第101話 ビジネスイチャイチャの優越感と自分の価値
夏休みが終わり、まだまだ夏の日差しを容赦なく当てて来る太陽に心の中で文句を言いながら登校する。
年々気温が上がっているし、暑い日も長く続いていて地球温暖化を身を持って感じさせられる。
小学生の頃の夏は全然扇風機とかでもギリ行けたし、夕方なんて結構涼しかったりした記憶があるのだが……。
「ふぅ……」
昔の夏に思いを馳せながら冷房の効いた教室に入り、熱を持った身体を包み込む冷気を全身で受け止めながら、目を閉じ深呼吸する。
冷えた空気を肺いっぱいに取り込み内側からも冷やす。
いつまでも扉の近くで立っているのも迷惑だと思い、俺は教室を見渡しながら自分の席に着く。
野球部やサッカー部などの運動部は黒の方が近いくらいに日焼けをしていて隣に並ぶ女子との差が凄いという小学生並みの感想を抱いた。
みんな部活やら遊びやらで外出まくってたんだろうなー。
女子は日焼け止めを塗っていたのか明らかに焼けている人はいなかった。
汗拭きシートで身体を拭き終わるとゴミを捨て再び席に座り一息吐く。
一ヶ月ちょっとしか経っていないが、それでもこの席からの景色が懐かしく感じる。
あれ、何か眠くなってきたな。
火照った身体が冷えリラックス状態になったのだろう。
今日はまだホームルームまで時間あるし寝とこうかな。
少し寒さを感じたので念の為に持ってきていたパーカーを着ると凄く心地よくなり、直ぐに眠りについた。
「おはよおはよー! ねね、あやちゃん、あやちゃん!!」
騒がしい小野さんの声により目が覚め、時計に目をやる。
あと数分で始まる丁度いい時間だった。
小野さんの天然目覚まし時計に感謝しながら教室を見渡す。
海と光も既に来ていて、どうやら気を遣って起こさないようにしてくれたらしい。
光はともかく、海。気遣いが出来るようになって俺は嬉しいよと感慨深い気持ちになっていると小野さんの声が再び耳に入ってくる。
「昨日の写真どゆことどゆことっ!? もしかして!?」
「違うから」
即座に否定する桃沢さん。
それに対して「ほんとに~?」とからかうような目を向ける七月さんもいた。
「いいんじゃない。中村くん誠実そうだし。彩香、前から一途な人がいいなって言ってたじゃん」
「ちょっと優衣まで!?」
いつもの四人組で集まっているのを見て夏休み、ビデオ通話で見た皆の水着姿が頭に浮かんできた。
「みんなエr――」
俺は即座に頭を振り、寝ぼけた脳を叩き起こす。
寝ぼけたまま何を口走りそうになった俺!? 誰かに聞かれたら終わってたぞ。
背伸びをしながら会話を聞いていると、どうやら桃沢さんと海の事らしい。
昨日の写真って多分夏祭りだよな。見つけた途端七月さんが盗撮してたやつ。
それをグループlimeか何かに送ったんだろう。
というか、当の海本人は……。
海の方に視線を向けると小野さん達の会話が聞こえているのか少し居心地悪そうな表情でスマホを見ていた。
一見スマホに集中しているように見えるが若干ソワソワしている。
そりゃあんな声量で話していたら嫌でも聞こえてくるよな。本人達は抑えてるつもりだろうけど距離的に聞こえてそう。
「…………」
待て、今の状況って海が昔失恋したシチュエーションに似てないか……?
あの時は扉越しだとは言え本人の気持ちを聞いてしまい、今は教室の中でだが話声は聞こえてる。
若干の状況は違えど今海の身にはトラウマと同じ事が起きている。
じゃあ今海はソワソワしているんじゃなくて、震えてるのか!?
この後の桃沢さんの言動次第で海は再び酷く傷付いてしまうのではないか。もう二度とトラウマを克服出来なくなるのではないかと危惧した俺は、席を立ち急いで海の元へ向か――
「――まぁ、ちょっといいな……とは思うかも……?」
向かおうとしたが、桃沢さんの呟き声が耳に入り速度を緩める。
「「「おぉぉ……」」」
さっきよりも声が小さかったのでどうやら海には聞こえていなかったのか、まだ落ち着きが無い。
更に盛り上がる三人を横目に俺は海の肩を叩く。
「海、おはよ」
「お、おはよう」
ビクッと身体を震わせるも直ぐに笑顔を作り挨拶を返してくる。
笑顔の中に不安が隠せていないのを見て俺は安心させるように柔らかい笑みを浮かべる。
「桃沢さん、結構脈ありだぞ? 頑張れよ」
そう言うと海は「え? は!?」と驚きと困惑が混じった声を上げる。
「え? なんで……てかどゆこと!?」と追及しようとしてきた所でチャイムが鳴り、勢いよく扉が開かれ先生が入ってきた。
「おら~お前ら席に着け~」
「じゃ、そういう事だから安心しろよ」
「え、う、うん」
まだよくわかっていない海に手を振ると俺は自分の席に着いた。
首を傾げる海を見るともう震えは止まって、縮こまっていた身体もいつも通りに戻っていた。
「おはよー柊くん」
「おはよ」
なんとか海のトラウマを再発させない重大ミッションを朝からこなし、精神的に疲れた。
そのミッションを作り出した四人組の一人。限りなく元凶に近い人物、七月さんが隣の席に座り話しかけて来た。
「昨日ぶりだねー」
「そうだね」
「柊くんちょっと日焼けした?」
「え? まじ?」
自分では分からないが、したのなら昨日の夏祭りくらいしかない。
「日焼け止め塗らなかったの?」
「いや塗ったんだけどな……」
「そうなんだ」
塗ったのにそれをも超えて焼いて来る夏の太陽恐るべし。来年はもっと強い日焼け止め買おうかな。
いやまず外に出なきゃいいのか。
「外には出なよ?」
「え、うん」
俺今口に出てたかな?
