第13話 「帰りたい場所」
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
土曜日の朝。
青空の下、車の窓から風が吹き込み、
木下あかりは胸を弾ませていた。
「ベル、もうすぐだよ!」
後部座席で、愛犬のベルが尻尾をぶんぶん振っている。
今日は家族で初めてのキャンプ。
自宅から50kmほど離れた郊外のキャンプ場。
あかりは数日前からずっと楽しみにしていた。
川で遊び、
焚き火で暖まり、
母と一緒にカレーを作り、
ベルと走り回った。
「今日、ずっと楽しかったね、ベル!」
ベルは嬉しそうに吠えた。
日曜日の昼過ぎ。
帰り支度をしていたときだった。
「……ベル?」
あかりは周囲を見回した。
テントの裏にもいない。
川辺にもいない。
呼んでも返事がない。
「ベル! ベルー!!」
あかりの声が、
静かな森に吸い込まれていく。
父と母、
キャンプ場の管理人さんも加わり、
みんなで探した。
夕方まで探した。
でも──見つからなかった。
「……ベル……」
あかりは泣き続けた。
両親は仕事があるため、
管理人さんに「もし戻ってきたら保護してほしい」とお願いし、
帰らざるを得なかった。
帰りの車の中で、
あかりはずっと泣いていた。
「週末になったら、また探しに来ようね。」
母の言葉に、
あかりは涙を拭きながら頷いた。
その頃──
ベルは山の奥にいた。
昨夜、
キャンプ場に熊が近づいてきたのを、
ベルはいち早く察知した。
(あぶない……!
あかり……まもる……!)
ベルは吠えながら熊を追い立て、
山の奥へ奥へと誘導した。
熊が去ったあと、
ベルがキャンプ場に戻ったのは日曜日の夜。
しかし──
大好きなあかりの姿は、もうなかった。
(あかり……?
どこ……?)
ベルは鼻を地面につけ、
あかりの匂いを探した。
そのときだった。
ベルの首輪が、
ふわりと光った。
光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、
ベルの首輪に宿ったのだ。
(……あ。ひかり……
このこ……さがしてる……
“たいせつなひと”……
ぼく……てつだう……!)
リンクは、
ベルにだけ見えていた。
ベルは驚いたように尻尾を下げたが、
すぐに光に鼻を近づけた。
(あかり……いっしょ……いく……?)
リンクは小さく頷いた。
(いく……!
いっしょ……!
かえる……!)
ベルは吠え、
リンクの光を追って走り出した。
あかりの匂いを頼りに──
家まで50kmの冒険が始まった。
山道を抜け、
舗装された道路に出た時、雨が降り始め、
ベルは近くのバス停の小屋で雨宿りをする。
強く雨が降り続き、ようやく雨が止んだ時、
あかりの匂いが消えていた。
(どうしよう……匂いが判らない……)
ベルが途方に暮れていると、
リンクの光が目の前でふわふわ揺れ、
まるで「こっちだよ」と導いているようだった。
(あかり……まってる……
いく……!)
ベルは力を振り絞って走った。
リンクは、
ベルの足元に落ちていた枝を光らせたり、
道の分かれ目で光を強くしたり、
ズレた励ましを続けた。
(こっち……?
たぶん……!
いってみよ……!)
ベルは首をかしげながらも、
光を信じて進んだ。
夜の街灯が、
二つの小さな影を照らしていた。
ベルは、夜の街道を走り続けていた。
舗装された道路は冷たく、
足は痛み、
息は荒くなっていた。
(あかり……どこ……?
かえる……かえる……!)
リンクは、
ベルの少し前でふわふわと光りながら進んでいた。
(ベル……がんばれ……
こっち……たぶん……!
いってみよ……!)
“たぶん”という言葉に、
ベルは首をかしげたが、
それでも光を追いかけた。
ベルには、
リンクの光が“あかりの匂い”のように感じられた。
翌週の土曜日。
あかりは、両親と一緒に再びキャンプ場へ向かっていた。
「ベル……絶対に見つけるからね……」
あかりは、
車の窓に額を押し当てながら呟いた。
父も母も、
心配そうにあかりを見つめていた。
「管理人さんが、毎日見回りしてくれてるって言ってたよ」
「きっと、あかりの事を待ってるよ」
その言葉に、
あかりは小さく頷いた。
その頃、ベルは──
あかりの家の近くまで辿り着いていた。
りんくの「たぶん」で、果てしなく、遠回りをして、ようやく、あかりの家に。
(あかり……におい……する……!)
リンクは嬉しそうに光を強めた。
(ベル……すごい……!
もうすぐ……!
たぶん……!)
ベルは尻尾を振り、
さらに走った。
しかし──
家に着いたとき、
あかりの姿はなかった。
(……いない……?
あかり……?)
ベルは家の周りをぐるぐる回った。
リンクは、
ベルの不安を感じ取っていた。
(あかり……いない……
でも……におい……のこってる……
まってる……)
ベルは鼻を地面につけ、
あかりの匂いを追った。
その匂いは──
キャンプ場の方向へ向かっていた。はっきりと。
(あかり……キャンプ……!
いく……!)
ベルは方向を変え、
再び走り出した。
リンクは慌ててついていく。
(ベル……はやい……!
まって……!)
キャンプ場に着いたあかりは、
管理人さんに挨拶をした。
「ベル、戻ってきてませんか……?」
管理人さんは首を振った。
「ごめんね、あかりちゃん。
でも、きっと帰ってくるよ。
あの子、賢いからね」
あかりは唇を噛んだ。
「……ベル……」
「もう少し、ベルを探してみようか」
母親に諭され、ベルを探し始める。
先週、ベルと遊んだ川、一緒に寝たバンガロー
一生懸命に探したけど、やっぱりベルは居ない。
昼を過ぎ、太陽が西の空に傾き始めた
そのときだった。
遠くの林の方から、
小さな足音が聞こえた。
カサッ……カササッ……
あかりは顔を上げた。
「……え?」
林の影から、
一匹の犬が走ってきた。
泥だらけで、
足を引きずりながら、
でも必死に走ってくる。
「ベル……?」
あかりの声が震えた。
ベルは、
あかりの姿を見つけた瞬間──
(あかり……!!)
全力で駆け出した。
「ベル!!」
あかりも走り出した。
二つの影が、
夕暮れのキャンプ場で近づいていく。
ベルはあかりに飛びつき、
あかりはベルを抱きしめた。
「ベル……!
ベル……!!
よかった……!!」
ベルは尻尾を振りながら、
あかりの頬を舐め続けた。
(あかり……!
あかり……!
ただいま……!)
リンクは、
その光景を見て胸をいっぱいにしていた。
(よかった……
ベル……あかり……
かえれた……!)
リンクの体が、
ゆっくりと光に溶けていく。
ベルは、
その光に気づいて鼻を近づけた。
(ベル……もう……だいじょうぶ……
あかり……いる……
ぼく……つぎ……いく……)
ベルは小さく吠えた。
(ありがとう……)
リンクは嬉しそうに微笑み、
光の粒となって空へ舞い上がった。
あかりは、
ベルを抱きしめたまま空を見上げた。
「……ベル、帰ってきてくれてありがとう」
ベルはあかりに寄り添い、
静かに尻尾を振った。
その横で、
小さな光がふわりと消えていった。
お読み頂きありがとうございました。




