第114話 親子の会話
「あ、優衣~!!」
少し前に渡辺さんが歩いているのを見かけると、七月さんが照れ笑いを誤魔化す様に大きな声を上げた。
するとそれに気付き振り返った渡辺さんが俺達の姿を見て一瞬固まる。
数秒もしない内に状況を把握したのか、渡辺さんは七月さんに手を振って反応すると俺達の元にスタスタと歩み寄ってくる。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫~!」
「いや明奈じゃなくて……」
七月さんに大変じゃない? 大丈夫? と聞いたのかと俺も思っていたが、どうやら俺の事を心配してくれたらしい。
「まぁ、肩を貸して貰えば歩けるくらいには大丈夫」
「そう……あまり無理しない方がいいよ」
そう言うと渡辺さんは「はぁ……」と溜息を吐きながら鞄を肩に掛け直し、俺の腕の下に首を滑り込ませてきた。
「っ!?」
「ほらしっかり腕回して」
「あ、はい……ありがとう」
「これで明奈の負担減るでしょ?」
「わーいありがと優衣~! 流石優衣だなーっ!!」
結局女子二人に肩を貸してもらいながら帰る事になってしまった。
周りから見た俺情けなさ過ぎて、恥ずかしい……。
けどそうも言ってられないくらいだから我慢するしかない。自業自得でもあるし。
「大体倒れるまでやるなんて馬鹿じゃないの? 自分の限界とか分かるでしょ……」
渡辺さんにため息交じりに呆れた視線を向けられ俺は苦笑いを浮かべる。
おっしゃる通りで……。
「というか、松山くんとか中村くんはどうしたの?」
「あぁえっと……海……中村はなんか用事があるとかで、松山はバイトだって……」
「そう……他の友だ――ごめん、何でもない」
俺が中学時代にあった事で友達作りとかが苦手なのを知ってるから気を遣ってくれたんだろう。
でも何だろう。そこで言うのを止めたら、知らない人が聞いたらまるで他に友達がいない可哀想な奴みたいになるじゃんか。
まぁいないんだけど。
「距離近くなるけどごめんね。我慢してね」
「あぁうん、全然大丈夫。寧ろこっちがごめんね、迷惑かけて。ありがと」
「うん」
俺と渡辺さんが何かいい雰囲気になっていると思ったのか七月さんがムスーっと頬を膨らませていた。
「ちょっとちょっと、私の事忘れてませんかー?」
「忘れてないよ、七月さんもありがとね」
感謝を告げると七月さんは「ふふん」と鼻を鳴らしながらご機嫌に戻った。単純だ。
あ、いや、止めて。スキップしようと飛び跳ねないで。振動が……痛いっ!!
「明奈? 振動で柊くん痛がってるから止めたげて」
「えっ!? あぁごめんごめん!」
「う、うん……」
ありがとう渡辺さん……そして七月さん、今だけは大人しくしといてくれ……。
支えなれながらだからバスに乗るのも一苦労。
最初何事かとギョッとしていた運転手さんも俺の状態を見て察したのか、微笑んで見守ってくれた。
二人に支えられながらようやく席に着くことが出来たが、周りの人の視線が痛い。
「あらあら~。見てほら両手に花ね~」
「まぁ! 罪な男だね~」
後ろのおばあ様方、恥ずかしいから止めてくれ……。
「チッ」
「はぁ……」
はぅっ! 周りの男の嫉妬が怖いっ!
「ママーあれハーレムって言うんでしょ~?」
「こらっ、あんまり見ちゃダメだよ! って、そんな言葉どこで覚えたのっ!?」
いや待て本当にどこでそんな言葉覚えたんだ。
隣を向くと目を大きく開け、唇をギュっと結んでいる七月さんと目が合う。
恐らく同じことを思ったであろう事をお互いに理解するとクスクスと微笑し合った。
渡辺さんの方を見てみると、苦笑いしていたので抱いた感想はきっと俺達と同じだったのだろう。
「ゆっくりで大丈夫ですよー」
家から一番近くのバス停で降りようとすると、運転手さんが気を遣って声をかけてくれた。
「すみません、ありがとうございます」
気まずさから苦笑しながら降りると七月さんが渡辺さんに愚痴をこぼす。
「私がボタン押したかったのにぃー!」
「ごめんって……じゃあ帰りは明奈が押してね?」
「うん」
まるで親子の様な会話を聞かせられながら、再び肩を貸して貰う。
七月さん子供かよと思ったが、俺もバスの降車ボタン全然押す事が無いから気持ちは少し分かるぞ。
家から一番近いバス停と言っても、住宅街なのでそこそこ歩かなければならない。
「柊くん、どっち行けばいいの?」
「あぁそれならこっちだよ! ね、柊くん」
「あ、あぁうん」
俺の代わりに答える七月さんの指差す方向を確認して頷くと、渡辺さんは首を傾げる。
「え、明奈なんで知ってるの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? この前柊くんの家でアルバム見せて貰ったんだよね」
確かにそうだが、あれは写真で脅されて半ば強制的に見せざるをえなかったというか……。
見せなくていいなら見せたくなかったんだけどな。
「ふ~ん?」
渡辺さんに意味ありげな表情を向けられ心の中で静かに否定する。
誓って何もしてないからな。手出してないからな。俺と七月さんはまだそんな関係じゃないからな!
俺のベッドに横になってスカートの中が見えそうになったときは邪な感情を抱いたが、それは無防備な七月さんが悪いと思うんだ。
必死に脳内で言い訳するも、言葉にしたら絶対引かれるので口には出さない。
というか、俺の家に来たのは少し前。七月さんは一回来ただけで道を覚えているのか? だとしたら凄いな。
俺でも何回か行き来しないと覚えられないのに。
「次はこっちだよね!」
自信満々に指を差す七月さん。その指差す方向を見てつい今しがた抱いた感心の念は、まだ夏を感じさせるような生ぬるい風と共に吹き飛んでいった。
「いや七月さん、こっちだよ。そっち行ったら元に戻る」
「あれ? そうだっけ? いやでもやっぱりこっちな気がするんだけど」
「いや明奈、住んでる人が言ってるんだからそっちじゃないんだって」
やっぱり七月さんはたまに抜けている所があるというか何というか……アホだよな。




