第105話 カミングアウト
「中学あんまいないね?」
「行ってなかったからね」
「……いつから行ってなかったか聞いても?」
踏み込んで聞いていいのかと遠慮するような目で見て来る七月さん。
「えーと、中1の2月あたりかな」
「そうなんだ。だからキャンプには映ってたんだ」
「あぁうん、幸い虐めて来る奴らとは違う班だったから楽しめた」
先生とか友達も、誰も俺がいじめられているとは知らないはずだったからまじでラッキーとしか言いようが無かった。
もしあいつらと同じ班になるようならそもそも行かなかったとは思うけど。
「そうなんだ。じゃあ修学旅行は行けてないんだ?」
「うん、そう。京都と奈良、行きたかったけどね」
苦笑しながら顔を見ると七月さんは自嘲するような笑みを浮かべる。
「私も」
突然のカミングアウトに俺は思わず二度見した。
え? 私もって事は七月さんも学校行っていなかったのか?
狼狽える俺の姿に七月さんはクスッと笑みを浮かべる。
「キャンプも行けてなかったけどさ。去年行けてめっちゃ楽しかったんだよね!」
「そ、そうなんだ……?」
いきなり自分の過去を何でも無いかの様にサラッとさらけ出し始めた七月さんに俺はただひたすらに困惑していた。
確かに今まで渡辺さんや七月さん本人の言動から昔何かあったのだろうとは思っていたが、やっぱり七月さんも俺と同じように学校に行けていない時期があったのか。
キャンプすら行っていないということは、中1の大分始めか中盤くらいから行かなくなったんだろう。
何が原因で行かなくなったんだろうかと気になっていると、前に七月さんが言っていた言葉がふと頭に浮かんだ。
『私に似てる感じもしたし』
エテのカスタムの少し前の時。俺が鬱気味な状態から戻りつつあった時の配信終わり。通話で言った何気ない一言。
不登校という所は同じ。だったら似ている所とは……。
これ以上考えてもただの憶測でしかないし、本人がそれを自分の口から言うまでは聞くべきではないなと俺は判断して思考を止めた――はずだった。
だが次に口をついて出たのは自分でも驚く言葉。
「俺、もっと七月さんの事知りたいな」
少し前の俺なら、人の過去なんて興味が無かった。大抵そんなの聞かされたら慰めとか哀れみとかを抱いて、その後どう接していいか分からなくなる面倒くさい事だから。
それに誰かとそんな過去を話せるような仲になれるとすら思ってなかった。
だが、今の俺は違う。七月さんの事をもっと知りたい。知ってもっと仲良くなりたい。そんな感情をいつの間にか抱いていた。
それは配信でのビジネス的な関係だからではなく、現実の大切な友達だから。
俺の言葉を聞いた七月さんは一瞬目を見開いたが直ぐに嬉しそうな顔をした。
「決心がついたら。その時は聞いてくれる……?」
「うん」
穏やかに微笑む七月さんに俺も硬い表情を崩す。
そりゃ過去を話すのには勇気がいる。俺だってそうだった。それに辛い事をわざわざ思い出すのも酷な事。
今もきっと、自分も学校に行けてなかったと俺に伝えるだけでも相当な勇気が必要だったに違いない。
何でもない風にサラッと言うのはどんな言葉が返って来たとしても、そんなに気にしてないですよ感を演出するための保険。
俺も同じだったから分かる。今度は俺がゆっくりと待つ番。
「今年の修学旅行楽しみだねっ」
「そうだね。楽しみ」
「いっぱい一緒に思い出作ろうねっ?」
「そうだね。中学の頃を取り戻すくらいいっぱい作ろう」
「うん」
「てか七月さんのアルバムも今度見せてよ」
「え、やだ」
「え、嫌なの?」
「うん、嫌だ」
俺は見せたのに、不公平だ。
そこで俺はアルバムという単語で思い出した。写真。写真だ。
しんみりとした空気になってつい忘れそうになったが今日ここに七月さんが来た理由。それは俺のアルバムを見に来ただけだったか。
いやそうじゃない。アルバムを見せる代わりに俺のキモイ「てへ」写真を消す約束だったはずだ。
「そろそろいい時間だし帰ろうかなー」と窓の外を見ながら伸びをする七月さんに俺は声を掛ける。
「何か忘れていないか?」
「ん? 何かって何かな?」
目を逸らし、明らかに誤魔化そうとする七月さん。
