第103話 七月さん、ベッドの上で無防備なのは止めてください
無事に出場するのが決まった事による安堵感と同時に、卓球で中途半端に手を抜くことが出来ない事が確定し、先の事を想像すると気が重い。
「もー七月さんのせいで面倒くさい事になったじゃん」
「え? こはると一緒にやるの嫌なの? こはる悲しむよ。ああ見えて結構繊細で色々考えてる子だからね?」
「いやそういう事じゃなくて……」
「大丈夫、柊くんはエテで元プロのジンさんを倒してチャンピオンを取ったんだからさ」
「いやあれはゲームで……これは現実で……」
指とかある程度頭を使うだけでいいゲームとは違い、体全体を使わないといけない運動とじゃ全然別物だ。
「ゲームもe-スポーツっていうじゃん?」
言うけども……レベルが違うっていうか。ジャンルが違うって言うか。
言い訳を考えていると七月さんは間髪入れずに、上目遣いで煽って来る。
「あの時の熱量、もっかいみたいなー? カッコいい所みたいなー? それともー、負けるのが怖いから最初から手を抜きたいのかなー?」
あからさまな挑発。
「ゲームであれだけ本気で挑めるんだから、現実もそんな冷めた目で見てないで本気でやってみなよー?」
ここまで言われたら流石にやらないわけには行かない。
「うるさいな。分かったよやればいいんでしょやれば」
七月さんの圧に負けて、仕方ないと言ったようにため息を吐く。
バドミントンは手を抜くか。
「私も頑張るから応援してよね」
七月さんはそう言って再び下手くそでブサイクなウィンクをした。
「七月さん……もしかしてだけどさ、よくウィンクするアニメ観た?」
「え、そう! よくわかったね! ヒロインがさ、いい事とか言った後に照れ隠しするみたいにウィンクするのが可愛くてー!」
「真似したくなっちゃってしてるの」と歯を見せて笑う七月さんに俺は残念なお知らせをする。
「朝の先生から注意されてた時も、今も思ったんだけどね」
「うんうん!」
間を持たせると何を言われるのかと七月さんはワクワクと頷く。
「全然ウィンク出来てないよ」
「え? ほら、どう?」
「いや出来てないから、片目ちゃんと閉じれてないから」
「こ、こう?」
「ぶっ! うははは! ひっどい顔!」
七月さんはヴーと威嚇する犬のような唸り声を上げると「そんな言うなら柊くんがやってみてよ!」とジト目を向ける。
「任せて」
わざとらしく一つ咳払いをして、俺は羞恥心を捨て心を無にする。
「てへ!」
朝、七月さんがやったように少し舌を出し手を頭に当て、ウィンクして見せる。
「キモ」――カシャ
可愛らしくしたら笑ってくれるかなって、恥ずかしい思いを我慢してやったというのに何てことを言うんだ。
「酷い、てか写真撮んなよ」
他に誰も見ていないよな……? え、止めてメガネくん。そんな目で見ないで。
目が合った瞬間化け物でも見たかのように青ざめて一瞬で顔を背けられた。
「なんか照れが見えてちょっと嫌。それに全体的に顔引きつってたよ。ほら」
今撮った写真を見せられ、これはひでぇやという感想を自分でも抱く。
「キモイね」
もう二度とてへぺろポーズなんてやんないぞ。それにしてもキモいな。恥ずかしさとキモさで吐き気がしてきた。
自分の顔はただでさえそんなに好きじゃないし、自信がないのにこの写真をみて更に自信を無くした。
「消してください……」
「えーどうしよっかなー。私のウィンク笑ったしなー」
「出来ないのも凄く可愛いと思います……」
「ほんとーかなー?」
「本当です……もう笑わないから消してくださいお願いします」
顔を上げるとスマホを口に当て「んー」と考える七月さんと目が合う。
――パチッ
「ふっ」
「あ、笑ったね? 消さないから」
「あぁぁもうほんとすみません。もう笑いませんだからお願いします!」
不意打ちのウィンクは笑うなという方が無理だろ……。
