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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十四章 収穫祭の夜

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脛(すね)に持つ疵(きず)


 「どうせまたヘボだろうけどよ」


 ラウルは他人事みたいに言った。

短冊チューロがお気に召したのか、バクバクと完食しそうな勢いだ。

 ラウルにはもう慣れっこだとでも言うのだろうか。

怪しいのが来る度、領境の砦から知らせの鳩が来る。最近ではラウルの前に現れるまでもなく、サッサと片付けられる刺客も少なくなかった。


(原因作ったのは自分等だろ……)


 イアルは唇を嚙む。


「どんだけ……。いつになったら気が済むんすか」      

「それは俺が聞きたいよ」


 とても標的にされている本人だとは思えない口調である。


(おっさんに限って、油断はしないだろうが)


 砦には人の顔を見る人間を何人か置いている。

その中には通称「遣り手婆」なる胡散臭げな老女までいるのだが、それなりに貢献はしているらしい。また人見の仕組みは全般、確実に機能していた。

明らかにヤバいのは初めから領に入れないし、場合によっては尾行も付く。

辺境領ならではの工夫がなされているからこそ、他所より格段に犯罪は少ない。


「あんなのに好かれたって、ちっとも嬉しかねえや」


 ラウルは好きであの護衛騎士を斬ったわけではなかった。

 そもそも斬り捨てられてもやむを得ないことをしでかしたのは、むこうである。


(それを、いつまでも被害者面しやがって――)


 思い返す度、イアルは沸々と怒りが込み上げる。

ラウルは責務を果たしただけだ。あくまて致し方ない仕儀だった。理はラウルに、つまりこちら側にある。

 騎士団の一員として、辺境領の男として。イアルは憤懣やるかたない。

 直接手に掛けた(かたき)、子爵家子息殺害の実行犯だとラウルを糾弾する方が間違っている。ラウルを裁け、身柄を引き渡せと要求するのはとんだ見当違い、子爵家が私怨を募らすのも大いにお門違いである。


 (死んだ当人だって、相応の覚悟はしてたはずだ――)


 そんなつもりではなかったなんて言わせない。命懸けなのはわかっていたはず。

それでも我欲を抑えきれずに昔の恋人と密会していた。相手が人妻、それも領主家エルンストの奥方だと重々承知の上で。


 西の辺境伯の正夫人に手を出す時点で、命はないと観念しとくべきだ。

辺境領に舞い戻ってさえ来なければ、ヤツだとて早死にすることはなかった。

公都でなら、おそらく天寿を全うできたろう。

 だが既に命運は尽きていた。自分で使い果たしたのだ。もしこんなはずではなかったと思いながら死んだのなら、なにもかも舐め過ぎである。


 ――死に場所も死に様も、すべてヤツ本人が招いた結果じゃないか。


 元は花の公宮近衛が異郷、それも間借りした他人の家の寝室で一太刀も応戦できず無惨な最期を遂げた。貴婦人を襲った暴漢。歯向かって斬られた身元不明死体として扱われた。

 だが文句は言えまい。それ以外の人生を、幾つでも選べたのだから。


 (だいたいからして、なんで輿入れ前に切れとかないんだよ)


 根本はそれだ。返す返すもそこにつきる。

 そこが大問題だろうよと、イアルでも思う。当人同士もさることながら、遡れば関係を清算させられなかったのは大公家の致命的落ち度だ。


 (そんな訳アリ状態のまま、俺等のお館様に押し付けやがって――)


 お館様は英主だが、正室腹ではない。


 ご生母は決して氏素性は卑しくなかった。だが西海の民で異教徒だ。

だからお館様は、ドミネ教圏下では半分異教徒と見なされてしまう。

殊に貴族社会においては常に偏見が付いて回る。お館様の功績ではなく、出自だけが取り沙汰される。イアル達はそれが口惜しくてたまらない。

 それで大公家から縁談が来た時、イアルを含めた辺境伯家中が喜んだのだ。

多少の経緯もあるにはあったが、婚儀には領中が歓喜に湧いた。お館様の不利な出自を補って余りある、由緒正しくも高貴な大公姫が降嫁されたのだと。


 もっともお館様ご自身は浮かれてなかったそうだ。

家宰殿にしても、何か裏がありそうだとは踏んでいたらしい。

多少の男関係は織り込み済みだったみたいだぜと、イーサンが話していた。

 何しろ相手は主筋だ。どの代にも降嫁などなかったのに、異色の来歴のお館様に娶わせる。事情があると思うのが妥当だった。

 ただどの道、辞退はできない。断る選択肢はあり得なかった。


 『二十歳過ぎての輿入れだ。好きな男くらいはいたろう』


 まあ普通に考えて、脛に傷持つ身でもなければ来ないだろうな。

男の一人二人は仕方あるまい。俺だとて、叩けば埃くらいは出る。


 お館様は潔く、婚姻前の妻の素行を不問に付された。

 見事に割り切られていたようだ。嫁娶は当主の義務。領主の業務の一環。

だから大公姫が心機一転、心を入れ替え大人しく辺境伯家正夫人になり切れていたなら、違う未来を描けたのだ。

 ここじゃあ誰も過去の色恋沙汰など蒸し返さなかった。

辺境領は噂喧しい公都とは違う。主に倣い、新妻の昔の醜聞は聞き流してくれた。そこは礼儀として知ってても知らぬ振り、どんな風聞をも忘れた振りで通せた。


(あのまま――露見してなければ、今でもお館様達は夫婦の振りでもしてたんだろうか)


 お館様は不義密通に怒ったわけではない。動揺もしなかった。

ただ、露見したことに対して怒った。激怒したのは隠せなかったこと、それにその後のラウルへの不当な問責に対して、だ。


 ――気持ちがないって、ああいうことなんだろうか。

 何とも思っていない相手が何処で誰と何をしようと、痛くも痒くもないってことなのか?


 姫君を力ずくで奪い返したお館様。どうやら掻っ攫ってきたらしいお館様。

 どちらも同じ一人の男なのだ。その熱量の差に、イアルは眩暈を覚える。


「最近じゃあ、寄越される輩の質も数も相当落ちてきてるからなあ。さすがに雇う金も狙う根気も続かねえんだろうよ」


 ラウルが緊張感のない、のんびりした声で言った。


「………」


 護衛騎士の実家の子爵家がいかほどのものなのか、イアルは知らない。

 公宮近衛を輩出するくらいだ。そこそこの家格ではあるのだろう。しかもヤツは大公姫の専任護衛だった。家を継がない三男でも自慢の息子、愛息だったのか。


「ああ? 違えよ。ありゃあ意地と体面だけだ。息子可愛さでの本気の怨恨なら、直に身内が出張って来てらあ」

「でも、」

「お前、身内とか血縁に過大な期待でも持ってんのか? そりゃ偏見だぞ」


 幻想だよ、過剰な幻想を抱くな。ラウルは甘いチューロをボリボリ齧りながら、辛口の説教を垂れた。


「家にしてみりゃ不肖の息子の、目も当てられないヘタだったからな。公国内でも肩身が狭くてしょうがねえ、って状態だったんだろうよ。貴族としてどうにかこうにか、手っ取り早く挽回したかった。てだけだろ」


 ラウルは、もうすべてを過去形で語れていた。



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