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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十三章 収穫祭の頃

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収穫祭に、行きますか?


「せっかく……年に一度のお祭りですのに」


 麦の種蒔きも終わった。

 これで年内の主な農耕行事は、ほぼ済んだことになる。西の辺境領は、今年も収穫祭の季節を迎えようとしていた。


 毎秋の収穫祭は、その後に続く一年終わりの生誕祭、そして新年祭へと繋がる祝祭期間の始まりでもある。もっとも生誕祭と新年祭は主に家庭で祝う行事だから、何と言っても盛大なのは収穫祭だった。


 領都の街にはこの時期、一週間ほど連続して盛大な市が立つ。

領内各地の様々な収穫物が所狭しと露店に並び、色々な料理の屋台も出現した。

食べ物以外の品も豊富に出回る。商会や商家は出店を広げるし、行商人や物売り達も領都目指して一斉に商いに来る。

 それに旅芸人達まで随所から集まった。大道芸や寸劇、歌、楽の音。

領都の街ではけっこう何でも観られた。娯楽には事欠かない。辺境と呼ばれていても、公都とさほど遜色はないのだ。

 そして街角のそこかしこで、その年に仕込んだエールを樽ごと開けて、実りの季節を祝い合う。この時分、ワインはまだ蔵で醸されている最中だから、寿ぎの主役はエールである。それに果実酒、果実水。街中上も下もなく、男も女も大人も子供も、皆で今年の恵みに感謝して杯を干す。


 領都がいよいよ賑わい、ひときわ華やぐ頃なのだった。



「どうぞ皆さま、お祭りにお出掛けくださいな」


 一方、ゼフィネさんの隠居宅は、普段と同じで静かだった。

平常通り。いつもとまったく変わらない。街の喧騒から離れた位置にあるせいか、祝祭の雰囲気には程遠かった。祭り間はお喋りな隣人ジョシュも来ないだろうから、心を乱されない分いっそ平穏なくらいだ。


「どうか私には構わず。お願いですから」


 姫君はひたすら恐縮していた。

自分を匿っているから、ゼフィネさんやイアルが祭りになど行けない。

自分のせいで恒例行事の収穫の祝いを楽しめない、そう思い込んでいるらしい。


(うーん。俺等は祭りとか、別にどうでもいいんだけど?)


 姫君がこの辺境領に来て、初めての収穫祭だ。

ただし当然ながら、秘匿の客人である姫君は気軽に見物には行けない。

それでイアル達に気を遣われているのだと、深読みしたみたいである。


(にしても……祭りバージョンの姫様。可愛いなあ)


 しかし今日の姫君は、装いだけは祭り仕様になっていた。

ゼフィネさんの心尽くしだ。ゼフィネさんが若い頃の祭りのお洒落着に少しばかり手を入れた、ささやかでも晴れ着なのだった。


(女性って、着るものでこんなに印象が変わるんだ――)


 日頃は聡明でひたすら綺麗で美しい姫君が、すごく愛らしく見える。

 ブラウスに袖無しチュニックとスカート。それにエプロンの組み合わせはここ最近の日常着と変わりないのだが、襟周りには少々の刺繍が施され、生地をたっぷり使った二段切替のスカートは歩く度に下の段が花のように広がった。エプロンの方にはぐるりとフリルだって縫い付けてある。

 殆ど着用していない衣服だとかで、上下ともほぼ新品同様に見えた。

昔の型らしいが、少しも古臭い感じがしない。流行と言うのは何十年かするとぐるりと一周して戻ってくるとイヴが言っていたが、本当のようだ。

 勿論、それなりに手も加えてあった。姫君の就寝後にゼフィネさんが寸法を合わせて細かく直し、夜なべ仕事で刺繍とフリルを仕上げていたのを、イアルは知っている。


(このまま広場に行って踊ったら、まんま秋の冠娘とかに選ばれそう……)


 収穫祭では、街一番の美人に栄冠が贈られる。


 春は花祭り。秋には収穫祭。それぞれの季節に誰かが選ばれて、草花で造った冠を被せて「冠娘」と称えられるのだ。

 男余りの辺境領だから、常日頃から若い女性はそれだけでチヤホヤされていた。

ただでさえ眩しい存在なのに、収穫祭ともなれば女子達が団体で繰り出して来る。めいめい着飾って、姉妹や友人同士で連れ立って歩く様はそれは華やかだ。

 そして祭り最終日には、広場で大勢の若者達が輪になって踊る。

最後の曲が終わると、その年の冠娘が発表される習わしだった。冠を授けられるのは、踊りに参加した中で一番人気の女の子になると言われている。


 ちなみにこの皆で踊る恒例行事は、実は領都最大規模の婚活催し(イベント)でもあった。

辺境領では夏生まれの子供が多いという俗説がある。秋の収穫祭で知り合い、新年前後に結婚し、夏に第一子が誕生する――のだそうだ。


 冠娘の選考基準について、本当のトコロはイマイチ不明である。

 だが冠の効果は絶大だった。決してカネでは買えず、また特に秋の冠はより値打ちがあると言われている。春の花冠に比べると素材も仕上がりもいくぶん地味で、ハーブや麦の穂、それに葡萄を模した飾り等を編み込んだ素朴な冠ではある。

 だが毎年祭事委員が用意している秋の冠は、地味でも素朴でも、その威光は凄まじかった。これを貰った女性は一躍、時の人になる。もし家が商売でもしていたなら、たちまち千客万来の大繁盛が約束されることになるのだ。

 聞くところによると、直後の年末年始において売上が倍増するそうだ。

それで、秋の冠の方がありがたがられている。


(惜しいよなあ……ウチの姫様が祭りに行けないなんて)


 ゼフィネさんは侍女頭の頃から、衣装の趣味が良いことで知られていた。

そのゼフィネさんが用意したのだから、今日の姫君の装いは完璧だ。祭り着として、どこもかしこも全般誠に申し分ない。

 イアルの想像以上にゼフィネさんは、うら若い花の年頃の女子である姫君の、質素過ぎた修道女服姿に心を痛めていた。また、しまい込まれたドレス達をも残念に思っていたのだった。


 こんなに可愛いのに、街中で人に見せられない。

 全然来ないお館様はともかく、他の誰にも褒めてもらえない。


 イアルだって、とても残念に思った。



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