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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十一章 ウチの姫様は健気系

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うちの姫様は健気系 (割込みUP‼!)


 「おい、どうなってるんだよ」


 またもラウルがイアルに噛み付いた。

 例によって、姫君が洗濯物を干す時間である。さすがに秋めくと雑草も少なくなり、ラウルの草むしりごつこもめっきり減った。まあ振りなりにもちゃんと雑草は駆除していたので、畑も整然と保たれてはいる。

 そして今は薪割の作業に移行している。もう姫君から隠れることもない。


「どうなってる……って?」


 最近ではイアルもシーツを広げたり、取り込んだりを手伝う。

 そのことかな? けど、一人より二人でやる方が早いし。効率だっていいよ?


「とぼけんな」


 ラウルはカリカリしていた。

カリカリしながら薪割斧を振り下ろすのだけはやめて欲しいと、イアルは思う。

危ないったらない。


(もしか、()()()()だろうか――?)


 イアルはㇵッとした。心当たりがある。


 先日、イアルは騎士としてあるまじき失態を演じてしまった。

姫君と向かい合い、シーツをパンパンする時にくっついていた尺取り虫がもぞもぞ動いて、あろうことか「ぎゃああっ!」とのけ反ってしまったのだ。

 姫君はキャハハと笑って大ウケしていたけれど、イアル的にはとっても不覚。

はっきり恥辱モノ。それなりに凹むべき出来事である。咄嗟にラウルがいないか、周囲を見回したくらいだ。

 

(もしか、まさか。アレ見られてたのかっ⁈)


 今更、アレを怒られたりするんだろうか。しかも物騒な薪割斧とか持って?


「アイツだよ、アイツ――シグルだ」


 え。あ――そっち?


 安堵すると同時に、イアルは微妙な引っ掛かりを覚えた。

 シグル、とはお館様のことである。

シグルはお名のジークヴァルト様の愛称の一つだが、若い頃、仲間内では家名無しの単なる「シグル」で通しておられたらしい。


 ラウルはお館様の古株の配下。ではなくて、無頼の頃からの仲間――というのがより実情に近いようだった。嫡出ではないお館様には家督を継がれる以前、傭兵暮らしを送った時代がおありになる。貴族の庶子や嫡出でも下の方の息子達にはよくある経歴だが、お館様は頭一つも二つも抜けてたそうだ。

 ラウルも騎士団長も、その頃からの仲間である。騎士団内には他にも何名かいた。必ずしも役目は高くなくとも肝心な時、要所要所に配置されて多くを任されるのは、たいていそうした阿吽の呼吸で動ける腹心連中なのである。


「あの野郎、何で来ねえんだよ」


 ラウルだってかつてはともかく、今は辺境伯家の家臣として勤めている。

だから、普段は「お館様」呼びだ。それが何かの拍子に馴染の呼び名が出て、昔の話し方に戻ってしまう。イヴなんかが聞き咎めると、忖度せずに注意もされてる。

もっとも全然答えてないみたいだけど。


 ――それにしても。『あの野郎』って。仮にも主だよ?


「どうしていっぺんも会いに来やがらねえ」


 吐き捨てるように言って、ラウルは迷いない一撃で薪を叩き割る。

薪はもう、結構な量になっていた。


 ゼフィネさんの家に来てから、有にひと月以上経つ。

長かった残暑はもう過去のこと。季節は確実に移ろっていた。

 とっくに夏も終わってしまったというのに、この間お館様は一度も姫君に会いに来ていない。当の姫君はいいの、気にしないでと毎日を上機嫌で過ごしているが、周りは気にした。気にするなと言う方が無理だ。


 ――そりゃ、誰しも思うことは一緒だよなあ。


 姫君は健気だが、お館様は薄情過ぎる。


「俺だって――そう思ってますよ」


 普段は生返事しかしないイアルが同意したので、ラウルも意外に感じたようだ。ちょっと驚いたらしく、やや置いてから言った。


「……放っておくのは、ナシだろ。酷いだろが」


 可哀想じゃねえか。

俯いて小声で呟くので、イアルもびっくりしてしまった。


「驚いた。……ラウルさんが、そんなこと言うなんて」


 ケッ。ラウルは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「言いたくもなるさ」


 その後、一層小声になる。

 どうも――姫様に聞こえちゃまずい、のかな?


「気になるのは当たり前だろ。……あの姫さんを攫う時、俺も一枚嚙まされたんだからよ」


 ゲッ。何ですと?

 やっぱり。攫って来てたのか。マジか。


(今ドキ、略奪婚とか? 勘弁してくれよ)


 お館様、なんつう無茶を――って。一枚、噛む?


