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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
【そのメイド、敏腕につき】④

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出来るので。イヴに秘密は重くなる(3)


 アンタ等、気は確か? 

 あんなアブナイ人生を渡るお館様と、運命共同体になりたいだと?

 

 醒めた感想と疑問しか出て来ない。イヴなら真っ平である。

もし近しい人間が彼女等みたいな真似をするなら、イヴは全力で止める。


(だいたい。うっかり側女愛妾になんかなっちゃったら、万一の時に逃げられないでしょうが)


 自分達はお館様とは他人なんである。イヴは常々そう考えている。

イヴはイアルとは違う。身命を捧げて仕えたいなんて、どう転んだって思わない。

 有事の際には迷わず逃げる気でいる。だって身内じゃないのだ。そこはスパッと割り切らせてもらう。所詮、他人なんだからそのつもりだ。


(どだい、幸せになれるなんて思ってんのかい?)


 ウチのお館様と連れ添いたい? あんな亭主にするのに不向きなのと?

長年お仕えしてきたからこその私見だが、おそらくお館様は結婚という体制にそも向いてない。何で言い切れるかと言うと、さばけ過ぎだろとイヴには映るからだ。


 あのヒトは女に夢を見ない。結婚も契約の一種としか考えてない。

だからさして重きを置かないのだ。貴族はみな政略結婚をするものかもしれないが、お館様には結婚は領地経営や統治の一環、あくまで一つの施策に過ぎない。

そんな感覚みたいである。

 神聖な誓約だとか祭壇の前の誓いは特別だとか、爪の先程も思ってなさそう。

故に不具合が出れば、あっさり解消する。


 そんなの伴侶にしたいか? 冗談キツイわ。イヴは御免である。

互いにこの関係を維大切に持しましょうと共通の素地がなくて、もつのかよ? 

それでも敢えて挑戦したいと?

 しんど過ぎるわ。アンナにも誰にも挑んで欲しくなかった。

『行儀見習い』のお嬢様方。あの娘(こ)等には事実婚のしんどさだって全然覚悟ができてないよなとイヴは見ている。


 (十代のコって、無謀と同義だからなあ)


 姫君は若い。だから無駄に度胸がイイ。

正式な結婚を経ずにウチのお館様に連れ添おうなんて向こう見ず。

あの年頃だからやろうと思えるんじゃないだろうか。

 貴族の娘なら、普通は正式な妻になれるかどうかは重大事だろうに。

何気に人生変わってくるでしょ。進んで側女愛妾になりたがる類(タイプ)じゃないと思うのだが、どうやら姫君はウチのお館様と絶賛内縁関係に突入しようとしている。


 イヴはわりとあの姫君が好きだ。

好きだが時々、チョイ思い切りが良すぎませんか? とかハラハラする。


 (アンナに、姫様のことを話せたらなあ……)


 口の堅さは折り紙付きのアンナだ。打ち明けられたなら、自分はずいぶんココロが軽くなるのだろうとイヴは思う。

 まあ無理だけど。年々、自分には抱える内緒ゴトが増えていく。




 アンナがそろそろ夕食時だから帰るねと言うので、イヴは馬車のところまで送ることにした。どうやら仕事はとうに終わっていたのに、イヴの顔見たさに待っててくれたらしい。せっかくなのでアンナと車寄せまで歩きながら、もう少し喋る。


「あのね、イヴ」


 便乗予定の荷馬車が見えて来た時、アンナが言い出した。


「うん。なに?」

「あたし、今幸せだよ」

「それは何より」


 うん。それは見たらわかるよ。

だからイヴは安心するのだ。まともに生きていたら幸せになれる。きっといつかは報われる。アンナだけはそう思わせてくれるから。


「あの時、怪我で行けなくなってよかった。今はそう思えるの。おかげでウチの人とも会えたしね」


 あの日あの時、たまたま怪我をした。アンナは今でもそう思っている。

お館様付侍女の話が本決まりになって、アンナはゼフィネさんの隠居宅に最終面接に遣られる段まで来ていた。だがその当日の朝に転んで怪我をした。館を出る直前に下働きの若者とぶつかったのだ。幸い、軽い捻挫で済んだ。


