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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十四章 収穫祭の夜

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ラウルの離脱


 「……ふうん。こういうのがお気に召したのか」


 ラウルは、シャールの持って来たチューロを指で弄った。


 場所はゼフィネさんの家の台所である。

 事前に声を掛けられていたので、イアルはここでラウルを待っていた。

ようやく姿を見せたラウルのために、昼間取り除けておいたチューロをテーブルに出してやったところだ。


 既に夜も更けた。姫君はとうにお休みで、ゼフィネさんも部屋に引き揚げている。既にイアルは、呼ばれない限り夜は二階に上がらない習慣になっていた。

就寝前に姫君を部屋へ送るのも、せいぜい踊り場までにしている。

 この家で暮らし始めたわりと早い段階で、ゼフィネさんは姫君の寝室の一日最後の戸締り点検を申し出てくれた。

 未熟なイアルの心理的負担を鑑みたのか、イアルでは頼りないと思われたのか。ゼフィネさんの「やはり私が致しましょう」の真意については不明のままだ。

知れば無駄に傷付きそうな気がして、イアルからも尋ねていない。


「女子供は、見た目ちっこいとかカワイイとかが大好きだよな」


 ひとしきり眺めたチューロを、ラウルはポンと口に放り込む。


 ――おっさんの愛娘は、生きてたら幾つぐらいなんだろうか。


 不意にそんな考えが過ってしまった。


(もしか、姫様と同じ年頃とか……?)


 だが瞬時に、イアルは脳内で消去しておく。

迂闊に立ち入ってはならないと思った。興味本位にラウルの古傷をほじくるつもりなど毛頭ない。それでも、いずれ無神経な詮索みたいな気がした。


 「あ。ラウルさん、ミルク」


 ゼフィネさんは短冊チューロだけでなく、ラウルのミルクも取り置いていた。

なんで女性達はこんなにラウルに優しいのだろう。顔もコワくて、口もガラも悪いおっさんなのに。まあ一部、ある一定年齢以上の女性達限定ではあるのだが。


「いらねえよ」


 ラウルは酒でチューロを流し込んだ。

 黒エールとチューロ。まあ、組み合わせ方は個人の自由だ。

何が美味かも個々の好み、あくまで個別見解だしな。俺はやらないけど。

 そういえば。イアルはラウルが極甘菓子の欠片をつまみに呑んでいるのを見掛けたことがあった。確か、ヴォドグとかだっけ。北方産のめちゃ強い酒。

 奇抜な取り合わせだったから、よく覚えている。


 ラウルはなかなかの酒豪らしかった。

他方、いかつい見かけによらず騎士団長は、意外や一滴も飲めない下戸なのだ。

それで宴席なんかでは、騎士団長に代わってラウルが呑んでやるらしい。


 お館様も滅法お強いと聞いた。

本来は水で割って飲む南方の酒を、生でクイクイいくのがお好みだとか。

不思議なものだ。領の名産はワインなのに、輸入量の少ない別の地の酒を、好んで嗜まれる。

 けど何気に体に悪そう。周りにも止められるみたいで、それが鬱陶しいと前回の公都では、お館様独りでフラッと街場へ飲みに行ってしまわれたという。

お館様を探し回る間、イーサン達は生きた心地がしなかったと話していた。

 時々、配下が慌てふためくお茶目をなさる。さすがに意図的ではないと思うが。

 

 

(あの時のラウルのおっさん、すげえ至福の顔で呑んでたっけ……)


「姫様は――そのチューロ、幸せの味がする……って。言われてましたよ」


 なんとなく連想が繋がって、イアルは口を滑らせてしまった。

別に教えてやらなくてもよかったのだが。ふうんとつまらなそうに相槌を打ったくせに、ラウルは甘いチューロを二つも三つも頬張った。

そしてぼそりと小さく独り()ちる。


「……何かと、不憫な娘さんだからなぁ」


 不憫。


 ――そうか、そういう言い方をするのか。


 素直で可愛いあの姫様を間近にしながら――本当に『素直で可愛い』というのは、きっとああいう方をいうのだ――折に触れて胸に込み上げてくるこの感情は、そう表せばよかったのか。そう形容するのが適切で、そんな風に呼ぶものなのか。


 ラウルは思いの外、語彙が豊かだと思う。

イアルは続けて今日が姫君の誕生日で、十七歳になられたのだとつい言いそびれてしまった。不憫、に続くその後を聞き返していいものか。戸惑う間に、ラウルの方がさっさと話題を変えてしまったからだ。


「――むこう何日か、俺はここを離れることになった」

「え」


 咄嗟には言葉の意味がわからなかった。

これまでにもラウルが畑仕事を装い、外部と連絡を取っていたことは知っている。この家はイアルと二人で警護をするが、周縁にも巧妙に人を配していたのも。

そしてここ数日、何やらいつもより外がザワついていたことにも気付いていた。


(何かあったのか?)


 すっかり平和ボケしていたアタマが即座に応戦態勢に就く。

 覚醒しろ。常に剣は帯びていた。


「バーカ。念のためだよ。予防だ、予防」


 だがラウルは、露骨に顔を顰めてイアルを牽制した。


「姫さんじゃない――そっちは心配ねえんだ。俺だよ、俺。俺目掛けて、()()ぞろ招かれざる客が来るかもしれねえからだ」

「え――」

「領境の砦から知らせが届いてる」


 ()()、来やがるのか。

 どこまでしつこいんだよ。


「まだ……諦めてないんすか」


 しつけえな。しつこ過ぎんだろ、()()子爵家。


 公国貴族……特に子爵家なんてロクなもんじゃない。

イアルはあらためてそう思った。

縁を切りたくなるような姫様の実家。それにラウルを逆恨みする()()子爵家。


 今までに何度も、筋違いな刺客をラウル個人に向けて放ってきている。

暗愚なりにも、西の辺境伯家エルンストに表立って喧嘩を売れないのは承知して、その頭だけはあるから、執念深くラウル一人を息子の仇と付け狙うのだ。

 しかしそれ等は、悉く返り討ちにされていた。



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