第17話 「父と息子の距離」
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
山本健司、十七歳。
毎日が、ただ流れていくだけだった。
学校はつまらない。
授業は退屈。
友達と遊ぶ場所もない。
田舎には、
山と川と畑しかなかった。
(……今日も、何もないな)
休みの日は、
家でゴロゴロするか、
裏庭の川で釣りをするくらい。
釣った魚を持ち帰ると、
母は嬉しそうに笑ってくれる。
その笑顔を見るのは嫌いじゃない。
むしろ、ちょっと誇らしい。
でも──
父とはほとんど話さなかった。
嫌いなわけじゃない。
ただ、何を話せばいいのか分からない。
わざわざ話題を探すのも面倒だった。
(父さんも、別に話したいわけじゃないだろ)
そう思っていた。
その日、健司はいつものように釣り竿を持って川へ向かった。
川の水は澄んでいて、
魚影がちらちらと見える。
「……釣れるかな」
釣り竿を構えたときだった。
竿の先に付いた古い鈴──
小さな金属のベルが、
ふわりと光った。
「……ん?」
健司は気づかない。
夕日が反射しただけだと思った。
しかし、
川辺にいた一羽の鳥が、
その光に反応して首をかしげた。
ベルの光は小さく震え、
丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、
釣り竿のベルに宿ったのだ。
(……あ。ひかり……
このこ……さみしい……
“はなしたいけどはなせない”……
ぼく……てつだう……!)
リンクは、
鳥にだけ見えていた。
鳥は驚いたように羽をばたつかせたが、
すぐにリンクの光に興味を示した。
(こっち……?
なに……?)
リンクは小さく頷き、
釣り竿の先をふわりと揺らした。
その揺れに反応して、
鳥が川面に向かって飛び立った。
「おっ……?」
鳥が水面をかすめた瞬間、
魚が驚いて跳ねた。
その振動が釣り糸に伝わり──
ピクッ。
「……え、来た?」
健司は慌てて竿を引いた。
魚が釣れた。
「マジか……!」
久しぶりの手応えに、
健司は思わず笑った。
鳥は、
その様子を見て満足そうに鳴いた。
リンクは、
釣り竿の先で小さく跳ねた。
(つれた……!
けんじ……わらった……!
よかった……!)
そのとき、
背後から声がした。
「……釣れたのか?」
振り返ると、
父が立っていた。
「……ああ。まあ、たまたま」
健司はそっけなく答えた。
父は、
少し照れたように笑った。
「……久しぶりに、見たな。
お前が魚釣るところ」
健司は、
どう返せばいいか分からなかった。
(父さん……何しに来たんだよ)
でも、
父の手には古いバケツがあった。
「……持ってきた。
魚、入れるだろ」
健司は、
少しだけ驚いた。
「……ああ。ありがと」
父は健司の横に座った。
二人の間に、
静かな川の音だけが流れた。
気まずい。
でも、嫌じゃない。
鳥は、
二人の様子を見て首をかしげた。
リンクは、
釣り竿の先で光を揺らした。
(けんじ……はなせる……?
すこし……?)
健司は、
竿を握りながら小さく呟いた。
「……父さん、昔さ。
よくここで釣りしてたよな」
父は驚いたように目を丸くした。
「……覚えてたのか」
「まあ……なんとなく」
父は、
少しだけ嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、
健司の胸の奥がじんわりと温かくなった。
川の流れは穏やかで、
夕暮れの光が水面に揺れていた。
健司と父は、
並んで座っていた。
会話は少ない。
でも、
その沈黙はいつもより少しだけ柔らかかった。
そのとき──
リンクが釣り竿の先で、
ふわりと光を揺らした。
(けんじ……もういっぴき……
つれる……かも……!
たぶん……!)
リンクは、
竿の先をちょん、とつついた。
すると、
川辺の鳥がその光に反応して飛び立った。
バサッ。
鳥が水面すれすれを飛ぶと、
魚が驚いて跳ねた。
ピシャッ!
その振動が釣り糸に伝わり──
ピクッ。
「……また来た?」
健司は竿を引いた。
魚が釣れた。
「おお……二匹目か」
父が驚いたように笑った。
健司は照れくさそうに肩をすくめた。
「……まあ、運が良かっただけだよ」
リンクは、
釣り竿の先で小さくガッツポーズをした。
(やった……!
けんじ……わらった……!
もっと……!)
リンクはさらに頑張った。
竿の先をちょんちょんと揺らし、
鳥に向かって光を飛ばす。
鳥はその光を追いかけて、
川面を何度もかすめた。
バシャッ!
ピシャッ!
魚が次々と跳ねる。
ピクッ。
ピクッ。
「……え、また?」
健司が竿を引くと──
三匹目が釣れた。
父は思わず吹き出した。
「お前、今日どうしたんだ。
プロか?」
健司も笑った。
「知らねぇよ……俺だってビビってるわ」
リンクは、
竿の先でくるくる回っていた。
(けんじ……すごい……!
もっと……つれる……!
たぶん……!)
鳥はリンクの光に夢中で、
川面を何度も飛び回る。
そのたびに魚が跳ね、
釣り糸が揺れた。
ピクッ。
「……四匹目……?」
健司は笑いながら竿を引いた。
父は呆れたように、
でも嬉しそうに笑った。
「……こんなに釣れたの、久しぶりだな」
健司は、
父の横顔をちらりと見た。
(父さん……こんな顔するんだ)
胸の奥が、
じんわりと温かくなった。
夕暮れが深まり、
川辺が少しずつ暗くなっていく。
健司は釣れた魚をバケツに入れながら言った。
「……父さん。
今日の魚、母さん喜ぶかな」
父は少し驚いたように目を丸くした。
「……ああ。
きっと喜ぶよ」
健司は照れくさそうに笑った。
「……じゃあ、帰るか」
父は頷き、
二人で立ち上がった。
その背中を、
鳥が静かに見送っていた。
リンクは、
釣り竿の先で小さく光を揺らした。
(けんじ……
はなせた……
よかった……)
リンクの体が、
ゆっくりと光に溶けていく。
鳥はその光に気づき、
小さく鳴いた。
(ありがとう……)
リンクは微笑み、
光の粒となって川風に乗っていった。
健司と父は、
並んで家へ帰っていく。
その距離は、
ほんの少しだけ、
昨日より近かった。
お読み頂きありがとうございました。




