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やさしさの宿るものたち  作者: なおパパ


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第9話 「もう一度こげる」

お立ち寄り頂き、ありがとうございます!


夕方の光が、古いアパートの前の道を赤く染めていた。

大地は、錆びついた自転車を押しながら帰ってきた。


ペダルはぎしぎし鳴り、

チェーンは油が切れている。

サドルの端は少し破れていた。


でも──

大地は、この自転車が大好きだった。


「……ただいま」


玄関の前で自転車を止めると、

大地はすぐに雑巾を取り出し、

フレームを丁寧に磨き始めた。


毎日、毎日、磨いている。

乗れないのに。

乗れないからこそ。


―みんな、もう乗れるのにな


学校の友達は、放課後になると校庭に集まり、

自転車で走り回っている。

近所の神社の境内でも、

笑い声が響いていた。


大地は仲間に入りたくて、

自分の自転車を押して集合場所まで行く。

でも、乗れないから、

みんなの後ろ姿を見ているだけ。


帰り道は、また自転車を押して帰る。

そして、磨く。


「……いつか、乗れるようになるかな」


そのつぶやきが、

自転車のハンドルに触れた瞬間だった。


古い金属が、ふわりと光った。


光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、

やがて小さな妖精の姿になった。


精霊リンクが、大地の自転車に宿ったのだ。


(……あ。ひかり……

 このこ……のりたい……

 のりたい……のに……

 のれない……

 ぼく……てつだう……!)


リンクは幼い決意を胸に、

自転車の中へすっと溶け込んだ。


次の日の放課後。

大地はいつものように、

自転車を押して神社の境内へ向かった。


友達が楽しそうに走り回っている。


「だいちー! 今日も押してきたのー?」


「まだ乗れないのー?」


からかう声が飛んでくる。


大地はうつむいた。


「……うん。まだ」


そのときだった。


自転車が、ぐいっ、と前に進んだ。


「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」


大地は慌ててハンドルを握りしめた。


(だいち……のる……!

 のる……!

 いっしょ……!)


リンクが、必死に前へ押していた。


自転車は勝手に進み、

ハンドルがふらふらと揺れる。


「わ、わああああっ!」


大地は必死でバランスを取ろうとする。


ペダルが、ぎゅるん、と勝手に回った。


「うわっ!? なんで回るの!?」


(だいち……こいで……!

 こいで……!

 できる……!)


大地は怖かった。

でも──

足が、自然とペダルに乗った。


ぐっ……ぐるん……


ペダルが回る。

自転車が進む。


「……あれ?」


大地の体が、ふわりと前へ運ばれる。


風が頬を撫でた。


「……のれてる?」


ほんの数秒。

でも、確かに乗れていた。


友達が驚いた声を上げる。


「だいち、今の見た!?

 ちょっと乗れてたじゃん!」


大地は、胸がどきどきしていた。


「……ほんとに?」


(ほんと……!

 だいち……すごい……!

 もっと……のれる……!)


リンクは自転車の中で、

小さく跳ねていた。


大地は、もう一度挑戦した。


今度は、自転車が勝手に動かない。

リンクは、そっと見守っている。


大地は深呼吸をして、

ペダルに足を乗せた。


「……いくよ」


ぐっ……ぐるん……


ペダルが回る。

自転車が進む。


ふらふらしながらも、

大地は必死にバランスを取った。


「……のれた!」


境内に、大地の声が響いた。


友達が拍手する。


「すげー! だいち、乗れたじゃん!」


大地は、涙が出そうなほど嬉しかった。


(だいち……すごい……

 すごい……!

 ぼく……うれしい……)


リンクは胸をいっぱいにしていた。


夕暮れの境内で、

大地は自転車を止めて、しばらくその場に立ち尽くしていた。


胸の奥が、どきどきしている。

手のひらは汗で少し湿っていた。


「……ほんとに、乗れたんだ」


自分の声が、少し震えていた。


(だいち……すごい……

 ほんと……すごい……)


リンクは自転車の中で、

嬉しさを抑えきれずにくるくる回っていた。


家に帰ると、

父は作業着のまま、テーブルに突っ伏していた。


「……父ちゃん?」


大地が声をかけると、

父はゆっくり顔を上げた。


「お、おう……大地か。

 悪いな、今日も遅くなって」


父の目の下には、深いクマができていた。

町工場の仕事は、いつも忙しい。


大地は、自転車を押しながら言った。


「父ちゃん……今日ね……」


父は、眠そうな目をこすりながら笑った。


「ん? どうした?」


大地は、胸を張って言った。


「……乗れた!」


父の手が、ぴたりと止まった。


「……え?」


「今日、ちょっとだけだけど……

 ほんとに乗れたんだ!」


父はしばらく大地を見つめていた。

そして、ゆっくりと笑った。


「……そうか。

 大地、よく頑張ったな」


その声は、

いつもより少しだけ震えていた。


(とうちゃん……よろこんでる……

 だいち……よかった……)


リンクは、自転車の中で胸をいっぱいにしていた。


その夜。

大地は自転車を玄関の横に置き、

いつものように雑巾で磨き始めた。


でも今日は、

磨く手つきがいつもと違う。


「……明日も、乗れるかな」


自転車のフレームが、

夕日の残り火を受けて、ほんの少し光った。


(だいち……もう……のれる……

 だいじょうぶ……

 がんばった……)


リンクの体が、ゆっくりと光に溶けていく。


(だいち……すごい……

 ぼく……うれしい……

 もう……だいじょうぶ……)


光は自転車からふわりと抜け出し、

夜の空気の中へ漂い始めた。


大地は気づかないまま、

自転車のサドルを優しく撫でていた。


「……ありがとう」


その小さな声に、

リンクは最後の力でそっと応えた。


(だいち……がんばれ……

 つぎの……がんばってるひと……

 さがす……)


光は静かに消え、

夜の街へと旅立っていった。


次の日。

大地は自転車押して、

境内へ向かった。


昨日より、少しだけ自信のある顔で。


「……よし、いくぞ」


サドルにまたがり、

ペダルを踏む。

風が頬を撫でる。


大地は笑った。


「乗れた!」


その声は、

夕暮れの空にまっすぐ響いていった。



お読みいただき、ありがとうございました。

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