手始めに(1)
「――うん。大体、わかった。把握した」
ラウルは予想以上に迅速だった。やはり鳩が先で、連絡も円滑に回ったらしい。ものの四半刻程で帰って来た。イアルの想定より遥か上だ。しかも冷静だった。
そして手抜かりもなかった。既に城下で手筈を着けてあったようだ。
戻るなりイアルに仔細を報告させたが、イアルが話し終える頃には収穫祭中は増員編成されている臨時合同巡回警団が、ゼフィネさんの家の近くまで迂回してきた。
さらに驚いたことに、そこにエヴァンが付いて来ていた。そうしてエヴァンだけが代替要員としてそのまま残った。
もう一つ。イアルの予想に反したのは、ラウルがゼノを自警団の方に引き渡したことだった。つまり内々には済まさないという方針の現れだ。イアルは瞬時に理解した。許可なく戻ったゼノは重犯者として、通常の手続きに則って罰せられる。
やはりこの先の展開を理解したのだろうか。
せっかくこんがり日焼けしていたゼノの顔は、すっかり蒼白になっていた。
今度ばかりは、頼みの親兄弟も当てにはならない。親類縁者の嘆願だって効かないだろう。いかな裕福な商家の息子でも、もう後はなかった。
そもそも『領都、および辺境伯領からの追放』を言い渡されている。
その禁を犯してまで、何でのこのこ収穫祭の城下町くんだりまで舞い戻ったのか。
どうして考えなかったのだろう。身バレ即、捕獲対象なのだ。何をせずとも拘束される。こうして有無を言わさず引っ立てられても、文句は言えない。
すべてはゼノが自ら招いた結果だった。
しかし、どこまで間の悪いヤツなのか。反面でイアルは、同情を禁じ得ない。
これがもし街中だったら、なんとかなったかもしれない。
ゼノが直接的には大した悪さをしていないことを、たいていの人間は知っている。たとえ往来でゼノに気付いても、大方は見て見ぬ振りをしたろうし、バッタリ出くわした知り合いがランスとかだったなら、きっと見逃がしてくれたろう。
だが、よりにもよってこの家に来てしまった。
(なんで――わざわざこんなトコに来ちまうんだよ)
大体の想像は付く。またも懲りずに、マリカに利用されたのだ。またしても。
どこまで学習しないのか。誰のせいで連座させられた? 誰に巻き込まれて、割に合わない懲罰まで喰らった?
だがそれこそが、ゼノの運の尽きだった。
お館様の苛烈さを、イアルはよく心得ている。
「誰であろうと、斬れ」――イアルとて幾度も言い付けられているのだ。
この家への侵入者を、お館様が容赦するはずがない。
――せめてもう何年か、西海でおとなしくしといてくれれば。
確かに塩田で働くのはキツイ。だが曲がりなりにも、身柄を引き受けてもらえていた。受け皿があったのは、身内の必死の根回しのおかげである。それを後先考えず、軽率な行動で台無しにしてしまった。
しかも製塩従事はまともな務めだった。重労働なりの対価だって払ってくれるし、地道に働いていれば、そのうち減刑対象にしてもらえたかもしれない。
ゼノの罪状なんてたかが知れていた。
もっとも厳しく追及されたのは情報漏洩だったが、しょせん下っ端のゼノが流せたネタなんてどうせショボかったろうと思う。他のはもっとショボい。問われたのは各種の幇助だ。たぶんに見せしめ目的の追放だったと、イアルだって知っていた。
だからいずれは機会が巡って来たはずなのだ。辺境伯家に何某かの慶事があれば――お館様の婚礼とか、御子の誕生とか――そのうち恩赦が出たかもしれない。
やっとその可能性が出て来た、その矢先だったのに。
この後の始末を、イアルは容易に思い描くことができた。
(――次は、岩塩鉱が待っている)
きっとゼノとは、これが今生の別れになる。
今日のゼノの方を覚えておこうと、イアルは思った。
なまっちろくてヒョロヒョロだったのに、陽に灼けていいカンジに仕上がりつつあったゼノ。咄嗟には誰だかわからなかったくらいだ。別人かよと訝しむ程に丈夫そうで、謎に元気そうで、相変わらず暢気そうだったゼノを。
じきゼノは、ロクに陽も差さない場所へ繋がれる。
辺境領にも岩塩鉱がある。かなりの山奥だ。有事の備えとして、あえて常時稼働させていた。無辜の人間には特に恐い場所ではない。だが罪人は聞いただけで身の毛がよだつような行先だ。おそらくは死罪宣告に等しいのだから。
実質的な終着点、恩赦特赦の対象にならない重罪人ばかりがやられる先だった。
ここに放り込まれたら、もう解放される明日は来ない。
――ぼんぼん育ちのゼノに、耐えられるだろうか。
塩田の比ではないという岩塩鉱の重労役がいかに過酷なのか、イアルにもわからない。
西海でも多少は咎人扱いされてはいたのだろう。しかし人間扱いはしてくれた。枷も鎖もない。域内なら普通に出歩く自由もあったし、きちんと給金だって出た。が、今度は違う。
囚人なのだ。流刑囚ゼノは、いわゆる犯罪奴隷の身分に墜とされる。懲罰で使役される無報酬の使い捨て。苦役に倒れればそれまで。まさしく生きた消耗品となり果てる。
だがそれでも、金鉱送りよりは遥かにマシと思う他なかった。
公国が重罪人に課す、金山の島での強制労働。あれよりかは。あの島では毎日のように人が死ぬと聞いた。あそこに流されたら、とても生きては帰れないと。
どうか生き延びてくれ――イアルには祈るしかなかった。




