第11話 「小さな幸せの見つけ方」
お立ち寄り頂き、ありがとうございます。
夜のコンビニの明かりが、
薄暗い住宅街の道をぼんやり照らしていた。
木下和樹、三十歳。
今日もバイト帰りの足取りは重い。
「……はぁ。今月もギリギリか」
レジ横で買った半額のパンを片手に、
和樹はため息をついた。
大学を卒業してから、
就職活動に失敗し続け、
気づけばアルバイトを掛け持ちする生活になっていた。
実家は裕福じゃない。
学費も下宿代も、親が無理をしてくれた。
だからこそ──
「失敗しちゃいけない」と思い込み、
その重圧に押しつぶされていた。
―……俺、何やってんだろ
気が付けば、
友人たちは家庭を持ち、
子どもを育て、
幸せそうに暮らしている。
SNSを開けば、
笑顔の写真が並ぶ。
―俺には……何もない
胸の奥が、じんわりと痛んだ。
アパートに帰り、
古びた財布を取り出す。
学生時代から使っている、
擦り切れた二つ折りの財布。
「……小銭、これだけか」
中には、
百円玉が数枚と、
くしゃくしゃのレシートが何枚か。
そのときだった。
財布の中が、ふわりと光った。
「……え?」
光は小さく震え、丸い輪郭をつくり、
やがて小さな妖精の姿になった。
精霊リンクが、
古い財布に宿ったのだ。
(……あ。ひかり……
このひと……かなしい……
“なにもない”……って……
ぼく……てつだう……!)
リンクは幼い決意を胸に、
財布の中へすっと溶け込んだ。
次の日の朝。
和樹は財布を開いて、目を疑った。
「……なんだこれ」
小銭が、
きれいに円形に並べられていた。
まるで、
“にこっ”と笑っているように。
「……気味悪っ」
和樹は眉をひそめた。
(わらって……
かずき……げんき……でる……?)
リンクは必死だった。
さらに、
くしゃくしゃだったレシートが、
いつの間にか折りたたまれ、
“がんばれ”の形に見える。
「……誰がこんなこと……」
(ぼく……!
かずき……がんばれ……!)
もちろん、和樹には聞こえない。
その日、バイトの休憩中。
和樹は財布を開いた。
小銭が、
今度は“ハート”の形に並んでいた。
「……おいおい」
思わず笑ってしまった。
(わらった……!
かずき……わらった……!)
リンクは嬉しくて、
財布の中でくるくる回っていた。
和樹は、
ふとレシートを手に取った。
そこには、
昨日買った半額パンのレシート。
―……あ、これ。
――店員さん、いつも優しいんだよな
思い返すと、
「お疲れさまです」と笑ってくれた顔が浮かぶ。
(やさしい……
ある……
かずき……のまわり……)
リンクの声が、
胸の奥にそっと触れた気がした。
帰り道。
和樹は、
財布の中の小銭を見つめながら歩いた。
「……俺、何もないって思ってたけど」
小さなことが、
少しずつ思い出されていく。
――自分に微笑んでくれる人達の顔――
「……あるじゃん。
俺にも、ちゃんと」
胸の奥が、
ほんの少しだけ温かくなった。
(ある……!
かずき……ある……!
いっぱい……!)
リンクは、
財布の中で小さく跳ねていた。
夜のアパートに戻ると、
和樹はいつものように、
テーブルの上に財布を置いた。
古びた二つ折りの財布。
学生時代からずっと使ってきた相棒。
「……もうボロボロだな」
そう呟きながら開くと、
中の小銭が、また別の形に並んでいた。
今度は──
“ありがとう”の文字に見える。
「……ははっ」
思わず笑ってしまった。
(かずき……わらった……!
よかった……!)
リンクは、財布の中で小さく跳ねていた。
和樹は、
その小銭をそっと指でなぞった。
「……俺、最近ずっとイライラしてたな」
節約生活。
将来への不安。
友人たちとの比較。
自分への失望。
全部が重なって、
心が荒れていた。
でも──
小銭の並びを見ていると、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
「……俺にも、あるんだよな。
小さいけど、ちゃんと」
・バイト先の店長がくれたまかない
・常連のおばあちゃんの「ありがとう」
・ゲーム仲間から届いた「またやろうぜ」のメッセージ
・実家から届いた、母の手書きの手紙
・そして、今日笑えたこと
「……悪くないじゃん、俺の人生」
その言葉は、
自分でも驚くほど自然に出てきた。
(かずき……すごい……
きづいた……!
よかった……!)
リンクは、
財布の中で嬉しさを抑えきれずにくるくる回っていた。
翌朝。
和樹は、いつものように財布を開いた。
小銭は、
今度は“にこっ”と笑っているように並んでいた。
「……お前、ほんとに何者なんだよ」
そう言いながらも、
和樹の声はどこか優しかった。
(かずき……もう……だいじょうぶ……
こころ……すこし……あったかい……
ぼく……うれしい……)
リンクの体が、
ゆっくりと光に溶けていく。
和樹は気づかないまま、
財布を閉じてポケットにしまった。
(かずき……がんばれ……
ちいさな……しあわせ……
いっぱい……ある……
ぼく……つぎ……いく……)
光は財布からふわりと抜け出し、
朝の光の中へと漂っていった。
和樹は、
アパートの階段を降りながら、
ふと空を見上げた。
「……今日も、なんとかやってみるか」
その声は、
昨日より少しだけ軽かった。
そして、
ポケットの中の古い財布が、
ほんの少しだけ温かく感じられた。
お読み頂きありがとうございました。




