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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十五章 日々の終わり

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終わりの始まり 


 白い鳩が飛んで行く。

見上げる空から無事にその姿が消えてしまうと、イアルはゼフィネさんの鋭い視線に頷いた。この際、マリカとマリカに纏わる個人的なアレコレは脇へどけて置く。

 イアルの動きは迅速だった。真っ先に背中に姫君を庇い直す。


「拘束しろっ」


 そして厳しい声でランスに闖入者の捕縛を命じた。

マリカは「え」とたじろいだ。ランスはほんの一瞬だけ当惑した。


 ――あの位置じゃあ、姫様の姿は見えていない。


 だが白い鳩は見たはずだ。あれはか弱くとも軍用の伝書鳩だ。ランスもゼノも、赤い糸を結ぶのは緊急連絡時用だと知っている。故にランスは直ぐに我に返った。万年平のイアルが上位者なわけではない。だが階級に関係なく、この場の指揮権はイアルにあった。ランスはすぐさまその指示に従った。


 「へ……ふ・え……っっ」


 情けない声を出すゼノは、芯から驚愕していた。

何を今更。わかりきっていたはずなのだ。仮にも辺境領から追放された身である。

のん気に舞い戻った時点で、見つかれば一巻の終わりだ。昔馴染みだろうが例外はない。それでもゼノは逃げずに、大人しくされるがままに後ろ手に縛られた。


 「脚も、だ」


 イアルは両脚も縛らせた。二人ともに抵抗する意志がないのを見定めて、イアルはまず姫君には母屋にお戻りいただいた。念のために、イアルの目の届く勝手口の付近にいてもらう。

 そしてゼノの方はそのままランスに担ぎ上げさせて、納屋の中へ放り込ませた。

イアルはさらに外側から施錠もさせた。

 「そこまでやるのか?」 刹那、ランスの目にそんな色が過った。

だがすぐに消えた。自分等末端に反論・質問は許されていない。よって鍵もイアルが回収したが、結局ランスは何も言わなかった。ランスの殊勝な顔付きを確かめてから、イアルは一応にも元の持ち場に戻るよう命じだ。本当はこちらも縛り上げて納屋に転がしておきたいところなのだが、あいにく代替要員がいない。


「ラウル殿にも報告する」


 代わりにイアルはそう言い渡した。ランスはビクンッと身を震わせた。


 ――そうだよ。大ごとなんだ。


 ランスが特にゼノと親しかったのは覚えている。

ランスは、金持ちのドラ息子ゼノを金蔓にしなかった、いいようにタカらなかった数少ない人間の一人だった。

 珍客でも、幼馴染だから油断した。うっかり魔が差した。たぶんそれだけなのだろう。ランスに何か害意があって、加担したのではないとイアルも思う。

 だがランスは二重三重のしくじりをしでかした。

ゼノへの対応もそうだし、何よりこの家に闖入者の乱入を許してしまったのだ。

「猫の小一匹通すな」と厳命されていたはずだ。失態どころではすまなかった。

これは重大な過失にあたる。色んな意味で、気付くのが遅過ぎた。

 

 (逃げる気はなさそうだな……)


 マリカの方は、ゼフィネさんの意外に力強い両腕に抑え込まれたままだった。

ゼフィネさんは長身だから体格差もあるのだが、館で出世をしようと思ったら侍女でも簡単な護身術くらいは習得せねばならないと聞いたことがある。イヴいわく、それも代々の侍女頭の伝統らしい。


 (これじゃあ逃げられないか)


 ゼフィネさんにもゼフィネさんなりに、マリカには思うところがあるはずだ。

だから絶対に逃がしはしない。


 マリカが微動だにしないのを確認してから、イアルは母屋に戻った。

最優先で姫君を部屋までお送りして、それからすぐ木立にも合図の旗を掲げた。

できることは全て、直ちにやっておく。用心に越したことはないのだ。

 鳩はもう着くだろう。鳩舎から騎士団本部、そこからラウルへ連絡が回る。

だから必ずしも鳩の方が早いとは限らない。ラウルとの取り決めに従い、イアルは速やかに行動した。母屋の二階から丹念にロープを手繰って、予めラウルが仕込んでおいた通りに一際高い木に赤い旗を登らせた。


 『緊急事態発生』


 ラウルは城下のどこかで、定期的にこの家の周辺を見ている。

もしくは見える位置にまで行く。だから、必ず駆け戻って来る。ラウルならすぐに戻る。早ければ一刻もしない内に、あのいかつい勇姿を現すことだろう。



 ――しっかりしろ、俺。


 ひと通りの手配が済むと、途端にイアルは頭の中がグルグルし始めた。 


 マリカ。マリカが出現した―― 


 ゼノが舞い戻っていた。

 またマリカが現れた。


 ランスがしくじった。

 再びマリカが姿を現した。


 おそらく何もかもが緊急事態だ。


 だが何故、またもマリカが自分の人生に登場するのか。

いったい何のために? そして今度は何をしようとしている? わからない。

イアルにはまったく予測が付かなかった。色んなことが一緒くたにグチャグチャで、混沌として見える。だから得体の知れぬ懼れだけが沸々と噴き出て来るのだ。


 何かが終わる。確実に終ろうとしている。


 それだけが、イアルにもよくわかった。



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