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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十三章 収穫祭の頃

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選ばれた理由




 「いいのですよ。毎年、こんなものだから」


 皆に気を遣わせたくない一心で、姫君はどうぞ外出してくださいと懇願してくれたわけだが、対してゼフィネさんの方は誠にあっさりしていた。

 ただ人混みを好かないという理由で、収穫祭にも行かないつもりだと言う。


 出掛けませんわよ? それが何か?


 ゼフィネさんの立ち位置は、いたって単純明快なのだった。


「お祭りだから誰もが行かなきゃならない、というものでもないのだし」


 実際、ゼフィネさんは毎月の市にさえ滅多に出掛けない。

ジョシュの配達と館からのお使い便とで、じゅうぶん間に合ってもいた。


「え。俺ですか? 俺も行きませんよ。特に予定もありません」

 

 イアルにしても、祭り見物とかはどうでもよかった。


 以前、騎士見習いの時分には同期数人で連れ立って、祭りの露店を冷やかして回ったりもしていた。あの頃なら、少年ばかりで繰り出し歩き食べしていても、別にどうということはなかったからだ。しかし二十歳も過ぎて嫁さんとかの女連れでなく、野郎共が複数つるんで練り歩くのは、あまり温かい目では見られない。


 イアルだって、むさいのばかりだと絵面も格好も宜しくないとは自覚している。


 だがそれ以上に、無言の圧を感じるのだ。男だけの団体行動。そんなの通常業務だけで大いに結構だろ、もういい加減にしときなさいと言われている気がする。

日頃はあまり物事にこだわらないイアルも、そういう居心地の悪い空気だけはひしひしと知覚した。


(女子が団体行動してても、何にも言われないのに。俺等って損だよなあ)


 ここ数年は祭りと言えば、なんでこんなに混むんだよと内心で毒づきながら、やたら騒がしい居酒屋で夕餉を摂る記憶しかなかった。たいてい一人飯である。祭り時期は館の食堂が昼で閉まってしまう。それで晩は外で食べるしかないのだ。


「でも、ご家族とか。その……恋人、とか」

「は?」


 恋人。イアルには似つかわしくない単語が出てきた。


 たぶんに社交辞令的な見当違いなんですかね。

そんな相手がいたら、こんなぶっ通しでこの家に張り付いてませんって。たぶん。


「自分は孤児院育ちなので、家族はいません。孤児院の方には、たまに顔を見せには帰ってます。けど、それは祭り時分ではないです」


 以上。という勢いで、イアルは一息に説明した。

 そう言えば、自分の生い立ちとかの個人情報を姫君に開示した覚えがないぞと気が付いたのだ。殊更に申告する機会がなかっただけの話だが、直には聞かされていない姫君のご事情を、結果的にイアルはほぼほぼ把握している。これでは不公平というものだろう。

 そう思ったから、イアルとしてはきわめて簡潔に事実だけを羅列したつもりだった。しかし姫君の顔には、イアルの望まない反応が浮かんでいた。

 明らかに『ごめんなさい』と書いてある。

それも『聞いてしまってごめんなさい』『言わせてしまってごめんなさい』の二重構文。


 いえ、そんなに気を遣われることでは。


「別に――何ともありません。ありふれた境遇ですよ?」


 イアルは出来るだけ突き放した抑揚にならないよう、気を付けて答えた。

無理をしているわけでも、虚勢を張っているのでもない。単に事実としてそうなのだ。イアルのごとき生い立ちはありふれている。


 イアル達は、もろに辺境伯家の後継争いの騒乱に巻き込まれた世代になるのだろう。同年代には親の無いのがゴロゴロいる。街中にも館にも騎士団にも。

 お館様の盾持ちのエヴァンだって、騎士団の試しに受かった時点でとうに二親は亡くしていた。同じくお館様の近習イーサンにしても、途中から同じ孤児院に来て、イアル達と一緒に大きくなったのだ。敏腕メイド(不本意だがそう呼べと本人に強要された)のイヴにいたっては、物心着いた頃から孤児院での幼馴染である。


