんと飲むから」
「じゃ、またねー柊くん!」
後ろからひょっこり顔を出す七月さんが小動物に見えて可愛い。
「じゃ、お大事に」
「うん、ありがと。またね」
ドアが閉まる寸前、隙間から渡辺さんが水筒を飲んでいる姿が見えた。隣の七月さんも仲良く一緒にお茶を飲んでいた。
水やりは必要ない花。何故なら水を差してはいけないから……か。
俺は、ニューチューブの何処かのコメント欄で見かけた言葉を思い出しながら痛む身体に鞭を打ち、ゆっくりと鍵を閉めた。
因みにあれだけ心配してくれていた小野さんは、歯医者に行かなければならず、直ぐに帰っていたと夜にlimeが送られてきた。
こはる:【無事に帰れた!?】
七緒:【七月さんと渡辺さんのお陰で何とか】
こはる:【よかった!!!!】
文面でも小野さんの活力が伝わってくるの凄いな。
次の日、全身鉛の様に重く、少し動かそうとするだけで激痛の中、学校に。
歩くのですらいつもの倍以上かかると予想して早めに家を出て正解だった。
それでもギリギリではあったのだが。
「あー! ラギっちおはよー!」
「柊くんおはよー!」
「ん、おはよ」
大人しく席に着いて授業の開始を待っていると、さっきまで渡辺さん達と話していた小野さんと七月さんが近寄って来る。
「体大丈夫~?」
「うん、大丈夫」
小野さんが心配そうな顔で覗き込んでくるので俺は空元気で力こぶを作って見せる。
「ほんとに~?」
隣に座った七月さんが目を細め意地の悪い笑みを向けてきた。
や、待て。嫌な予感がする。
「ほらほら~」
「いやっうっ、いたっ。っっつぅ……!」
腕を突かれ痛がる俺の姿を見ると、小野さんも何故か逆側からツンツンと脇腹辺りを突いて来る。
「お、小野さんまでっ!? いっっっ!」
二人してクスクスと俺の反応を楽しんでいる。
攻撃に目を閉じ堪えていると「「いでっ」」と左右からカエルが潰れたような声。
同時に止まる二人からの攻撃。
目を開けるとそこには渡辺さんが七月さんと小野さんの頭にチョップを喰らわせてる姿があった。
「こーら二人とも。その辺にしときな」
お腹に響くような低い声。
「「はい……」」
口は笑ってるけど目は笑ってない渡辺さんに被害者の俺でも少し恐怖を抱くレベル。
まるで母親から叱られた後の子供かのようにしおらしくなる二人。
渡辺ママありがとう。
攻撃は収まりひと息吐きながら教室を見渡すと、心なしか色んな人から視線が向けられている気がする。
これは……目立ち過ぎた。うん、噂になっているんだろう。
トイレに行く時にすれ違う同学年の人からも滅茶苦茶見られるようになっていた。
まぁそれもそうだ。だってクラスマッチで頑張り過ぎて倒れる人なんて普通いない。
それに多くの人が俺が倒れる所を目撃していたんだから必然的といった感じだろう。
目立つのはそれなりに良い事もあれば悪い事もあって、それは配信でバズった事で身をもって知っている。
ネットと現実で言われるのは、明らかに現実で色々言われる方がキツイのも。
なので暫くは大人しく過ごそう、無茶はもうやめようと心に決めた。
今日からはまた前みたいな生活に戻ろう。……いや待て、折角キツイ思いをしてここまで体力を戻したのにまたゼロに戻るのは嫌だな。
人は一度手に入れたものは中々手放したくない習性がある。それは物だったり過去の栄光だったり。体力も同じく失いたくない。
冬にまたマラソンがあるし、元々体力をつけるつもりだったし、このまま走るのは続けることにしよう。
まぁこの痛みがもう少しマシになってからにはなるけど。
何気に朝から走ると頭がスッキリするし、身体を動かす楽しさも思い出した。
俺は元々体動かすのは好きだったのだ。
ふっふっふ、毎日走るというルーティンを手に入れた俺はもう誰にも止められないぞ。
……嘘です、雨とかには止められます。
ん? どうせ汗かいてシャワー浴びるなら関係無いか。きっと雨の中走るのもまた気持ちいいだろうし。
雨粒が顔に当たるのも、心地いいとすら感じるんだろう。
はて、運動し始めてから脳の回転数も跳ね上がった気がするな……?
長い事思考に耽っていたが、渡辺さんに怒られたからか珍しくちょっかいを掛けてこない七月さんが気になり目をやる。
「あ、そういえば七月さん昨日髪センター分けだったよね?」
「へ? うん」
「言うの忘れてた。凄い似合ってたよ」
「いぃい、今っ!?」
「うん、かっこよかった」
「いだっっっっっ!!!!?」
褒めたのになんで殴られたんだ。