どうにか消して貰えないかと心の中で祈っていると七月さんは閃きの声を上げ指を差す。
「じゃあ卒業アルバム見せてよ」
「え? いいけど」
それであの不細工でキモ顔黒歴史の写真を消してくれるなら卒業アルバムなんて安いものだ。
その日の放課後、早速俺の家に行くことに。
「お邪魔しまーす」という声と共に俺の部屋を忙しなく見渡す七月さん。
「わぁ、ここが柊くんの部屋かぁ……」
「あんまジロジロ見ないで」
七月さんは俺と一度目を合わせニコッと破顔すると、目を閉じ肺いっぱいに空気を吸い込む。
「スゥーーーー」
「え、止めて匂いも嗅がないで?」
「柊くんの匂いだぁ……」
恍惚とした声を出す七月さんに俺は若干引きながらエアコンをつける。
怖いこの人。やっぱり連れて来なければ良かったかな。いやでも、俺のクソキモいウィンク写真を消して貰わないと。
「ふーん、いつもここで配信してるんだ」
「そうだよ」
俺のデスクやら機材やらをまじまじと見ている七月さん。
正直俺も七月さんはどういう環境で配信をしているのか少し気になるなと七月さんの気持ちを理解しながらクローゼットの扉を開ける。
早くアルバムを見せて写真を消して貰って帰らせようと、どこかに仕舞ってあるはずのアルバムを探す。
どこだったかな。卒業アルバムって中学生のでいいのか……? 幼稚園と小学生の頃のもあるんだが……うーん一応持っていくか。
アルバムを引っ張り出して兄さんのじゃないよなと確認しながらクローゼットから出る。
「あったー?」
先程までのテンションの高さが嘘のように脱力した声を不思議に思い、手元から顔を上げるとそこにはベッドに寝転がる七月さんがいた。
なんで普通に俺のベッドで横になってるんだ。制服のままでベッド入られるの地味に嫌かも……。
「いやぁ広いねこのベッド、一緒に寝れるじゃん」
七月さんは身体を大の字にして足を開いたり閉じたりして広さを実感していた。
まぁシングルじゃなくて、少し広めのセミダブルだからな。二人が寝れないことはない。
というか、さっきからスカートの中が見えそうで冷や冷やする。
健康的な太ももが露わになっているのに七月さんは気にした様子がない。
普通付き合ってもいない男の家でこんな無防備になるか……?
それとも俺は男として見られてないとか……?
七月さんの考えていることは分からないなと静かにため息を吐く。
「一緒に寝る?」
身体を半分ほど起こして枕に肘をつき、ポンポンとベッドを叩く七月さんに俺は「何でだよ」と持ってきたアルバムをベッドに置く。
「おー! 幼稚園のからあるの!?」
ベッドから起き上がると七月さんは目を輝かせてアルバムに食いつく。
「柊くんどれどれ?」
幼稚園の頃は今と大分顔が変わっているのか、見つけられないらしく尋ねてきた。
幼稚園の頃の自分の顔なんて覚えてるかなと疑問に思いながら、七月さんの隣に腰掛けて一緒にアルバムを覗き込む。
「んー……あ、これ」
俺の心配を吹き飛ばす様に、一瞬で自分がどれか判別出来た。
「わぁぁー!!!! かわい~!」
「小さい時は誰でも可愛いでしょ」
「そんな事ないよ。わー面影あるなぁ」
そうか……? 自分では幼稚園の頃と今の自分とじゃ変わり過ぎてて面影もクソもないと思っていたんだが、他人から見ればあるらしい。
「あはは! 泣いてる」
「いや待って、そんな写真あったっけ。まじで恥ずかしいんだけど」
先生に手を引かれて泣いている写真。我ながら酷い顔だ。
運動会で、お母さんと離れるのが嫌で号泣していたという家族から聞かされた記憶が蘇ってきた。
七月さんに「何で泣いたの?」と聞かれたのでそれを話すとニヤニヤと口角が上がり切っていた。
なんだよ、幼稚園の頃はみんなそんなもんだろ。
「それで先生に手引かれながらかけっこゴールしたらしい」
「あはは、ほんと可愛いね」
返す言葉が上手く見つからず、ただただ照れくさい思いにさせられる。
何これ、新手の拷問か何かかな。




