招かれざる珍客達
――ヘタ、か。
確かにどうしようもないヘタだ。
いったい全部で幾つのヘタになるのか。とても二つ三つではすんでない気がする。イアルは思った。何重のヘタなんだよ。十重二十重か?
「せめて生き残った女が再婚でもしてくれてたらな。再び人妻の身になってりゃ、新規の亭主を憚っておいおい世間も忘れたろうによ」
ラウルはぼやいたが、さすがにそれはぬるいとイアルでも思う。
無理だろう。女――先の奥方様、大公姫にはもう再縁先は見つからないだろう。
あまりにも大々的に事が知れ渡ってしまった。緘口令を敷く間もなかったのだ。
恋の噂としてはたった二回目。だが後の方は、同じ相手との不義密通だ。
艶聞では済まず、目を覆い耳を塞ぎたくなるような醜聞になってしまった。
女性には致命的な傷。身柄を引き受けてくれる男、お館様のような剛毅な男など、もう出て来はすまい。
「だが、そっちはもういいんだよ」
それよりか、だ。ラウルは珍妙なことを言い出した。
「ここを離れることを、俺はまだ姫さんに伝えていない」
え。そこ? 超どうでもいいすけど。
「やはり、姫さんにちゃんと声を掛けてから行くべきかどうか。今現在、俺はそれで迷ってる」
いや、どうでもよすぎません?
ハナクソみたいなことで悩んでんな。刺客はへとも思わないのに、そこは気になるのかよ。剛胆なのか繊細なのか。イアルにはまるでラウルがわからない。
「あと――出たついでに、可哀想な護衛の方の様子も確かめとくか、とか思うんだよな」
「姫様に付いてたヤツ……ですか?」
「ああ」
ラウルは頬を掻いた。姫君が護衛騎士の現況を気にしていたのは皆知っている。
「どうやらヤツも、西海へ行くみたいでよ」
「え。あそこへ遣られる、んすか……?」
「いや。志願したらしいぜ」
「は?」
傷が癒えた護衛騎士は――元護衛騎士だが、物好きにも何か労働をさせてくれと宣うたらしい。姫君への贖罪。守り切れなかった責も負いたい。そういう行いを。
どの道、ヤツも何処へも返せない。辺境領内か目の届く場所に留め置くしかないのだ。それで遊ばせておくよりはと、すんなり西海行を許可されたそうだ。来週から製塩従事の監督業務に就くことになるという。西海なら適当かもしれない。
(けど……また、なんでわざわざキツいトコへ)
大陸西部海岸地域での製塩は現在、西海衆と辺境伯家の共同事業となっている。
正直、楽な役目ではない。辺境領から派遣するのは監督業務で、別に塩田で直接作業するわけではないのだが、日中は製塩従事者監督者ともに炎天下で過ごす。
陽光の強さは辺境領の比ではなかった。
――あそこが敬遠される要因は、他にもあるらしいけど。
「変わってんだろ?」
(物好きな。アタマおかしいのか? それとも苦行好きの変態とかかよ)
「お前とどっこいどっこいの生真面目クン。いや、あのクソ真面目と融通利かなさ加減、お前以上かもな」
「どういう意味すか?」
「それだけ元気になりました。てことだよ」
ラウルは楽しそうにガハハと笑った。
「まあなんだ。てことで、じゃあお前から姫さんに言っといてくれるか?
俺がしばらく用事で留守にするのと、クソ真面目の元護衛も元気にしてるそうですよって」
「はあ? 何すか、ソレ」
なんで俺が。どうしてそこで「じゃあ」になるんだよ。
イアルがむくれると、ラウルはまたぞろ別のことを言い出した。
「こないだな。アイツ、とうとう来なかったろ」
「は?」
だから、今度はどのアイツ?
