第7話 「おはようの魔法」
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朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。
佐伯悠斗は、布団の中で目を開ける前に、
隣から聞こえる寝息に気づいた。
山本里奈は、すやすやと眠っている。
(……かわいいな)
そう思う余裕があるのは、
自分がすでに起きてしまっているからだ。
本当は、もっと一緒に寝ていたい。
でも、里奈は朝が弱く、悠斗は朝が強い。
同棲を始めてから、生活リズムの違いが少しずつ積み重なっていた。
ほんの少しのストレス――
「……起こすのも悪いしな」
悠斗はそっとベッドを抜け出し、
キッチンでコーヒーを淹れた。
そのとき──
リビングの棚に置かれた、
古い目覚まし時計がふわりと光った。
光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、目覚まし時計に宿ったのだ。
(……あ。ゆうと…りな…
ふたり……すき……
でも……けんか……しそう……
ぼく……てつだう……!)
リンクは幼い決意を胸に、
時計の中へすっと溶け込んだ。
その日の朝。
悠斗が出勤の準備をしていると──
ジリリリリリリッ!!
「うわっ!? なんで今鳴るんだよ!」
まだ6時前。
いつもより1時間以上早い。
里奈が布団の中でむくりと起き上がった。
「……え? え? もう朝……?」
寝ぼけた顔で時計を見る。
「……6時!? なんで!?」
悠斗は慌てて時計を止めた。
「ごめん、俺じゃない。勝手に……」
(ゆうと……じゃない……
りな……おきて……
ふたり……いっしょ……)
リンクは必死にアラームを鳴らしたつもりだった。
しかし──
「……眠い……」
里奈は再び布団に倒れ込んだ。
悠斗は苦笑した。
「……まあ、こういう日もあるか」
翌朝。
今度は逆だった。
悠斗がまだ夢の中にいると──
ジリリリリリリリリリッ!!!
「うわっ!? なに!?」
時計が、里奈の枕元だけに向けて
小さく震えながら鳴っていた。
里奈は目をこすりながら起き上がる。
「……あれ? 今日、私が先に起きた……?」
悠斗は布団の中で混乱していた。
「なんで俺の方は鳴らないんだ……?」
(りな……おきた……
ゆうと……ねてて……いい……
ふたり……けんか……しない……)
リンクは“平和”のためにやっているつもりだった。
しかし──
「……なんか最近、時計おかしくない?」
「だよな……」
二人は顔を見合わせた。
さらに次の日。
朝の6時半。
静かな寝室に──
ジッ……ジリリリリリリリリリッ!!!
突然、全力のアラームが鳴り響いた。
「うわあああああっ!!」
「ひゃあああああっ!!」
二人は同時に飛び起きた。
時計は、まるで踊るように震えている。
(おきて……!
ふたり……おきて……!
なかよし……して……!)
リンクは全力だった。
しかし──
「……なんでこんなにズレるの?」
「ほんとだよ……」
二人は顔を見合わせ、
そして──
ぷっ、と笑ってしまった。
「なんか……変な時計だね」
「でも……まあ、悪くないかもな」
二人の笑顔を見て、
リンクは胸をいっぱいにしていた。
(ふたり……わらった……
よかった……)
その日の夕方。
仕事から帰ってきた悠斗が玄関を開けると、
見慣れない靴が一足、ちょこんと並んでいた。
「……あれ?」
リビングから、明るい声が聞こえる。
「りな姉ー! この部屋めっちゃ広いじゃん!」
「ちょ、ちょっと美羽! 勝手に開けないで!」
山本里奈の妹、美羽が突然泊まりに来ていた。
「お邪魔してまーす、佐伯さん!」
「お、おう……」
美羽は元気いっぱいで、
そのテンションに部屋の空気が一気に明るくなる。
だが──
その夜から、リンクの“ズレた奮闘”はさらに加速した。
翌朝。
ジリリリリリリリリリッ!!!
「うわっ!? またかよ!」
悠斗が飛び起きる。
しかし、隣の布団では──
「……すぅ……すぅ……」
里奈は全く起きる気配がない。
(りな……ねむい……
ゆうと……おきて……
おはよう……して……)
リンクは“優しさ”のつもりで、
里奈だけ二度寝させていた。
美羽はというと──
「りな姉、起きてよー! 今日学校なんだけど!」
「……あと5分……」
「いや、もう無理だって!」
美羽が揺さぶっても、
里奈は目覚まし時計の“守り”により、
ふわふわと夢の中に戻ってしまう。
悠斗は苦笑した。
「……なんか、最近この時計すごくない?」
「ほんとだよ……なんでりな姉だけ起きないの……?」
二人は顔を見合わせ、
そしてまた笑ってしまった。
さらに次の日。
朝の7時。
静かな寝室に──
ジリリリリリリリリリッ!!!
「ひゃあああああっ!!」
今度は美羽の枕元でアラームが炸裂した。
「なんで私!? りな姉じゃなくて!?」
「ご、ごめん美羽……私も知らない……!」
悠斗は布団の中で頭を抱えた。
「……これ、絶対おかしいよな」
(みう……おきた……
りな……ねむい……
ゆうと……がんばれ……
ふたり……けんか……しない……)
リンクは全力で“平和”を守っているつもりだった。
だが──
「なんでこんなにズレるの?」
「ほんとにね……」
三人は顔を見合わせ、
そして、また笑った。
「なんか……この家、朝だけコントみたいだね」
「……まあ、悪くないかもな」
悠斗がそう言うと、
里奈も美羽も笑った。
リンクは胸をいっぱいにしていた。
(みんな……わらった……
よかった……
よかった……)
その日の夜。
美羽が帰り、部屋が静かになった頃。
里奈が、ふと目覚まし時計を手に取った。
「ねえ悠斗……最近、朝バタバタだけどさ」
「うん」
「なんか……楽しいね」
悠斗は照れくさそうに笑った。
「まあ……悪くないよな。
こういうのも、同棲って感じで」
二人が寄り添って笑うのを見て、
時計の中でリンクは小さく跳ねた。
(ふたり……なかよし……
ぼく……うれしい……)
リンクの体が、ゆっくりと光に溶けていく。
(もう……だいじょうぶ……
ふたり……あさ……わらえる……
ぼく……つぎ……いく……)
光は時計からふわりと抜け出し、
夜の部屋の空気の中へ漂い始めた。
悠斗と里奈は気づかないまま、
寄り添ってテレビを見ていた。
(つぎの……がんばってるひと……
さがす……)
リンクの光は静かに消え、
新しい朝へ向かって旅立っていった。
お読みいただき、ありがとうございました。




