表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やさしさの宿るものたち  作者: なおパパ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/20

第6話 「雨の日のやさしさ」

お立ち寄り頂き、ありがとうございます!


朝、玄関を開けると、空はどんよりと曇っていた。

今にも降り出しそうな重たい雲が広がっている。


「……嫌な天気だな」


雨に濡れる事が大嫌いな亮は、

眉をひそめながら、鞄の中を確認した。

折り畳み傘は、いつもの場所にちゃんと入っている。


―よし、今日は大丈夫だろ


そう思いながら家を出た。


午前中の仕事は、いつも通り忙しかった。

ただ、亮はどこか落ち着かない。

窓の外の空が、どんどん暗くなっていくのが気になって仕方ないのだ。


昼休み。

外に出て昼食を買いに行こうとした瞬間──


ザーッ!


突然、空が破れたように雨が降り始めた。


「……うわ、最悪だ」


亮は慌てて鞄を開けた。


―あれ……? 折り畳み傘……ない?


朝、確認したはずなのに、

どこを探しても見つからない。


―家に置いてきたのか?


仕方なく、会社の傘立てへ向かった。


そこには数本の置き傘が並んでいる。

その中に、ひときわ古びた黒い傘があった。


父が使っていた傘。

亡くなった後、捨てられずに会社へ持ってきて、

なんとなく置きっぱなしにしていたものだ。


父の出棺を雨の中で濡れながら見送った記憶

それ以来、雨に濡れると胸の奥が痛くなる。


―雨は嫌だな。


亮はその傘を手に取った。


「……まあ、今日はこれでいいか」


その瞬間、傘の布地がふわりと光った。


光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、

やがて小さな妖精の姿になった。


精霊リンクが、傘に宿ったのだ。


(……あ。ひかり……いっぱい……

 このひと……かなしい……

 “ぬれたくない”……って……

 ぼく……てつだう……!)


リンクは幼い決意を胸に、

傘の中へすっと溶け込んだ。


亮が傘を開こうとした瞬間──


「うわっ!」


傘は勝手に勢いよく開き、

亮の顔にぶつかりそうになった。


「なんだよこれ……壊れてんのか?」


(ちがう……!

 りょう……ぬれないように……

 ぱっ! って……した……!)


リンクは必死だった。


雨の中を歩くと、

傘の上に落ちる雨粒が、なぜか“にこっ”と笑ったような模様を作る。


「……なんだこれ。気味悪いな」


(えへへ……にこ……した……

 りょう……げんき……でる……?)


亮は首をかしげながらも、

どこか懐かしい温かさを感じていた。


父と歩いた雨の日の記憶が、

ふと胸の奥に浮かんだ。



仕事を終え、会社を出ると、

雨はさらに強くなっていた。


「……ついてないな」


亮は傘を開き、雨の中に歩き出す。


暫く歩いた先で、不意に声をかけられた。


「りょうお兄ちゃん!」


小さな声が聞こえた。


振り向くと、

傘もささずに雨に濡れたゆいが立っていた。


「ゆい? どうしたんだよ」


「……傘、忘れちゃって……」


髪はびしょびしょ、制服も濡れている。


亮は迷った。

雨は強い。

自分は濡れたくない。


でも──

手に持った父の傘が、

そっとゆいの方へ傾いた。


(りょう……やさしい……

 あげる……?

 あげる……?)


亮はため息をつきながら、

ゆいに傘を差し出した。


「ほら、これ使え。家まで気を付けて帰れよ」


ゆいは、ぱっと笑顔になった。


「ありがとう、亮お兄ちゃん!」


ゆいが走り去る後ろ姿を見送りながら、

亮は雨の中に取り残された。


スーツは濡れ、髪から滴が落ちる。


「……はぁ。なんで俺、傘渡したんだろ」


でも、胸の奥が少しだけ温かい。


(りょう……すごい……

 やさしい……

 ぼく……うれしい……)


リンクは傘の中で、

小さく跳ねるように喜んでいた。


亮は雨の中を歩き出した。

冷たい雨粒が、容赦なく体を濡らす。


「……最悪だ」


そう呟きながら、ハンカチを取り出す為に鞄を開けた瞬間、

中から何かが転がり落ちた。


折り畳み傘。


「……あ」


亮は呆然とした。


「俺……折り畳み傘、持ってたじゃん……」


雨の中で、思わず笑ってしまう。


(りょう……えへへ……

 きづいた……?

 だいじょうぶ……

 ぬれても……すぐ……かわく……

 やさしい……ひと……)


亮は、濡れた髪をかき上げながら、

小さく笑った。


「……まあ、たまには濡れて帰るのも悪くないか」



亮は、びしょ濡れのまま家に帰りついた。

玄関に入ると、靴の中まで水が染みていて、思わずため息が漏れる。


「……最悪だ」


スーツを脱ぎ、タオルで髪を拭きながら、

亮はふと、ゆいに渡した父の傘のことを思い出した。


「……親父なら、迷わず渡してただろうな」


そう呟いた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。


父は、雨の日でも文句ひとつ言わず、

亮の頭にそっと傘を差し出してくれた人だった。


「……俺も、少しは似てきたのかな」


亮は苦笑しながら、濡れたシャツを洗濯機に放り込んだ。


夜。

亮はソファに座り、

鞄から落ちた折り畳み傘を手に取った。


「……ほんと、なんで気づかなかったんだろうな」


雨に濡れた帰り道を思い出し、

思わず笑ってしまう。


(りょう……えへへ……

 きづいた……?

 ぬれても……すぐ……かわく……

 だいじょうぶ……)


聞こえないはずの幼い声が、

なぜか胸の奥にふわりと響いた気がした。


亮は、父の傘を思い浮かべながら、

そっと目を閉じた。


「……ありがとう、親父」


その言葉に応えるように、

玄関に立てかけられた古い傘が、

かすかに光った。


リンクは、傘の中で小さく跳ねていた。


(りょう……やさしい……

 ゆい……まもった……

 ぼく……うれしい……)


そして、体がゆっくりと光に溶けていくのを感じた。


(もう……だいじょうぶ……

 りょう……がんばれる……

 ぼく……つぎ……いく……)


光は傘からふわりと抜け出し、

玄関の空気の中へ漂い始めた。


亮は気づかないまま、

濡れた靴を乾かすために新聞紙を詰めていた。


(つぎの……がんばってるひと……

 さがす……)


リンクの光は、静かに夜の街へ溶けていった。


翌朝。

玄関を開けると、空はすっかり晴れていた。


亮は深呼吸をして、

軽く伸びをした。


「……まあ、雨の日も悪くないか」


昨日の濡れた帰り道を思い出しながら、

亮は少しだけ笑った。




お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