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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十三章 収穫祭の頃

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この秋に、小さき花を


 「シャールが参りました」


 祝祭であっても静かなこの家の日常に姫君が納得されたところで、ちょうど頃合いよくシャールが来た。


「お館様からです」


 例のごとく、シャールは最初に花を差し出す。今回は薔薇ではなかった。

ここのところ薔薇が続いていたが、そろそろ館の庭の秋咲きは終わりらしい。


(いや、絶対にお館様からとかじゃないだろ。モロ、お前じゃん)


 毎度のように心中でツッコむイアルを尻目に、今日も姫君は微笑みながら花束を受け取っている。


「ま……あ」


 何ていう種類なんだろうか。ひとつ一つは小さい花だ。

それをたくさん、濃いピンクに色を揃えてまとめてきている。

それなりにキレイだけど、薔薇に比べるとなんか地味だよなとイアルは思った。

 秋が深まるほどに花は少なくなる。毎回調達するのもタイヘンだろう。

コレだって、姫君に捧げるくらいだから人気のある花なのかもしれない。

単に俺が不調法だから知らないだけか。


「素敵。配色が完璧だわ。とても秋らしい、深い色」


 イアルの目には、どうということもない花束に見える。

 それでも姫君の言葉に注意深く観察してみると、花束はリボンの青い色がいつもより深いような。ほぼ濃紺かな。それに、リボンというよりも細い紐みたいだった。さらには二本取り。紺に花より少し濃いピンクとを合わせて、くるくると蝶々みたいな飾り結びにしてある。

 そうしてよくよく見れば、花自体はイアルもよく知る花なのだった。

 わりと何処にでも咲いている種類のはずだ。たぶん今時分にあちこちの野原で、とりどりの色が群れ咲くヤツではではなかろうか。ただこうして花束にされると、もうすっかり別モノの仕上がりだった。


 イアルは感心した。

これぞシャールのシゴトだ。やっぱセンスだよな。俺は相変わらず、この花の名前さえ出て来ないけど。


 とうてい真似はできないとイアルは思う。


 何から何まで。シャールの美意識がそこかしこに光っている。花に合わせてリボンの方も変化させてくるとか、そんな芸当はシャールにしかできない。

 自分は優れた色彩感覚なんて持ち合わせないし、贈り物のセンスだって足りていない。だけど、それはお館様とて大差ないような気がする。


「まあ。リボンまでが洒落ている。なんて心憎いこと」


 ゼフィネさんまでが褒めた。


「色がよいのですわ。こんな風にすると、グッと花の格と見栄えが上がりますわね」


 ゼフィネさんの頬が緩み、瞳の奥に和みが見えた。

 シャール、お前スゲエなとイアルは感服する。


「過分なお言葉です」


 シャールに抜かりはなかった。


「それに、姫君の祭り着ほどではございません」


 さすがはシャールだ。ソツがない。


「もちろん最近お召しの、スッキリした普段着もとてもよくお似合いです。姫君の可憐なご容貌をいっそう引き立てますから。しかし今日のお姿はまた格別ですね。やはり華やかなものをお召しになると違う。生来のお美しさが際立ちます」


 元来、シャールには疎漏がない。そしてここぞという時には決して褒め言葉を惜しまない。これでもかと出し尽くす。的を外すこともなかった。


「お上手ね」


 姫君とゼフィネさんは柔らかく微笑み合った。 

 お見事である。シャールは舌先三寸で姫君をクスリと笑わせ、同時にその服を直して着させたゼフィネさんの鼻を、大いに高らしめた。


 (――こういうトコだよ)


