出来るので。イヴに秘密は重くなる(2)
(あのぽっちゃりが。隠れモテ女子アンナの大きな魅力だったんだよね)
今にしてイヴはそう思う。現実的には細身女子より、ぽっちゃり需要のが勝った。デブ論外だとか、ホント男は建前ばっかである。アンナはそれを証明した。
アンナが正式にお館様付侍女に推薦された時、館の若者達は盛大に動揺した。
日頃何かとアンナのぽっちゃりぶりを揶揄っていた連中が軒並み狼狽え、慌てふためいたのには笑えた。その中には騎士団のすかした連中まで少なからず含まれていたから、余計に面白かった。
あれぞ愉快痛快。イヴ達は大いに笑わせてもらった。
(でも。アンナの本当の良さは、それだけじゃあない)
アンナの魅力は内面にこそある。
とにかく性格が良い。アンナの場合は何よりそれだ。イヴは太鼓判を押す。
複数の同性も保証する要素だから間違いない。
アンナはよく働いて、しかも他人の悪口を言わなかった。
この悪口には、カラッとした文句や不平不満は含まれない。イヴ達の定義する悪口とは悪意ある貶め、陰湿な陰口、誹謗中傷の類である。たとえば馬鹿にバカ、脳筋をアホと言うのは事実であって悪口にはあたらない。
アンナは聞き上手の励まし上手だった。いつも付き合いよく話の輪に加わって、同僚の愚痴にもよく耳を傾けた。共感して一緒に怒ってくれたし、何なら歯切れよく扱き下ろしてもくれた。
だが、徒に他者を傷付けたりしない。人として絶対的な品格があるのだ。
それでいて噓臭い教訓話をも垂れないのも、アンナの美点だった。
アンナは綺麗ごとで誤魔化すこともしない。言動に齟齬が無くて、嘘がない。
常識はあっても二面性がない。口も堅かった。繊細な大事ゴトとでも安心して話せた。アンナなら裏切らない。館勤めで全面的に信用できる人材は、超貴重だった。
また「癒し系」なんて厚かましく自称したりしないところも、非常に好ましい。
心優しい女を詐称する、口先だけのあざとい手合いには辟易していたから、アンナこそが貴重な「癒し」だったのだ。
男女問わずアンナを嫌う者、悪く思う者などいただろうか。
「はああッ⁈⁉」
だが、アンナがまさかのお館様付き侍女候補に挙がったあの頃。
イヴはその推薦理由を知って、いたく憤ったものだ。
『母方、父方ともに多産の家系』
アンナが推された最大の決め手はそれだった。
特に家令殿がそこを買い、お館様に強く勧めたそうだ。お館様付侍女とは、お館様の側女の候補に他ならない。アンナは七人兄弟の長女で、従兄弟従姉妹達がゆうに三十人はいた。加えて、見るからに安産体型。
「冗談じゃない。あんた等、女を何だと思ってるの⁈」
ふざけんなっ。どれだけエライか知らないけどさっ。
当時はアタマにきて、度々イアルに八つ当たりした気がする。
たまたま近くにいたし。それに毎回、何とも間の抜けた受け応えをしやがったんである。「え。そんなん思ってないですけど?」とか。
――違う。アンタの意見や回答は求めてない。
そこは黙って聞いとけ。
まったく。あの推薦理由にはロマンもへったくれもなかった。
お館様にロマンの欠片が必要だったがどうかは知ったことではない。だがうら若い初婚の娘にあれはない。嘘でもアンナの気立てを見込んでとか言えよ。
でなきゃ見え見えでも、お館様がお気に召したからだとか。多少は話を盛るべきだろ。せめてもの社交辞令だろうが。思い出すだに、イヴは腹が立つ。
幸いにして、結局アンナの抜擢話は流れた。
(さすがに露骨過ぎ。いくら合理的なお館様でも、気乗りしなかったのかもね)
当のお館様は話の最中での進捗も、事後にどうなったかとも一切お尋ねにならなかったそうだ。そこに熱意は感じられない。
男性側にしても、推薦理由が負担だったのではなかろうか。
イヴはそう推察する。だって、後はひたすら種馬能力を試されることになるわけだから。げに王侯貴族とはタイヘンである。神経が太くないとできない稼業だ。
