第14話 「ひとりじゃない夜」
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
夜勤明けの朝。
アパートの玄関を開けると、
三浦ゆかりはそのまま壁にもたれかかった。
「……つかれた……」
夜勤が続き、
心も体も限界に近かった。
患者さんの急変。
同僚の退職。
人手不足。
終わらない業務。
「私、ちゃんとできてるのかな……」
そんな不安が、
胸の奥にずっと居座っていた。
靴を脱ぐと、
足元にふわりと柔らかいものが触れた。
「ミル……ただいま」
白い毛並みの猫、ミルが
ゆかりの足にすり寄ってくる。
ミルだけが、
ゆかりの心の疲れを察してくれる存在だった。
シャワーを浴び、
ソファに倒れ込むように座る。
ミルは、
ゆかりの膝の上に乗って丸くなった。
「……ミルはいいなぁ。
悩みなんてなさそうで」
ミルは小さく喉を鳴らした。
そのときだった。
部屋の隅に置いてあった猫じゃらしが、
ふわりと光った。
「……え?」
ゆかりは気づかない。
疲れすぎて、視界がぼんやりしていた。
しかしミルは──
その光に反応して、耳をぴんと立てた。
猫じゃらしの光は小さく震え、
丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、
猫じゃらしに宿ったのだ。
(……あ。ひかり……
このひと……つかれてる……
“ひとりでがんばってる”……
ぼく……てつだう……!)
リンクは、
ミルにだけ見えていた。
ミルは驚いたように目を丸くしたが、
すぐに尻尾を立てて近づいた。
(あそぶ……?)
リンクは小さく頷き、
猫じゃらしの先端をふわりと揺らした。
ミルは反射的に飛びついた。
「……ミル?」
ゆかりは、
ミルが突然はしゃぎ出したことに驚いた。
猫じゃらしは、
誰も触っていないのに勝手に動いている。
ゆかりは疲れすぎて、
それを“気のせい”だと思った。
ミルはリンクの光を追いかけ、
部屋中を走り回った。
(ミル……こっち……!
ゆかり……わらう……?
たぶん……!)
リンクは、
ゆかりを元気づけようと必死だった。
ミルがソファに飛び乗り、
ゆかりの胸の上にどすんと乗った。
「わっ……ミル、重いよ……」
ゆかりは思わず笑った。
(わらった……!
ゆかり……わらった……!)
リンクは嬉しくて、
猫じゃらしの先端をぴょんぴょん跳ねさせた。
ミルはそれを追いかけ、
ゆかりの膝の上で転がった。
ゆかりは、
その姿を見てふっと息をついた。
「……ミル、ありがとね」
ミルは喉を鳴らし、
ゆかりの手に頭をこすりつけた。
リンクは、
その光景を見て胸をいっぱいにしていた。
(ゆかり……すこし……げんき……
よかった……)
夕方になり、
ゆかりはようやく少し眠れた。
目を覚ますと、
ミルが胸の上で丸くなっていた。
「……ミル、ずっとそばにいてくれたの?」
ミルは小さく喉を鳴らした。
その横で、
猫じゃらしがふわりと揺れた。
ゆかりは気づかない。
でもミルには──
リンクがそこにいるのがはっきり見えていた。
リンクは、
ゆかりの顔を覗き込みながら、
小さく光を震わせた。
(ゆかり……まだ……つかれてる……
でも……すこし……あったかい……)
ミルはリンクの光に反応して、
ゆかりの頬をそっと舐めた。
「……ミル?」
ゆかりは驚いたが、
その温かさに胸がじんわりとした。
「……ありがと。
なんか、ちょっと元気出たかも」
リンクは嬉しくて、
猫じゃらしの先端をぴょんと跳ねさせた。
ミルはすぐに飛びつき、
ゆかりの膝の上で転がった。
「ふふ……ミル、そんなに遊びたいの?」
ゆかりは、
久しぶりに声を出して笑った。
(わらった……!
ゆかり……わらった……!
よかった……!)
リンクは、
その笑顔を見て胸をいっぱいにしていた。
夜。
ゆかりはベッドに横になり、
ミルが足元に丸くなった。
「……ミル。
私、最近ずっとしんどかったんだ」
ミルは耳をぴくりと動かした。
「仕事で失敗ばっかりで……
自分がダメなんじゃないかって思ってた」
ミルはゆっくりと近づき、
ゆかりの胸の上に乗った。
(だいじょうぶ……
ゆかり……だいじょうぶ……)
リンクは、
ミルの横で小さく光を揺らした。
ミルはその光に鼻を寄せ、
ゆかりの頬に頭をこすりつけた。
「……ミル。
私、ひとりじゃないんだね」
ゆかりの声は、
少しだけ震えていた。
(ひとりじゃない……
ミル……いる……
ぼく……も……いる……)
リンクは、
ゆかりの胸の上でそっと光を広げた。
ゆかりには見えない。
でも、
その光は確かに彼女の心に触れていた。
ゆかりは、
ミルの体温を感じながら目を閉じた。
「……明日も、なんとかやってみるよ」
ミルは喉を鳴らし、
ゆかりの胸の上で丸くなった。
リンクは、
その姿を見て満足そうに頷いた。
(ゆかり……もう……だいじょうぶ……
こころ……すこし……あったかい……
ぼく……うれしい……)
リンクの体が、
ゆっくりと光に溶けていく。
ミルはその光に気づき、
小さく鳴いた。
(ありがとう……)
リンクは微笑み、
光の粒となって部屋の隅へ漂っていった。
ゆかりは、
ミルの温もりに包まれながら眠りについた。
その寝顔は、
ほんの少しだけ、
昨日より穏やかだった。
お読み頂きありがとうございました。




