第110話 また自分を信じてみたい
対戦相手と挨拶を交わす。相手は余裕そうで、疲労困憊な俺の状態を見ると嘲笑するような、憐れむような瞳を向けて来た。
あぁいいじゃん。やってやる。
その瞬間俺の心にさらに火が付いた。
疲れも取れぬまま早々に試合は始まり、相手は本気じゃないのか取って取られての繰り返し。
相手もそこそこミスをする事からこれならワンチャン勝てるのではという考えが頭を過る。
当たり前だが、瞬発的に反応出来る様に地面にかかとは付けない。
移動するときは、距離を調節しやすいように歩幅は小さく。しっかりと膝を曲げたり、腕の力だけで打たない。スマッシュは腰を捻り全身を使って打つ。打った後は直ぐに元の体制に戻る。ラケットは常に上に向けていつでも反応出来るようにという事を意識しながらやる。
これが意識しなくても自然に出来るようになったらもっと上手くなるんだろうけど、そうは言っても正直ちゃんとバドをやったのは今日が初めてなのだ。
そんなのは一朝一夕では身に付かない。
ラリーが続く展開になると、相手が痺れを切らしどんどんとスマッシュを打ってくるようになり、俺の失点は続く。
息も上がり、少し頭が痛む。
――もういいんじゃないか。ここまでやれているだけ我ながら凄いのでは? そうじゃん、凄いじゃん。
もう精一杯頑張った。七月さんの言うように本気でやった。楽しかった。でももうキツい。
足を止め今にも横になりたい、もう終わりたい。
そんな感情が俺の思考を支配し始めた瞬間、皆の言葉がふと蘇る。
『柊くん凄かった!』
まるで自分の事のように喜び、称えてくれた七月さん。
『よくこはるについてけたね。素直に尊敬だわ』
苦笑交じりにもそう言ってくれた桃沢さん。
『2位おめでとう』
優しく包み込む笑顔を向けてくれた渡辺さん。
そして『2位でも十分凄いだろ。卓球部相手にあんだけ戦えれば凄いもんだ』と言ってくれた光。
皆は何気なく言っただけなのかもしれない。
だけどその言葉が俺にとっては凄く嬉しくて。
同時にもっと凄い所を見せて褒めてもらいたい、認めてもらいたいと思ってしまった。
自分の中に閉じ込めていた感情が溢れ出す。
お前ならもっとやれる。いつも中途半端な所で諦めて、挫折して。自分はもう無理だと勝手に見切りをつけて。
鋭く打ち込まれたシャトルを脚が絡まりそうになりながら追いかける。
うるせぇ……。俺には無理なんだ。俺は上を目指せるような人間じゃない。そんな才能は無い。それに、直ぐに調子に乗る俺はそんな器じゃない。
ラケットを精一杯伸ばすも、シャトルに届く前にコトッと虚しい音を立ててコートに落ちた。
そんな事はもう分かり切っている。でもそれでも、もう一度だけ。
サーブが打たれ、打ち返すと涼しい顔で打ち返してくる相手。
宙を舞うシャトル。
俺は足の反応が遅れ、手を伸ばしギリギリの所で打ち返す。
身の程を弁えろ。それで中学の時調子に乗って虐められたんだろ。
相反する自分の感情。頭をかき乱す無駄な思考。
俺の打ち返したシャトルが思ったより手前だった為か、ふんわり山なりに返って来る。
――あぁもう面倒くさい。黙ってろ。
俺は自分の思考に区切りをつけるように、今までで一番の力を込めると思いっきりラケットを振った。
するとシャトルはあらぬ方向に飛んでいきアウトする。
「はぁはぁはぁ……ふぅ……」
運もあったが、俺は世界で戦ってきたプロゲーマーに勝ったんだ。
たった2週間の少ない時間で体力をここまで戻して、卓球でも経験者相手に勝ち進み2位を取る事が出来たんだ。
ここまで出来たなら、もう自分自身を否定する必要なんてないんじゃないか。
あの時のせいで、自分で自分を信じることが出来なくなっていた。
でも、もう一度自分を信じてみてもいいんじゃないか。
いや、最初から自分の中では決まっていた。
――また自分を信じてみたい。
アウトしたものの、俺のやけになったようなスマッシュに目を見開いて困惑している対戦相手を見据え、深く深呼吸をする。
息を整え、俺は膝を曲げ姿勢を低くして覚悟を決めた。
最後まで諦めないでやってみようじゃん。
その後無駄な考えが無くなりクリアになった頭で試合に挑む。
周りから余計なノイズが消えて行く。
相手の隙をついたり、とにかく必死に食らいついてミスを誘い点数を追い上げ始めた。
相手は徐々に焦りの表情を浮かべ始めていた。
しかし俺の体力はとうの昔に限界を超えている。
考える余裕もなくなり、頭がからっぽになる感覚。
周囲は無音にすら感じる。
カッコ悪くても必死に本能で食らいつく。
あぁまだやれる。
ラケットがまるで体の一部になったような錯覚。無意識に、反射的に身体が動く。
きついけど、楽しい。
気が付くと俺の口角は上がっており、点数もあと1点で同点になる所まで来た。
なんでついて来るんだ。なんで決まらないんだっていう表情を浮かべる対戦相手。
焦りと苛立ちによって相手も体力が失われて行ったのか、苦悶に歪む顔。
――行ける。勝てる!
サーブを打ち、相手がレシーブをしようとしたその時、足がもつれ体勢が崩れたのかシャトルがポーンと大きく弧を描いてこっちに返って来る。
相手のミス。チャンス!
俺はスマッシュを打とうと膝を曲げ、飛び上が――
「ぁぇ……?」
その瞬間、膝に力が思うように入らず、ガクンと崩れた。