ラウルはいつもこんなカンジで、いきなり会話が飛躍する。
話題がポンポン飛ぶから、付いて行く方はタイヘンである。お館様も騎士団長も、支障なく意思疎通されてるみたいだけど、イアルは戸惑うばっかりだ。
「アイツったらアイツ。シグルだよ」
「え」
またもお館様を名前呼び? しかも昔馴染みとは言え、いちおう愛称なのだ。
姫様でさえ名前呼びしてないだろ。
(おっさん、こんなだからイヴにチクチク釘差されるんだよ)
ラウルは常々、イヴに真顔で注意されている。
もうチョイ言葉遣いに気を付けたら? 口調こそ丁寧だけど、要は親子程も違う女子に「弁えろや」「立場考えろ」と指摘されてるのだ。
あれで怒らないラウルは器が大きいのか、それともてんで学習能力がないイタイオヤジなのか。
「あれなあ。ホント、ロクでもねえ客が押し掛けて難儀したらしいぜ」
招かれざる客ってやつだ。俺宛に来るのとどっちが性質悪いかなあ。
ラウルは豪快に笑う。
(――笑うとこじゃないだろ)
イアルは硬い表情のまま黙っていた。
「あれだよ。俺とお前が知る、いちばん欲度しいの」
欲度しい。初めて聞く表現だが意味するところはわかる。まったくラウルは存外な語彙力である。
「ホレ、欲の皮の突っ張った貪欲な欲しがり。他人のモノまで欲しがるヤツだ」
欲張りの欲しがり。
咄嗟にイアルの脳裏に浮かんだのは、とある面影だった。それは過去の亡霊。
もういない人間で、もうすっかり忘れていられたはずの残像だった。
――なのに、俺はまだこうもあっさりあの顔を思い出せてる。
「あれだ。あの腹黒狸だったとよ」
ヴァルゴが――?
ラウルがあげたのが自分の脳内とは別の人間だったことに、イアルは安堵する。
違った。かつては光り輝いて見えたのと同じ顔ではなかった。あれではなかった。ひと頃は誰より好ましい、何より愛らしいとイアルが思い込んでいた面影と。
だがヴァルゴの顔と名前が浮かんだ瞬間、強烈な嫌悪感が来た。
(いっそ刺客のがマシじゃないのか……)
ぶわっと虫唾さえ走る。
ヴァルゴは男爵。いわゆる新興貴族だ。
評判は最悪。イアルに限らず、大多数の人間からは憎まれている。
だが先触れなしにいきなり来ても追い返されないのはエルンスト辺境伯家の寄子だからで、急に押し掛けても無下にはされず、まあまあの確率でお館様が会ってくれるのも、放置すると後々非常に面倒くさい相手だからである。ついでに、長尻でも叩き出されないのは未だ当家には狸からの借り入れが残っているせいだった。
家宰殿と同じように、ヴァルゴも西の辺境伯エルンストに推挙されて男爵位を賜った。同様に領地なしの一代限り。だが家宰殿とは対照的に、どうかこのまま没落してくれ、間違っても世襲化されてくれるなと、大方の人間が強く祈念している。
元は商人で金貸し。ムカつくくらいの富裕層。今も豪商で、依然大口債権者だ。
お館様は、新街道を通す際にこの腹黒と紹介先から莫大な借財をした。返済は順調だが、あらゆる意味で要注意な狸であることには変わりない。
そうしたアレコレを自覚しているから、狸は態度がデカかった。
実に無礼千万。金にあかせて、まるでお館様への礼儀がなっていないので常々イアル達騎士団の大顰蹙を買っているのだが、昨今はラウルの言う「性質の悪さ」が加速していた。厚かましくも、エルンストの傍流を名乗り始めたのだ。
(んなはずないだろっ! たかが末端寄子のくせに)
刺客なら斬り捨てて終いだ。だが切りたくとも断ち切れないぶん始末が悪い。
永遠に、未来永劫縁切りしたい。いっそこの狸との間に、聖ソフィアのごとく不滅の御利益が顕現しないものか。
イアルは苦々しく唇を噛んだ。