 だが、ゼフィネさんのところには行けなくなった。

それで本当に食材類等のお使いもあったから他の人間を代わりに用足しに出した。

 アンナの負傷は数日の内には完治した。ただ何やかやでとうとう面接には行かずじまいとなり、結果としてそのまま終わってしまった。


『自分の体重が掛かって挫いたのよ。ほらあたし、重いから……』


 アンナは弱々しくも笑っていたが、軽傷でも痛かったはずだ。

足首が腫れてすぐには歩けなかった。あれが偶然でなく、たくみに演出された不運であったことを今でもアンナは知らない。最終的にアンナ本人にだけは明かさないことを、辺境伯家侍女頭としてサルダーニャは選択した。イヴも同意見だった。

一生黙っていよう。二人ともそう考えた。


 続くアンナの人生。先々で見たくない知りたくないことがたくさんあるだろう。人並に暮らしていくだけで、人並に生活の垢や澱が溜まっていくはずだ。

平穏無事に心安らかに暮らすには、それだけでもうじゅうぶんな質量になる。

だから、あえて負荷を増やすことはない。

 家庭を持ち、子供を産み育てていく。新たな人生を始めるアンナに、出発時点で重たい荷物を渡す必要はなかった。もう済んだことなのだから。


 ――いつかは、世間話みたくサラリと話せる日が来るんだろうか。


 アンナの笑顔に絆されて。あの時の真相を。

いっそ関係当事者皆して爺さん婆さんになった時分とかに。何なら半数くらい他界した後、冗談めかして開示してしまえたら。少しはラクになるんだろうか。

 だが、もう決めたのだ。アンナには告げない。たとえこの口が裂けても。

 アンナを送り出す時、他人のイヴ達は黙って墓場まで持って行くことを選んだ。

その取り決めは未だ有効なのだ。辺境伯家から離れて生きる道を選んだアンナの人生に、余分な翳を加えてどうする。


「それでね。あたし思うのよ。何がどう転ぶかわからないって。――だから、きっとおんなじだよ。イヴもイアルも」


 ――優しいんだよなあ。相変わらず。


 会う度に、アンナはイヴが侍女になっていないことをおかしいと怒ってくれる。

イアルがまだ第四隊所属なのにもなんでよ!? と毎回ツッコむ。能ある二人の不遇は不当だと。まるで自分事のように憤慨してくれる。アンナのような二心のない友がいる。これは、本当に得難いことなのだ。


 アンナは存在自体が癒しだ。最近は敏腕イヴでも神経を擦り減らすことが多くなった。特に『行儀見習い』達関連とか。あまり自覚していなかったが、けっこう疲れていたらしい。


「生きてさえいれば……いい風も吹くよ」


 大袈裟な。イヴはハハハと笑ってしまった。


 イヴは別に、侍女になれないことを気にしてはいない。万年メイドでも実質的なメイド長だ。毎年昇給もした。権限も広い。たぶん万年平騎士のイアルよりも好待遇だ。名より実。そして質。だが時として、周りの気遣いの方が鬱陶しい。

 アンナはいつも気にしてくれるが、今更イヴが侍女へ転換するなら、新しく来る誰彼かに仕えるのが前提になる。そんな貴婦人がどこにいる? いったいこの辺境領のどこに? 


(まあ、あの姫様の侍女にならなってもいいかなあ)


 何気に面白そうだし。イヴはちょっとだけそう思った。



 「じゃあね。イヴの顔見れてよかったよ」


 荷馬車に乗り込みしな、アンナが言った。


「うん。またおいでよ」

「今くらいの時間なら。まだ聖母教会に献花して帰れるかなあ」

「ああ――側妃様、の?」

「そう。あのお気の毒な側妃様の」

 

 旧街道の惨劇で亡くなられたという新大公の側妃様。

辺境領内にはもういない野盗に襲われ、若い身空で命を散らした可哀想なお姫様。

 領都の聖母教会に設けられた献花台は収穫祭前までだそうだ。

だから程なく撤去される。ならば、じきに内心でぎくりとする必要はなくなるのだ。昨今の挨拶代わりになっている「もう花を捧げたか?」というやり取りにも。

 如才なく悼む振り。怪しまれないよう同情する振り。そして露程も知らない振り。イヴの心労が、間もなく一つだけは減る。


 今まで持ってた内緒ごとと、これから抱えていく絶対機密。

 秘密にした以上、もう質も量も差などない。


(大小とか軽重とか、さして変わらんわ。漏らせないなら負荷はどっこいどっこいだって)


 おんなじだ。いずれ冷たい土の下まで持ち越す。

イヴもサルダーニャも。家宰殿も。おそらくラウルも――後で積み増しされた姫様関連については、イアルもか。

 あいつ大丈夫だろうかと、イヴは無性に心配になった。

 


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