清く可愛く貪欲に? ~イヴの回想・欲しいモノを(2)
過ぎたことを蒸し返すのが好きでないイヴは、脳内で反芻するのさえ厭である。
だから滅多に過去など振り返らない。殊に毒虫関連は確実に思い出さない方針で成功もしていた。しかし、再び今後の懸案事項に浮上したのだ。致し方なし。
したがって、やむなく毒虫マリカに関しても深堀りしてみる。
イヴの人生には甚だ不要な作業でも、業務遂行上では事例検証は必須だ。
果たしてアレが真性バカだったのか。ズルこいだけのパッパラパーだったのか、それとも根深く悪賢かったんだか。
正直、今でもよくわからない。それでも、ある程度までアレは巧くやれていたはずなのだ。初めの内は館内でも全面的反感までは買ってなかった。直接的関わりの無い一部には、そう不快にも思われてなかった気がする。
たぶん上手に猫を被ってたんだろう。軽く、ほんの千匹くらいは。
故に途中まではそこそこいい線でやれていた。少なくとも「即クビ!」とかにはなってなかったような。
そう。ゼフィネさんの隠居宅へ私的な突撃を始めるまでは。
そいで、なのにまた今回も? 何度おんなじことをやらかす?
学習能力ないんかい? よりにもよってゼフィネさん家へ闖入したりしなければ、そのまま捨て置かれてたろうに。
(――なんでアイツ、こうも前侍女頭に拘るんだろうか?)
ゼフィネさん。アレにはサルダーニャも恐い上司だったかもしれないが、客観的事実としてゼフィネさんはその上を行く超怖い元上司である。実直なサルダーニャはある面、とてもわかりやすい。しかしゼフィネさんはそうはいかない。腹も読めないし、何ならおどろおどろしくさえある。
イヴはわかるものなら恐れない。予測が付くなら、対処のしようがあるだろう。だから怖くはない。しかし、まるでわからなければ手の打ちようがないではないか。ゼフィネさんとはそういう範疇の怪人だ。
アレ――母子家庭だっけか?
マリカは辺境領的にはチョイ珍しい境遇で育っていた。当地にも後家さんはそれなりにいる。だが亭主に先立たれた時点で妊娠出産が望める年齢ならば、だいたいが再婚する。実にムカつく線引きだが、所詮は男余りが著しい所為だ。
「亭主の葬式の翌日には、寡婦に再婚話が舞い込む」
というのは、決して誇張ではなかった。まだ娘が小さいのに再婚せず、母子家庭で通す。西の辺境領では、なかなか稀有な環境に思える。おそらく特殊要因でもあるんだろう。なんかロクでもなさそうなワケアリっぽい。
(それにアレ、絶対に母親との関係に問題あるよな)
問題有りアリ。それも大あり、特大級で。母娘間拗れてるからあんな仕上がりになるのかよ?
――まあ、親を知らないあたしが指摘するのもヘンだけどさ。
『欲しいモノを欲しいと言って、何が悪いの?』
最後、いよいよ暇を出される時には開き直ってたな。
――いや別に。悪くないんだよ。最低限の決まりごとさえ守ってれば。
アレが貪欲だったのは間違いない。まともに思い返すと腹が立つので、悪しき記憶の反芻は、次第にイヴの内部で返答不要の問答になる。
栄誉が欲しかったから、春の冠娘に授けられる花冠を勝ち得たかった。
そうだよね? 成人した未婚女子。条件は満たしてたし。たった十五歳だって立派な有資格だ。慣例的に十六歳以上の娘が多くて、成人直後の十五歳で立候補すると大顰蹙を買うとか。そこは気にしてなくてもいいさ。慣習なんて変わるモノ。
変えていくものでもある。
ふわふわしたピンクブロンドも、晴れた空みたいな色の大きな目も、春の花祭りにピッタリだって褒めてもらえたんだっけ? よかったじゃん。
ただ、大本命の女の子が直前に怪我したのはどうしてだったんだろうね?
材木が倒れて来て全身打撲? ヘタしたら大怪我、悪ければ死んでたって。
うん、証拠はない。だから誰にも責められなかったんでしょ?
そうして、春の冠娘になれたおかげで館に上がれた。
後は、みんなが知ってる通り。
『私がねだったわけじゃあ、ありません!』
はあはあ。ふうん? そうなんだ。
滑り出しは上々だったもんね。うん。順調だったよ。あのくらいまでは、さ。
ホラ、たとえばあの麦わら帽子だよ。洗濯メイドにはげに不似合いな高級品。
つばが広くて大きなリボンが着いてるヤツね。絶対に実用向きじゃあない、こじゃれたあの「お帽子」。まるで良家のお嬢様がお散歩の際にお被りになるみたいな。
いくら陽射しが眩しくてもさあ。あんなのそのお花畑頭にのっけて洗濯物干してたら、そりゃあ目を付けられるでしょ。気付かれないって思ってた?
なんも考えなかった? どこまであたし等を舐めてた?
『だ、だって。たくさんあっても腐るだけだし――』
ああ。軟膏もあったね。冬場は手が荒れてツライ。そう漏らしただけだよね? 色んな相手に。
イアルまでが買いに走るくらいだもん。そりゃあ売るほど溜まって、さぞ処分に困ったんだろう。
可哀想に。イアルなんて自分があげようとしてた軟膏が二束三文で転売されるとか、これっぽちも思ってなかったもん。露程も疑わなかったみたいよ。優しくしてくれるのも、モノねだる――ああ。ねだるじゃあないのか。感覚的には?
仄めかす。そんなカンジ? ともかく。そんなのは自分だけにしてるんだと。
チョロかったよねえ。なんてったって脳筋だ。イアルが最たる例ってわけか。
赤子の手を捻るようなもんでしょ? その他大勢も脳筋かボンボンか、そもそも絶望的にオンナに免疫ないか。そりゃあ容易いよねえ。
――て。あたしが直に何かされたわけじゃないけど。
それでもイヴは百回程は殺意を抱けた。
ブチ回す権利くらいはあると思っている。アレのおかげで、事後処理ではイヴ達がそれはエライ目に遭わされた。ただしそれはアレ単体ではなく、先の奥方様である大公姫の蒔いた種でもある。
なのにこれほど時間が経ってもイヴがメラメラと怒りを新たにできるのは、アレがイヴの近しい人達に仇をなしたからである。アレは危うくアンナに害をなさんとし、イアルを無残に傷付けた。
イアルはまあ――そう深入りもしてないのに、ちょい繊細過ぎやしないか? とツッコミたくなるくらい引き摺りしょぼくれていたが、イヴとしては弟分が不憫だったのだ。これが腹黒イーサンなら痛い目を見ても「ふうん」と一言で済ませたろう。お人よしのエヴァンが陥穽に嵌まってても、こんなに切れなかったと思う。
アホアホのゼノが犯罪奴隷に墜とされようが、地の果てに流刑になろうが、イヴは別に何とも思わない。知ったこっちゃないのだ。ランスに至っては「は? アホか。いくら脳筋でも致命的にアタマとろいだろ」程度にしか感じない。
(あたしの直感は捨てたものじゃない)
イヴは、アレの目的はゼフィネさんなんだろうと確信している。
姫様じゃない。姫様のことを嗅ぎつけて――とは考えられない。そこは安心しといていいと思う。思うのだが、ウチのお館様をブ千切れさせたら、これから大事になるじゃんかと考えると、やっぱりアレをほんの千発くらいはブチ回したくなってくるのだった。




