清く可愛く貪欲に? ~イヴの回想・欲しいモノを(1)
――は? どこまで執念深いんだよ。
家宰殿の呼び出しから戻ったサルダーニャにあらましを聞かされた時、まずイヴに浮かんだ感想はそれだった。それじゃ虫ではなくて蛇だろと、イヴは思った。
なのでこの時点で、イヴの察知した懸念は家宰殿とは別のところにあった。
(毒虫に牙があるのかどうかは知らないけど)
ただ致し方なく。イヴは記憶の封を解きに掛かった。今後の対策を考えるための、あくまで予防的措置だ。
(ああ、勿体ない。せっかく美しい真紅の柘榴石を見て目の保養ができたのに)
イヴは胸中が真っ黒に塗りつぶされていく不快さを感知した。
あの毒虫。かつての最低最悪メイド。名前はマリカ。
――あたしは最初から好きじゃなかった。
図らずも、あの直感がドンピシャだったわけだ。
平民の娘で領都の下町育ち。
メイドにはよくある背景だ。そこは特に何とも思ってなかった。
ただ第一印象で「あ、こりゃダメだわ」と直感したのを覚えている。
特に理由はない。あえて言うなら勘、それも同じ人間という種類の同性としての、生物生理的な勘だ。イヴに限らず、こういう女の勘は滅多に外れない。
もっとも、アレが館に上がる前から部外者の男連中は妙にザワついていた。
「春の花祭りの冠娘がメイドに来る!」と噂が広まっていて、無駄に浮き浮きソワソワ。まあおバカな連中がけっこういたわけだ。
むしろイヴやサルダーニャとしては、事前にそうした個人情報が洩れていることの方に危惧を抱いた。イヴ達は侍女頭に近い者程、口が堅い。共に働く予定の者達にさえ、先入観を持つような不必要情報は開示してない。だとすれば、当人が自主的に吹聴したと疑うしかなかったからだ。
もっとも教育係としてのイヴは、極力予断を排除するよう努めた。
もちろん予備知識としての情報は必要だが、実際には使ってみないことにはわからない。別に評判で仕事をするわけではないのだ。あと、よほどでなければイヴには性格も関係なかった。たとえどうしようもなく根性が悪かろうが、仕事さえこなしてくれれば文句はない。
業務上無能な善人よりも、出来る腹黒の方をこそイヴは歓迎する。アンナみたいに気立てが良くて仕事でも有能だなんて、ほとんど奇跡みたいなものだから。
イヴは信条に従い、教えるだけはマリカにも教えた。他の新人達と同じように。
最低限の指導において、イヴはとても公明正大だ。後の成長は本人次第になる。
だが結論として、マリカは予想以上に使えなかった。
いや希望的観測の遥か下だったと言うべきか。
だから平均より読み書きができようが、待遇は向上しなかった。人並よりも見た目が可愛いかろうが、マリカは洗濯メイドから先へは進めなかった。
そうこうする内に、あまり性格自体もよろしくないのがうっすらと見えてきた。つまり、何ら取り柄無し。誠に残念無念な次第である。
やる気なしかよ。
イヴは早々にそう判断した。時々いるのだ。給金が目当てでないのが。館勤めとは名ばかり、至上命題は将来の亭主候補を探すこと。そういう婚活主体の娘達が。
ただイヴはそれが悪いとは思わない。義務さえ果たしてくれれば、全然構わない。要は給金分、働いてくれさえすれば。
しかしマリカはまず、仕事をしない。それに振舞いを見ていると、男を摑まえにというよりも誑かしに来てるんじゃあないかと疑念が湧いた。
何やってんだ? あれがアレの趣味とか? 好き好んであちこち摘まんでは蕩らし捲ってんの?
見てくれなんぞ一瞬で褪せていく。それにあの程度の容色を頼みに世渡りしようだなんて、頭悪過ぎ。あの類の頂点は十代半ばの数年だけだろうに。
婚活目的の娘達はもっと真面目である。彼女達は、仕事ぶりや為人に対する周囲からの評価がそのまま女性としての自分の評定に直結することを知っている。
だから普通に仕事を覚え、務める限りはきちんと働く。同僚達と諍いを起こさないよう言動にも気を付ける。
よってイヴから見るマリカは、ひたすら愚かだった。そして不可解だ。
洗濯の腕すらいつまでも上がらない。白いモノを一日洗わせても、白くならない。その内、鼻の下を長くした若い衆達に洗濯物干しまで手伝わせ始めて、マリカには半年の試用期間を待たずして暇を出すことが決定した。まあ他にも色々やらかしてたし。
せっかくの馘首予定を狂わせたのは先の奥方様である。
パッと見だけは可愛いマリカを専属メイドにしたいと、わけのわからん気まぐれを起こしたのだ。美貌と家柄だけのバカ女が、可愛いだけでは済まなそうな性悪娘に騙され利用される。案の定、目も当てられない結末を招いた。
イヴの眼には、狡猾も高慢も陰湿も腹黒も大差ない。全部同じに映る。
事実、みんな一緒くたに自滅したのだ。