少し痛い目にあって貰う必要がありそうだ。
俺は伸びをして無防備になっている七月さんの脇腹に手を伸ばしガシッと掴む。
「ひゃぅっ!?」
その瞬間身体をビクッと跳ねさせ情けない声を出す七月さん。
脇を締めて身をくねくねと捻り、俺の手から逃れようとするがそれはさせない。
追い打ちを掛けるようにくすぐる。
「ちょっ!? あはははは! やめっ……んっ! あはははは!」
身体に力が入らないのか七月さんはベッドに横になり身をよじらせる。
「んぅっふふ。あはは! 分かったからぁっ! 分かったりゃやめてー!!!!」
観念したのか大声を上げる七月さんに俺は言われた通り手を止める。
「んっ……はぁはぁはぁ……んぅ……はぁはぁはぁ」
妙に艶かしい吐息に、上気した表情。くすぐったさで笑い過ぎたのか涙目になっている七月さんの姿。
そしていつの間にかベッドに押し倒して馬乗りになっていた事に気付き、俺は急いで七月さんから距離を取った。
スラッと伸びる健康的な脚をモジモジさせ、疲れて脱力し呼吸を整えている七月さん。
やばい、この様子を誰かに見られたら誤解を招きそうな気がしてならない。
やり過ぎてしまった。嫌われていないか不安な気持ちになりつつ「ごめん」と謝ると七月さんは
「もー、……えっち…………」
目を細め俺の反応を楽しむかの様な笑みを浮かべながら起き上がった。
七月さんは目尻に浮かんだ涙を拭いながら「ふぅ」と溜息を吐きスマホを取り出す。
「ほら、消すからちゃんと見てて」
ベッドを叩き、画面が見えるように隣に座るよういわれ俺は大人しく従う。
俺のぶっさいくな写真のゴミ箱マークを選択して、画面に削除するかの確認画面が出てくる。
削除のボタンを押して、俺のブサイクな写真が消えた――と思ったら前に撮っていた写真が自動で横からスクロールして表示された。
え?
写真が表示された瞬間、七月さんはシュバッと物凄い速さでスマホを隠す。
だが俺はその写真を見逃さなかった。
「おい待て、それも消せ盗撮魔」
「いやです。痴漢魔」
さっきくすぐったのをまだ根に持っているらしい。
確かにちょっと女の子にするのはダメだったかもしれない……。
「というか俺の寝顔写真なんていつ撮ったんだ?」
「今日の朝だよ」
今日の朝のかよ。あ、もしかして光が何か言いかけていたのはこれの事だったのか。
言えよなあいつ。絶対面白いからやっぱいいやって感じで言うの止めたんだろうな!
光のニヤリとした表情が浮かんできて少し腹が立つ。
「変な顔してない?」
「してないしてない! 全然してない! 寝てるだけだし」
「いやその……よだれとか垂れてなかったよね?」
俺が不安に思っていると七月さんは画像をピンチアウトしてまじまじと確認し「うん、大丈夫!」と満面の笑みで親指を立ててきた。
それなら良かった……いやよくないんだけど。
「じゃあ消さなくていいからさ、今度七月さんのアルバムも見せてよ」
俺が条件を提示すると一瞬考えるような仕草をし口角を上げて返事をする。
「いいよ」
「いいんだ」
「うん」
おかしいな。さっき見せてって言った時は嫌がってたのに。俺の寝顔にそんな価値は無いぞ……?
「あ、てかゴミ箱に行った写真もちゃんと消してよ」
「チッ、バレたか」
フォルダから写真を消してもゴミ箱の中に行き30日くらいしないと自動で消えない。
その間に復元できるのでそれをさせないためにそっちでもしっかり消させる必要があったのだが、無事にそれも成功した。
これで俺の尊厳は守られた。
七月さんが帰った後ベッドの上には朝、七月さんに貸したパーカーが置いてあった。
一日しか着てないし汚れてもいないのでハンガーにかけて明日も一応持っていこうと拾うと、フワッと七月さんの匂いが鼻孔をくすぐる。
完全に七月さんの匂いで上書きされたそれをハンガーにかけると、腕を組んで暫く見つめる。
「……俺これ着るのか?」
部屋にも七月さんのフローラルな残り香が漂っていたが特にベッドには凄い残っていた。
夜には匂いはなくなっていたはずだが、ここに七月さんが寝転がっていた事を思い出してしまい中々寝付けなかった。




