第16話 「眠れない夜」
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
夜のアパートは、
静かすぎるほど静かだった。
伊藤あい、八歳。
布団の中で、ぎゅっと目を閉じていた。
「……おかあさん、まだかな」
母は夜勤の仕事。
帰ってくるのは深夜を過ぎてから。
あいちゃんは、
その時間が一番苦手だった。
晩御飯は一人で食べる。
片付けも一人でやる。
お風呂に入って、
髪を乾かして、
布団に入る。
全部ひとり。
(さみしい……)
そんな気持ちを、
いつもそばで支えてくれる存在がいた。
白い毛並みの小さな犬、モモ。
「モモ……」
あいちゃんが呼ぶと、
モモはすぐに布団に飛び乗り、
あいちゃんの胸の上に丸くなった。
その温かさに、
あいちゃんは少しだけ安心した。
でも──
今日はなぜか眠れなかった。
いつも「三人で」寝ていた。
でも、今は、モモと二人。。寂しい
胸の奥がざわざわして、
涙がにじんでくる。
「……おかあさん、はやく帰ってきて……」
モモは、
あいちゃんの不安を感じ取っていた。
(あい……さみしい……
そばにいる……)
モモはあいちゃんの頬を舐め、
小さく鼻を鳴らした。
そのときだった。
部屋の隅に置かれた、
古いぬいぐるみがふわりと光った。
「……?」
あいちゃんは気づかない。
涙で視界がぼやけていた。
しかしモモは──
その光に反応して耳を立てた。
ぬいぐるみの光は小さく震え、
丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、
ぬいぐるみに宿ったのだ。
(……あ。ひかり……
このこ……こわい……
“ひとりのよる”……
ぼく……てつだう……!)
リンクは、
モモにだけ見えていた。
モモは驚いたように目を丸くしたが、
すぐに尻尾を振って近づいた。
(てつだう……?)
リンクは小さく頷き、
ぬいぐるみの腕をふわりと動かした。
ぬいぐるみが、
まるで“おいで”と言うように
あいちゃんの方へ倒れた。
「……あれ?」
あいちゃんは涙を拭き、
ぬいぐるみを抱きしめた。
その瞬間、
モモがあいちゃんの胸の上に乗り、
ぬいぐるみの横に寄り添った。
(あい……だいじょうぶ……
ここにいる……)
リンクは、
ぬいぐるみの中で小さく光を揺らした。
(あい……ねむれる……?
すこし……あったかい……)
あいちゃんは、
モモとぬいぐるみを抱きしめながら
小さく息をついた。
「……モモ……ぬいぐるみさん……
ありがとう……」
モモと、ぬいぐるみと、私の三人。
胸の奥のざわざわが、
少しだけ静かになった。
あいちゃんは、
モモの体温を感じながら横になった。
「……モモ、ずっとそばにいてくれるの?」
モモは喉を鳴らし、
あいちゃんの手に頭をこすりつけた。
(いる……
ずっと……)
リンクは、
その横で光を揺らしながら、
ぬいぐるみの腕をそっと動かした。
まるで、
あいちゃんの背中を撫でるように。
「……あったかい……」
あいちゃんは、
涙の跡を残したまま微笑んだ。
(あい……すこし……ねむい……?
よかった……)
リンクは、
ぬいぐるみの中で小さく跳ねた。
モモは、
あいちゃんの胸の上で丸くなり、
ゆっくりと呼吸を整えた。
そのリズムが、
あいちゃんの心を落ち着かせていく。
「……モモ……
おかあさん、帰ってくるまで……
いっしょにいてね……」
モモは小さく「くぅん」と鳴いた。
(いる……
あい……ねむっていい……
こわくない……)
リンクは、
ぬいぐるみの中で光を広げた。
その光は、
あいちゃんには見えない。
でも、
確かに彼女の心に触れていた。
あいちゃんのまぶたが、
ゆっくりと閉じていく。
「……おやすみ……モモ……」
モモはあいちゃんの頬に鼻を寄せ、
静かに寄り添った。
リンクは、
その光景を見て胸をいっぱいにしていた。
(あい……ねむれた……
よかった……
もう……だいじょうぶ……)
リンクの体が、
ゆっくりと光に溶けていく。
モモはその光に気づき、
小さく尻尾を振った。
(ありがとう……)
リンクは微笑み、
光の粒となって部屋の隅へ漂っていった。
あいちゃんは、
モモの温もりに包まれながら
静かに眠りについた。
その寝顔は、
ほんの少しだけ、
昨日より安心していた。
お読み頂きありがとうございました。