 じゃ――やっぱり。イーサン達も噛んでたワケか。


 古参のラウルを動員してまでお館様がそんな無体をされたのなら、近習のイーサンやエヴァンも必ず引き連れていたはずだ。この期に及んで、イアルは彼等に寄せられるその信頼を羨ましいなんて思ってしまう。


「あ、お前に声掛けしなかったのは、あれだぞ。信用してないとかじゃないぞ。

じゃなくて、ホラ。お前は嘘がつけないから。お前だと、出動前に顔付きで家宰殿にバレるだろ? だからだよ」


 ――家宰殿にも、黙って……?

 

 絶対に止められたくないから、滅茶苦茶ヤバいことだから、極秘で出動されたのか。実行するお館様もだが、付いて行く人間達も無茶苦茶である。


(信用されてたとしても、しっかり値踏みはされたんだよな――俺)


 確かに。イアルでは、内緒事とか隠し事は共有できない。

ラウルいわく、事前にバレたらマズいから、嘘が吐けないイアルは途中参加の形で、信用第一の護衛に呼ばれたのだそうだ。


 ソコは――喜んでもいい、のか?


 そうまでしてお連れした姫様を託されてるこの状況。誇っていいのか? 

そんな手間暇かけて、危ない橋を渡ってまでお館様が攫った大事な想い人を、俺は今この家で守ってる。コレ、相当胸張っていいよな。いいんだよな?


「一応は考えてんだよ。俺等もよ」


 万一、バレた時。その立場上、非常に宜しくないので、素知らぬ振りが巧くても騎士団長はあえて外された。ガタイがよすぎて何かと目立つエヴァンは、主に事後処理の力仕事の方に駆り出され、器用貧乏なイーサンは不眠不休でコキ使われた。――のだそうだ。今現在も、こうして引き続き酷使されているラウルによれば。


「……お前、あの小姓に訊いてみてやれよ」


 ――もしかして、シャールも嚙んでた口か? 


 シャールはほぼほぼ待機組。最後の方で、女手が要りそうな段になってからの出番だったそうだ。領境の砦の遣り手婆の手伝い――って、何だよ。それ? 

まるで意味がわからない。


「シャールも……気にはしてるみたいです」


 それは本当だ。シャールだって、姫君のことを気に掛けていた。

現にシャールは、お館からの使いの度に欠かさず花を持って来る。

 お館様からです――毎度そう言って渡しているが、イアルは違うと睨んでいる。お館様のことは尊敬しているが、絶対に女にマメに花を贈るような方ではない。

率直に、そう思う。

 確かに花は届く。しかし相変わらずお館様からの手紙はない。もちろん伝言もなかった。だから花はシャールが考えたことで、あれはきっとお館様になり代わって調達しているのに違いないのだ。


 お館様のお渡りがない姫君をシャールなりに気遣って――なのかどうかは、正直わからない。気遣いも心配りも、シャールの場合は純粋に業務用の技能だった。

 かつ対上役への専用機能として特化されているから、シャールの中でどこまでが拝命で、どこからが自発的なものかは謎ではある。


 「ありがとう。綺麗ね」


 姫君はいつも嬉しそうに受け取っている。


 けど――聡い姫様だ。薄々じゃなく勘付いてるみたいだしなあ。


(いくらなんでも、放置なんてあんまりだよ……)


 わざわざ攫ってきたくせに、何でほったらかすんだよ。

 しかも、もう手とか出してんだろ?


 『酷い男だ。あんなのはやめておけ』


 身内だったら、イアルは止める。絶対に止める。

なのに、そうしたくてもできない。だからもどかしい。口惜(くちお)しい。


「あの野郎、寸の間でも顔見せに来やがれってんだ」


 ラウルは倦まずにぶつぶつ言っていた。

柄にも無く、ラウルはずいぶんと姫君に肩入れしていた。

 疑似家族みたいな仮初の暮らしで、どうやら情が移ってしまったらしい。

そしてそれは、イアルにしても同じなのだった。


 夏の終わりに始まった、仮初の暮らし。館勤めを退いたゼフィネさんの隠居宅で、姫君を中心に過ぎて行くごく普通の日々。

 農家ではない農家風の家。祖母でも母でも伯母でもないゼフィネさん。

兄でも従兄でもない護衛騎士のイアル。どう見たって父親役には無理があるだろうラウル。

 全員で陰に日なたに姫君を守って、それに時々シャールが混じり、たまにイヴが乱入する。そうして姿を見せないお館様の影だけが、皆の心を掻き乱していく。

 姫君を囲む寄せ集めの即席家族。或いはその真似事のような暮らしをしながら、いつしか季節は一つ進んでいた。お館様が来ないままに晩夏が終わり、西の辺境領は秋を迎えようとしていた。



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