未だに一部王族等の婚姻では、初夜の床入りに見物人……もとい立会人が付くと聞く。第三者を配して、婚姻の成立と男性の生殖能力を見極めさせるんだとか。
家畜じゃないんですけど? 冗談はよせ。悪趣味過ぎんだろ。
――ホント。アンナがお館様付侍女になんかならなくてよかったよ。
今、イヴはつくづくそう思う。
有り得たかもしれない過去未来を、単に過ぎた話だと胸を撫で下ろせる。
もし何かの拍子にアンナにお手が付いたりしてみろ。それこそ悲劇だった。
だってお館様は、いずれあの姫君と出逢ったはずだから。
必ずしも望まれてお傍に上がったわけでもないトコへ、突如あんな手強い本命が現れたりしたら。もう間違いなく不可避の悲惨な状況に陥る。確実に不幸一直線。そんなの、絶対の絶対に見たくない。
哀しいアンナを見なくてよかった。あの姫様を憎む側に回らずにすんだ。
きっとイヴは憎んだと思う。お館様を恨む憎むが許されない以上、筋違いにも姫様を敵とみなして憎悪した。後から来て親しい友の居場所を奪う存在を、受容できたはずがない。
「ダンは? 今日は非番?」
ふとアンナの連れ合いの方を思い出した。元気だろうか。聞くまでもないか。
丈夫で長持ち。あれも殺しても死なない部類だ。
「うん。だから晩御飯も拵えてくれるって」
「おお。さすが出来る男」
「は? 何、ソレ」
アンナはケラケラと笑った。
(いいじゃん。飯まで作れるオトコ)
大きな声では言えないけど。あたしは亭主じゃなくて嫁さんが欲しいよと、最近イヴは考えてしまう。仕事だけで手一杯なのに、まだ亭主の面倒まで見れるかよ。これ以上負荷かけられてたまるか、なんて正直に思うのだ。
その点、アンナはエラかった。
地位や名誉、財力には目もくれず、手の掛からない使えるオトコを選択した。
アンナの亭主、ダンは領都の治安を守る衛士である。
花形職種の騎士団に比べると冴えなくて地味、と思われがちだが現実にはそうでもない。職業軍人の騎士団より死亡確率が低いし、各種犯罪を取締る警吏ほど大怪我もしなければ嫌われてない。衛士には兼業者が多いが、ダンの場合は専任である。高給取りではないが、収入だって安定していた。
そして、とにかく家事能力! 侍女メイド目線で見てもなかなかの技能らしい。
特筆すべきは「気が付いたら黙ってやる」点である。家事も育児もサラっとやって、やっといたぞとも言わないそうだ。褒めて育てたアンナもスゴイが、素直で覚えが良いのはダンの資質だろう。稀有な特質である。
未だ世には縦のものを横にもしない手合いが一定数のさばっているのだ。
見習え、騎士団。まあ一部の勘違い連中だけかもしれないけど。
(男は顔でも、稼ぎでもないしね)
まあダンは別に不細工ではない。普通なだけだ。
そして気も優しい。たまに少ない小遣いから花を一輪、アンナのために買ってきたりするという。
(頑丈で滅多に風邪も引かない。そいでもバカじゃなくて、まあまあ気も付くし、けっこうマメ。理想的じゃない? 賢い選択。お買い得だよ)
玉の輿をすんでのところで逃したのに、アンナはそれを惜しがりもせず豪快に笑い飛ばして地に足の着いた相手を選んだ。騎士団の連中でもない。伴侶にしたのは地味で普通で、自分に合う男だ。アンナは実は秘かに羨ましがられている。
ダンもわかる女性には非常に高評価。まともな女達は、ちゃんとモノを見ていた。
奇特でもなんでもなかった。実にアンナらしいと思う。
さすがはアンナ。今でもイヴは誇らしく感じていた。
『行儀見習い』のお嬢様とは実に対照的だ。
イヴは彼女等のことは、あんまり温かい目では見てやれない。
当家では近隣貴族家他から、侍女見習いで預かってくれと無理矢理子女達を押し付けられている。これが、なんでか皆してお館様のお手付きを狙って来るらしい。そこは百歩譲るとして、まるで働く気がないのがイヴやサルダーニャ達の頭痛のタネだった。クソの役にも立たんのに、辺境伯家で側女愛妾になって一発逆転狙おうとか、イタ過ぎんだよ。




