今宵の肴はほろ苦チューロ (1)
「ツラに似合わねえ艶福家で子だくさん。あちこちに棄てた女と認知してないガキがゴロゴロいる。まあ恨まれるわな」
ヴァルゴは領民間での人気も最低最悪である。
殊に一般女性達からは「女の敵」だと、蛇蝎の如く嫌忌されていた。
お館様とは実に対照的だ。引き合いに出すこと自体、失礼この上ないのだが。
『構うな。放っておいてもその内、誰かに刺される』
捨て置け。お館様と家宰殿はそういう方針らしかったが、どうにもこうにも目に余る。全然弁えやがらない。未だに、裏ではお館様のことを「棚ぼたで運よく辺境伯家の家督を継げた」「打ち捨てられていた庶子」だなんて言い触らしてやがる。
あの腹黒には思い出すだけでムカムカ、げんなり、辟易だった。
クソ狸め。いっそそこに直らせて、イヴにでも懇々と説教させたいくらいである。
「そうムキになるなって。とんだ与太話だ。誰も相手にしてねえよ」
おっさん、吞気すぎんだよとイアルは思う。
ラウルに限らない。家宰殿もだ。お館様だって。
「狸には娘だって何人もいるんだろ? それこそいい証拠じゃあねえか。よもや辺境伯家の血筋でそれはねえって」
エルンストには女児は生まれない。
それは広く周知されていて、今ではまるで家の定義みたいに認識されている。
アル湖の乙女の末裔、永遠の繁栄を約束された旧家なのに、長年、再来たる娘が誕生しない一族。一部敵対的な向きでは、あれは神罰か呪いの類だと口さがなく言われるようだ。
「でも――」
イアルは知っている。たかが噂だとて侮れない。
先の奥方様のことにしても、凄まじいまでに尾鰭が付いた。
それにたとえ荒唐無稽な法螺であっても、声高に言い張り続ければいつしかそちらが通説として根付いてしまうのだ。謝りは正解に、嘘が真実として固定化される。大公正妃を蹴ってのけたという侯爵令嬢の例だってあるではないか。
「言ったもん勝ち、にゃあしとかねえよ」
ただ、なあ。ラウルは口許を曲げた。
「本来、表に出るべきじゃねえヤツが出て来るとロクなことにならねえからな」
「――狸、すか?」
「ああ」
ラウルは、苦いモノでも噛み締めるようにチューロを咀嚼した。
「陰で――裏で悪さする分には、実はそうそう災難は撒き散らさねえもんなんだ」
いや。何処でやろうが悪さは悪さだろ?
見えなきゃいいってもんじゃないぞと、若いイアルは反論したくなる。
「陽の目を見ないはずのモンが表舞台に登場したって、花が咲くはずがねえ」
だがラウルは含蓄のある迷言を吐いた。
「根腐れの花、ってな」
またイアルが聞いたことのない言い回しが出て来た。
ラウルって、実はアタマよかったのか? 十把ひとからげの脳筋じゃあなくて?
「日陰の草ってのはな。たとえ陽の下に移してたんと水をやったところで、所詮は根っこから腐って枯れてくんだよ」
ラウルは何が言いたいのだろう。この話は何処へ行く?
「分相応。誰でも何でも、置かれるべき場所ってモンがある。力ずく金ずくで抜け出ようと、どうにもならねえよ」
シグルとは真逆だろ? ラウルがここでまさかのお館様を例に出してきたので、そりゃ超々無礼だろうと、イアルはムッとした。
「アイツはな。別にエルンストの家督を欲しがったわけじゃない。仕方ねえから、引き受けたまでだ」
確かに――もう他に誰もいなかった。
それにイアルが思うに、なり手があったとも考え難い。あくまで私見だが、あんな状態の家と領を、好き好んで継ぎたがるものだろうか。
「皮肉だよな。一方で、他人のモンを奪っても脚光を浴びたいヤツがいる。
んで、陽なんざ当たらんでもいいと思ってるのに、否応なしに当たっちまう人間が存在する。シグルがまさにそうだな。望まなくとも、強烈に太陽に灼かれちまう。俺等と渡りの傭兵やってたのが、今や西の辺境伯。当主で領主。お館様、だぜ」
お館様が当主になられたのは偶然でも棚ぼたでもなかった。
なるべくしてなられたのだ。泥沼のような跡目騒動を収束できたのも、荒廃した辺境領を復興させたのも、ひとえにお館様の力量だ。
だからこそ、西の辺境領はお館様を主と仰いでいるのだ。
望んだわけでなくとも、気付けば灼熱の陽光に晒されているお館様。
降り注ぐ強烈な光。同じだけ濃くなるだろう影。きっと光が眩しい分、できる影はくっきりと深くなる。栄誉も賞賛もお館様のものならば、悪名と怨嗟もまた当然のようにお館様に帰趨する。選ばずともそういう生き方になる。光と闇は、表裏一体なのだから。
ラウルの言わんとすることろは、なんとなくわかる気がした。
「おかげで俺等――イザークも俺も、しょうことなしに付き合う破目になったけどよ」
イザークとは騎士団長の名だ。ラウルとともに最初からお館様の腹心だったが、はじめから騎士団の幹部ではなかった。長いこと文句も言わずに、実質的騎士団長を縁の下の力持ちみたいにやっていた。それでごく自然に、途中からは騎士団長になっていた。
「お互い、柄にもねえことやってけどよ。キッチリやれちまうだけイザークはエライよなあ」
ラウルだって。キッチリしっかり副団長を務めていたのだ。
お館様に騎士団長、そしてラウル。あんなことさえなければ、今もエルンストの軍事部門はこの三頭体制だったはずである。
「ああ? 俺か? 俺はいいんだよ。俺は。現状で特に不満はない」
「―――……」
一連の騒動で、ラウルは一人泥を被った。
人殺しだと罵られようが、護衛騎士謀殺の汚名を着せられようが揺るがなかった。
ラウルはある意味潔く、とても男らしい――のかも、しれない。