 内戦で戦った、小競り合いにに巻き込まれた、病でやられた、食糧難からの栄養失調でもたなかった……ちょっとずつ仔細こそ異なれど、実質的には大差ない。


 むしろ貴族のお姫様なのに修道院で生まれ育ち、家も身分も名さえも捨てましたという姫君の方が、よほど波乱万丈だとイアルは思う。


「ありふれた……」


 イアルの言葉の、どこが何が刺さったんだろうか。

姫君は切れ長の目を潤ませてぱちぱちさせた。その睫毛が濃くて、とても長い。

こんな風情で、もし上目遣いなんかで見つめられた日には、きっと続く次の言葉にあらぬ期待をしてしまう。


「この時期にイアルが不在で、どなたか難儀する人はいて?」


 ゼフィネさんが淡々と確認した。


「俺がいなくて困る人? そんなの、いません」


 イアルが即答すると、姫君が黙ってしまった。あれ? 答えるの、早過ぎた?


「……まあ。毎年、同僚の誰かれから祭りの警備を替わってくれって頼まれてたので。あいつらの何人かは困るかも知れないですけど」


 祭りに嫁さんと子供を連れて行く約束の所帯持ち。

一緒に見て回ろうよと、気になるあの娘を誘うのに成功した幸運な若い騎士達。

 あいつ等、今年はどうしてるんだろうな。


(どのみち俺の知ったこっちゃないか)


 どうかよきにはからってくれ。


 勤め終わりや非番の日に、共に飲み食いするような同僚や友人達ならばイアルにもいる。ただ彼等は別として、イアルに帰りを待つ家族はいない。

一緒に祭りを祝うような相手も、まだ見付けられずにいた。


「じゃあ――ラウル殿は?」


 ラウル、殿? 姫君は確かに、そう訊いた。


「ない、ない」


 ゼフィネさんとイアルは声を揃え、ほぼ同時に両手を振って否定した。


(ラウルのおっさん、いつの間に姫様に自己紹介とかしたんだよ?) 


 しかも、ラウル『殿』って。殿、は要らないだろう? 殿、は。


 顔は強面、何気にエラそうなラウルは本日も外に居た。

収穫祭時期には人通りが増えるので、単独で家の周りの巡回を強化している。

何故だかラウル一人がカリカリ、ピリピリしているのだった。


「でも……子供さんとか。それに奥様も」


 今度はゼフィネさんが補足してくれた。


「ラウルは、やもめの独り住まいよねえ」


 これも事実だった。ラウルはかなり前からやもめ暮らしのはずである。

女房と幼い娘を流行り病でいっぺんに亡くした、という話はイアルも人伝に聞いたことがある。それだから、あんな見た目でも存外に女子供には優しいのだと。


 嫁さんと並ぶラウル? 子供をあやすラウル?


 無理だ。ちょくちょく耳にする家庭人のラウルを、イアルは想像できない。


 しかしもう少し上の年齢の人間達には、もう少し詳しくラウルの家庭事情が知られていた。娘は亡妻の連れ子だったこと、妻を大事にするラウルがその子をとても可愛がっていたこと。一部の女性達がラウルに好意的なのには、きちんと理由があったのだ。


「行きたくなれば、非番の時にでも飲み食いくらいには行くと思いますよ。それこそ放っといても、勝手に」


 イアルは時々、居酒屋で一人飯をしつつ独り吞みしているラウルを見かけることがある。今も共に祭りを過ごすような相手はいないだろう。お互いに。


「……そう、なの?」


 この家には、どうも身内の縁が薄い者ばかりが集まっているようだ。

姫君しかり。イアルにラウル。出入りさせているシャールも、たぶんイヴさえも。

 イアルはなんとなく察するようになっていた。その辺も決め手になって、自分が護衛に選ばれたのだと。


(それに……ゼフィネさんも、だ)

 

 ゼフィネさんは早くに未亡人になったそうだ。

そして再婚はしなかった。忘れ形見の息子さんは、辺境伯家の代替わりの頃には既に亡くなっている。騎士団に所属していた人らしい。

 イアルが知るのはそこまでだった。細かなことまでは知らない。

息子さんの直接の死因だって承知してはいない。内戦によるものなのか、それともその関連か、はたまた別の事由だったのか。ただし他に子があったとか、孫を儲けていたとかの話は聞かない。

 だからゼフィネさんも、今はイアル達と似たような境遇なのだろう。


 ――俺達は、万が一の時に類が及ぶ身寄りを持たない。


 この家の誰もが抱える共通項を、イアルはもう理解していた。



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