「てかちょっと冷房効きすぎじゃない……?」
七月さんは自分を抱くようにして腕をさする。
「あ、これ着る?」
「え? いいの?」
さっき寝る時寒かったから着てたが、起きたらまた暑くなってきたからとパーカーに指を差しながら説明する。
「じゃ、じゃあ借りようかな」
その言葉を聞いてから俺はパーカーを脱ぐと七月さんに渡す。
少しの間じっとパーカーを見つめる七月さん。
な、なんだ。もしかして俺の着た後は嫌なのか。本当は着たくなかったけど断りづらかったとか……? それとも、もしかして臭い……?
「あ、別に汗とかかいてないよ? ほんとにさっき少し着てただけだから」
「でもいやなら別に……――」
「――いや、ありがと」
俺の言葉を遮るように、食い気味に被せ笑顔向けて来た。
「脱ぎたてだね」
「言い方よ」
なんかこのやり取りこの前のエテ配信のアーマーの件でやった気がする。
「柊くんのいい匂い~包みまれてる感じする~」
とパーカーを羽織った七月さんは目を瞑り、自分を抱く。
「あれ? いつもとちょっと匂い違う?」
「あぁ汗拭きシート使ったからかな?」
「ふーんそうなんだ」
その後もクンクンと匂う仕草をしていて、やっぱり臭いのか? 俺が自覚してないだけで臭いのでは? と不安な気持ちに襲われる。
「く、臭い?」
「え? いや全然!? めっちゃいい匂いだよ」
「そ、そか」
臭くないと言われ安心すると同時に良い匂いと言われ逆に嬉しい気持ちになる。
ありがとう、いつも洗濯してくれる母さん……。
「七月さんも今日ちょっと匂い違うよね」
「え、臭い?」
クンクンと制服の胸を掴んで匂いをかぐ七月さん。
「え、いや全然いい匂い」
「そう? ならよかった。私も制汗剤シート使ったからだと思う!」
「そうなんだ」
というか、俺のパーカーを七月さんが着ているのを見ると何か変な感じだ。
夏休みで見た七月さんの私服も似合っていたが、やはり制服も似合っている。だがパーカーを着ることによって少しカッコいい感じになっていて新鮮だった。
「七月さんって何着ても似合いそうだよね」
「え、そんなことないよ」
「七月さんって女子にしては身長高い方だし」
「えへへそうかな」
純粋に思った事を口にしていると、ふと視線を感じる。
目を前に向けると先生が俺達の方を見ていた。
「おーい七月、話聞いてるかー?」
「はい! 聞いてますっ!」
こっちを向いていた七月さんはビクッと猫の様に身体を震わせて反射的に先生に返事をした。
「ほんとかー? なら先生が今言ったことはなんだ?」
「…………」
ギギギと錆びれた機械の様にゆっくりと首をこちらに向けて来る七月さんは引きつった笑顔をしていた。
いや俺の方見られても、俺も話してたから分かんないぞ。俺は聖徳太子でもないし、話しながら先生の話を聞くとかいうそんな器用な事は出来ないからな。
肩を竦め俺も分からないと七月さんに伝えると一瞬睨みつけられ勢いよく前を向いた。
「すみません、聞いてませんでした!」
七月さんはてへと頭に手を当て、少し舌を出し更にウィンク。天然ドジっ子の様な振る舞いをする。
その言動にクラスはドッと笑いが溢れ、先生はやれやれといった感じで苦笑する。
凄い……。絶対俺がそんな事やったらクラスからはキモがられるし先生からは「お前なめてんのか」と罵声が飛んできそうな所。
七月さんのこれまで積み上げて来た人としての好感やら信頼やらが存分に発揮された瞬間だった。
俺にはいつまで経ってもこんな芸当出来そうもないなと人間としての核の違いを改めて実感する。
そんな俺が配信では七月さんと。……あきななとビジネスとは言えイチャイチャしていると思うと優越感がある。
でもそれと同時にこんな俺なんかじゃやっぱり七月さんとは釣り合っていないんじゃないか。もっと他に相性のいい人がいるんじゃないか。俺という必要は全然ないんじゃないか。
俺に本当に価値はあるのかという気持ちに襲われた。
「もー柊くんのせいで怒られちゃったじゃん。助けてくれないし」
俺の気なんて知る由もなく、頬をプクーと膨らませ軽く睨んでくる七月さん。
え、俺のせいなの? てか、七月さん……ウィンクできてなかったぞ。
……まぁ、七月さんに見限られる瞬間が来たならその時はその時だな。
俺は七月さんの様子に深く考えるのが馬鹿らしくなり、机に肘をつき先生の話に耳を傾けることにした。




