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やさしさの宿るものたち  作者: なおパパ


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第8話 「忘れられた夢」

お立ち寄り頂き、ありがとうございます!


図書館の窓から差し込む午後の光が、

静かな閲覧室の机をやわらかく照らしていた。


三浦さやかは、借りた本を返却するためにカウンターへ向かい、

そのままふらりと書架の間を歩き始めた。


最近、この場所に来る回数は減っていた。

仕事に追われ、帰って寝るだけの毎日。

昔は、ここで何時間も本を読み、

自分の物語を書いていたのに。


―あの頃は、楽しかったな


インターネットの投稿サイトに作品を載せていた頃。

評価はつかなくても、

「自分の物語がどこかに残る」というだけで嬉しかった。


でも──

現実は、そんなに甘くなかった。


―誰にも読まれないものを書いて、何になるんだろう


気づけば、キーボードに触れることもなくなっていた。


そんなときだった。


ふと手に取った一冊の古い児童書。

表紙は擦り切れ、紙は少し黄ばんでいる。


「……なんだか、懐かしい感じ」


その瞬間、ページの隅がふわりと光った。


光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、

やがて小さな妖精の姿になった。


精霊リンクが、その本に宿ったのだ。


(……あ。ことば……いっぱい……

 このひと……かなしい……

 “ゆめ……わすれた”……

 ぼく……てつだう……!)


リンクは幼い決意を胸に、

本の中へすっと溶け込んだ。


さやかは席に座り、古い本を開いた。


表紙をめくると──


ぱらり。


勝手に次のページが開いた。


「……え?」


風もないのに、紙がふわりと動いたのだ。


(ここ……よんで……

 ここ……たいせつ……)


リンクが、必死にページを押していた。


そこには、

若い頃は全く評価されなかった作家の物語が書かれていた。


“誰にも読まれなくても、

 自分が生きた証として書き続けた。”


“いつか誰かの心を温められるなら、それでいい。”


“そして作家の没後に、ようやく認められた。”


さやかは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


―こんな人も、いたんだ


ページをめくると、

物語のキャラクターが、

ほんの少しだけ笑っているように見えた。


「……気のせい、だよね」


(えへへ……わらった……

 さやか……よんで……

 がんばれ……)


リンクは、絵の端をちょんちょんと押していた。


さらにページをめくると、

しおりが勝手に動き、

“がんばれ”の形に折れ曲がった。


「……なにこれ?」


さやかは思わず笑ってしまった。


(さやか……がんばれ……

 かいて……

 かいて……)


聞こえないはずの声が、

なぜか胸の奥に響く。


さやかは、本を閉じて深呼吸した。


「……また、書いてみようかな」


その言葉に、

本の中でリンクが小さく跳ねた。


(さやか……!

 ゆめ……うごいた……!)


そのとき、カウンターの方から声がした。


「三浦さん、久しぶりですね」


図書館司書の藤井だった。


「最近、あまり見かけなかったので……

 お仕事、忙しいんですか?」


「……まあ、ちょっと」


さやかは苦笑した。


藤井は、さやかが借りていく本の傾向から、

“作家を目指しているのかな”と薄々感じていた。


「また、書き始めたんですか?」


その問いに、さやかは驚いた。


「え……どうして?」


「なんとなく、顔が明るいので」


藤井は優しく笑った。


さやかは、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「……はい。少しだけ、また書いてみようかなって」


藤井は嬉しそうに頷いた。


「いいですね。

 三浦さんの物語、今度読ませてくださいね」


さやかは照れくさそうに笑った。


(さやか……よかった……

 ゆめ……また……うごいた……)


リンクは、本の中で満足げに光っていた。



家に帰ると、さやかはバッグからノートパソコンを取り出した。

電源を入れるのは、何ヶ月ぶりだろう。


画面がゆっくりと明るくなる。

指先が、少し震えていた。


―書けるかな


不安と期待が入り混じる。

でも、胸の奥には、さっき読んだ物語の余韻が残っていた。


“誰にも読まれなくても、

 自分が生きた証として書き続けた。”


その言葉が、静かに背中を押してくれる。


さやかは深呼吸をして、

キーボードにそっと指を置いた。


カタ……カタカタ……


最初の一文が、画面に浮かび上がる。


「……あ」


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


(さやか……!

 かいた……!

 すごい……!)


リンクは本の中で小さく跳ねていた。


書き始めると、不思議と手が止まらなかった。

昔のように、物語の世界が自然と広がっていく。


登場人物が動き出し、

風景が浮かび、

言葉が流れ出す。


―やっぱり、私は、小説を書く事が好きなんだな


気づけば、3時間以上が経っていた。


「……書けた」


短いけれど、確かな“物語”だった。


さやかはそっと笑った。


(さやか……よかった……

 ゆめ……また……うごいた……)


リンクは胸をいっぱいにしていた。


翌日。

さやかは図書館へ向かった。


カウンターにいた藤井が、

さやかの顔を見るなり微笑んだ。


「三浦さん、なんだか今日は明るいですね」


「……そう見えます?」


「はい。

 きっと、いいことがあったんですね」


さやかは照れくさそうに笑った。


「……少しだけ、書けたんです。

 久しぶりに」


藤井は嬉しそうに頷いた。


「それは素敵ですね。

 三浦さんの物語、きっと誰かの心に届きますよ」


その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


(さやか……がんばれ……

 だいじょうぶ……

 ゆめ……ある……)


リンクの幼い声が、

本の中からそっと響いた気がした。


さやかが本を返却しようとしたとき、

ページの隅がふわりと光った。


「……?」


さやかが瞬きをした瞬間、

光はすっと消えた。


本の中では、リンクがゆっくりと体を光に溶かしていた。


(さやか……もう……だいじょうぶ……

 ゆめ……うごいた……

 ぼく……つぎ……いく……)


光はページからふわりと抜け出し、

静かな図書館の空気の中へ漂い始めた。


さやかは気づかないまま、

返却カウンターへ本を置いた。


(つぎの……がんばってるひと……

 さがす……)


リンクの光は、

静かに書架の間へと消えていった。


図書館を出たさやかは、

空を見上げて小さく呟いた。


「……また書こう。

 少しずつでいいから」


その声は、

春の風に乗って、どこか遠くへ流れていった。



お読みいただき、ありがとうございました。

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