 イアルは舌を巻いた。


 逆立ちしたって敵わない。

たとえ同じ地力がある人間でも、おいそれとシャールに太刀打ちできないのはこうしたチョットした受け答えなのだ。機知に富むって言うのかな。

 人によっては、こういうトコロが嫌いなんだとより憎まれたりもするそうだ。

しかしイアルは素直に納得できている。間違っても自分はシャール以上に出世することはないだろう。だって同じことを同じようにはできない。


「あ。それと――」


 シャールはもう一つ、今度は粗い麻地の包みを出した。


「こちらは私から、です」


 甘い匂いが漂って来る。アレだな。まだ温かいみたいだ。


「まあ、チューロね?」


 ゼフィネさんが明るい笑顔で受け取った。


「はい。ちょうど祭りの屋台が出ていたので。来る途中で求めてきました」


 チューロは素朴な揚げ菓子だ。ものすごく大雑把に言うと、小麦粉と卵なんかを捏ねて捩じり、油で揚げて作る。子供も大人もみんな大好き、辺境領定番のおやつなのである。たまに贅沢な蜂蜜掛けのチューロを見かけるが、たいていは仕上げに煮詰めた甘い樹液なんかを掛ける。

 

 不同の人気の理由は食べでと手軽さだろう。小腹を満たすのに最適なのだ。

細長くて、だいたい一個分が手のひら大。それを葉っぱにくるんでそのまま片手で食べられる。だから祭りの歩き食べには持ってこいだ。もっとも祭りでなくとも、普段から領都の子供達は小遣いをもらうと一目散にチューロを買いに走る。そして齧りながら、日が暮れるまで駆け回って遊ぶのだ。


「どうもありがとう。ちょうどいいわ。お茶にしましょうか」


 ゼフィネさんは、食堂のテーブルに人数分のお茶と席とを用意した。


「ラウルの分を、別に取り分けておきましょう」


 大皿を真ん中に、めいめいに取り皿も並べる。


「わ・あっ……」


 ざあっと大皿にあけた大量のチューロを前に、姫君は小さな歓声を上げた。


「まあ。最近はこんなのが?」


 ゼフィネさんも目を細める。

 シャールが買って来たのはちょっとした変形版だった。

素朴なチューロにさらにもう一手間かけて、食べやすい一口大に切り分けてある。これならもう子供ではない女性達も、周りの目を気にせずに指先でつまめそうだ。また切ってあるぶん、数が多い。分け合って食べる前提で工夫したものだろうか。

 味の種類もたくさんあるようだった。どれも同じ形だが、色が違う。木の実やスパイス、果汁を練りこんだりして、様々な味を楽しめる趣向にしてあるらしい。


「綺麗!」「可愛い!」「美味しそう!」 


 シャールの狙い通り、女性二人はたいそう盛り上がった。ことに十代の姫君は嬉しそうだ。


(やっぱ、年相応の女の子なんだな……)


 時々忘れそうになるが、姫君はまだ十代の少女である。

 時々は、ご本人さえ忘れているのかもしれなかった。


 ――これから先も、たまには思い出してくださいね。


 イアルはそっと胸の奥で願っておいた。

おそらくもう普通の娘時代には戻れないであろう姫様。ひょっとしたら女性として人並の幸せにさえ縁が遠くなりそうな、この少女のために。


(それにしても。ホント出来るヤツだな、シャールは)


 イアルはつくづく感心した。

花もだけど、屋台の菓子一つにしても、こんなに女性達を楽しませてみせる。

 絶妙に女子受けしそうな、かつ女子を喜ばせる気の利いたモノを目敏く見付けるのもスゴイし、さも何でもない風にさらりと取り出して、こうも驚かせてはしゃがせる。何をさせても実にスキがないと思う。


 ――だから、出世が早いんだよな。


 忠勤、才覚。たゆまぬ努力。加えて機知に気配り、目配り。

お館様から重宝されて当然だ。イアルはそう思っている。


 おまけにシャールは稀に見る美貌である。輝く銀髪に銀灰色の瞳。氷と称されるシャールは事実、非常に美しい。館では、シャールより美しい女性はいないとさえ言われていた。


『そりゃ美形だよ。そいであたし等よりも格段にキレイ。客観的事実としてそれは認める。けどさ。アイツ、全っ然! 否定しようとさえしないじゃん? せめて謙遜するフリくらいしろや。あんなだから嫌われるんだって』


 イヴにかかるとけんもほろろだ。が、貶して終わりなだけイヴは良心的なのだ。

 シャールは妬み嫉みから故なき中傷を受けることが多い。

しかし容色だけでお館様に気に入られたわけがない。どれもこれも理不尽な詰りだと、イアルは認識していた。



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