有能ゆえに、イヴは嵐を予感する(2)
「そう。しかも侍女枠で上げて欲しいのだそうよ。いわゆる『行儀見習い』として預かってくださいと、真顔で戯言ほざいて来たの」
「――は?」
はあ? 何言ってんの?
本気? それかアタマおかしいのか? 正気? 気は確か?
あ、バカか? バカかよ? それも大バカかいっ⁈
(疑問符要らんわ。特大級のクソバカ野郎がっ‼)
それでもイヴは、荒ぶる己をどうにか鎮めようとした。
――いや。あの腹黒は全部わかってほざいてるんだ。
当家の『行儀見習い』は他家とは違う。
のんびり結婚前の花嫁修業とかでは来ていない。だいたいが原則十八歳以上。
普通に嫁入りする年頃で参るのである。
貴族の娘は早婚だから、十八なら子供の一人くらいはいてもおかしくない。
だからモタモタしているといわゆる売り時を過ぎてしまうのに、あえてその年から始める。要は全員が微妙な絶賛適齢期。しかも曲がり角の最中にあるのがイタイ。
ちなみに受け入れの上限もさらに微妙な二十歳まで。
侍女としての技能が著しく不足する以上、契約更新はされなかった。
他人事ながら。お嬢様方には貴重過ぎる最長二年を、無為に費やす破目になる。
『十八歳以上限定? は。姥捨山かよ』
シャールにかかると身もフタもなかった。
いや、言い方。「姥捨て山」って。アンタ、口悪過ぎ。失礼だろ? あの娘等じゃなくて、あたし等に。特にあたしに対して。みんなあたしよか歳下だよ?
辛辣かつ無礼にも程がある例えだが、あながちシャールの的は外れていない。
「捨て」の部分は当たっていると、イヴも思う。
あの娘等は、どうにかして正妻不在の西の辺境伯家で当主殿のお手付きとなり、あわよくば側女愛妾にしてもらえと、念を含めて各家から送り込まれて来ている。
いずれ実家で大事にされる娘になら、しない仕打ちだろう。
で。それを同じようにクソ狸がやろうとしてるのが超胸クソ悪い。
「あんの、クッソ狸……ッ」
思わず漏れ出たココロの叫び。考えただけで業腹。ムカつく。
「イヴ」
だが奥向き統括者としては宜しくない形容だったらしい。コホンとサルダーニャが咳払いで窘めた。
「イヴ。逆上するのは後にして。まだ本題はここからだから」
え。まだ先がありますか? どんな隠し玉をお持ちで?
イヴはちょっとだけ身構えた。
「今からあんたと私は、封印している記憶を呼び覚まさなきゃいけない。ちょっと――思い出したくもない類の人間について」
『春の花祭りの冠娘』を覚えているかと、おもむろに侍女頭は切り出した。
野菜の皮を剥ぐごとく、イヴは記憶の帳を捲っていく。
冠娘。花の冠。花に付く虫。毒の虫。
(ゲッ。あの毒虫――⁈)
突き当り。芯の空洞まで到達した瞬間、イヴは胃液が逆流しそうになった。
「何年か前。メイドをしてた……?」
三年半程も前だ。あの性悪は「花祭りの冠娘」の看板をひっ下げて登場した。
「そう。アレが、そのクソ狸の養女よ」
ドッカーンッ! イヴは架空の破裂音を大音響で聞いた気がした。
「は・あああッ⁈‼⁉」
「……そんな興奮すると血管切れるわよ」
侍女頭は薬草茶をグイとイヴの前に押し出した。
「じゃ、じゃあ――以前、入り込んでたのも」
直近の冠娘だから。アレはそういう触れ込みで来てた。
そもそもそこから金ずく? 計算ずく?
「そこについては、依然わかってない」
サルダーニャの表情は硬い。
『責任者、出て来いっ‼』 当時、イヴはサルダーニャと二人して絶叫したのを思い出した。かつての新参メイド。どういう経路で館に上がれたものだろうか。
現行、館勤めは最も狭き門だ。騎士団なら毎年入団の試しをするし、不定期だが文官も採用募集を行う。だが空きが出たって、侍女メイドは簡単には雇わない。
身元保証人もやかましく詮議していたはずだ。
しかし毒虫女を放逐する際、署名した請け人達は残らず姿を消していた。
(あんなアヤシイ害毒女、誰が採るかあぁ~~~っ‼‼)
「どんだけ……面の皮厚いんですかッ⁈‼」
辺境伯家館を見事に引っ掻き回し、多大な損害をもたらした邪悪な毒虫。
あれが全てヴァルゴの差し金ならば大成功だ。あの毒虫は見事に毒を撒き散らし、多大な功を挙げたことになる。
「どこまで神経図太いんだよッ‼‼」
今、まさにこの瞬間まで。イヴはアレをこざっぱりと忘れ去れていた。
せっかく脳内消去できていたのに。すぐに名前も出て来ない程度には。
「あのマリカをね、」
どうどう、という態でサルダーニャは続けた。
そうだ。マリカ。そういう名だった。ぐふう。思い出したくもなかった。
軽い吐き気すら覚えながら、イヴは嫌々記憶を呼び覚ます。
アレは水色の瞳をしていた。脳筋共がもてはやした『晴れた五月の空の色』
ケッ。クソ狸オヤジと同じかよ。
マジ、気色悪い。
正直、頭に浮かべたくもない。出来うるなら存在すること自体を失念していたい事象だった。
「まさかの――本気、で言ってきてるんですか?」
あの毒虫メイドが何をして館を追われたか。悪辣狸は何もかもをわかって言ってきたのか。
「少なくとも、狸親父の方は本気を見せようとのこのこ来たんでしょうよ」
サルダーニャの顔が歪んだ。薬草茶までがとびきり苦かった。
前々から誰それを使ってくれと言う話はチョコチョコ出してきていたそうだ。
頼みもしない紹介状を持って訪ねて来た人間もいる。当然、毎回却下されていた。
だが、具体的に「我が娘を是非!」と売り込んできたのは初めてらしかった。
「では何もかも経緯を承知の上で、あえてアレをまた館に上げたいと?」
薦める神経も疑うが、当人も来る気でいるなら狂気の沙汰だ。
馘首になった前の奉公先にあえて舞い戻りたがる人間が、どこの世界にいるのか。
(はあッ……⁈ いったい、ここをどこだと‼?)
イヴは西の辺境伯家始まって以来の逸材と言われる敏腕メイドである。
そう評されるにはそれなりの理由があり、相応の前置きも付く。
歯に衣着せぬ弁舌はイヴの真骨頂だが、黙るべき場は心得ていた。それにいかに過激な感想を抱いたとて、口に出していいかどうかは常に考えている。常ならば。
「脳ミソにウジ湧いてんのかあああッッ!⁈」
サルダーニャがこの場所を選んだのは正しかった。
あまりの衝撃に、いかな出来るメイドでも再び叫ばずにはおれなかったからだ。
「あんのクッソ狸があああッッ!‼!」
サルダーニャは静かに返した。
「そのクソ狸、直接お館様に談判におよびやがったのよ。家宰殿や私等の頭ごなしに」
談判? 違う。ゴネたのだ。決まっている。
舐めてんのかっ。ゴネ得が通るとか思ってんのかっっ。
「――こちらの反応を見ているのかもしれないわ」
「厚かましい‼」
今度こそ、イヴは吐き捨てた。




