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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十一章 ウチの姫様は健気系

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遥かな草原 〜もうお嫁とかにも、たぶん行かない(2)


 姫君の口から、初めて中原と出たことにイアルは少しだけ驚いた。

郷里である中央の地に関した事柄には、てっきり触れたくないのだとばかり思い込んでいたのだ。どうやら望んで捨てたらしい場所の話題は避けるべきだと、勝手に察したつもりでもいた。


「草原の民達――遊牧して良馬を育てる、誇り高い民達が暮らす広大な地です」


 イアルも話にだけは聞いたことがある。

草原で育まれた駿馬は有名だった。日に千里を走るとか言われている。


「ただでさえ広い場所ですから。遊牧中にはお医者様なんて、まず行き合わないのです。だから常日頃から、毒消しやら薬になるものはとても貴重で」


 南方の砂漠の民達も遊牧をするはずだ。どんな暮らしぶりかは詳しくは知らないが、星を頼りに移動するという。流浪の民のように放浪生活と言うのではないらしく、ほぼ決まった季節に決まった場所を移動するそうだ。

 だが、特定の人間と望んだ時期に合流するのは難しいだろう。それはなんとなくイアルも想像が付いた。


「――でも、あそこの冬はものすごく寒いから」


 草原の冬は、時に天幕式の住居から出られない日が続くのだと姫君は言った。

猛吹雪になるとまった視界が効かなくなるのだそうだ。一歩外に出た瞬間に方向感覚を失い、死をも覚悟すると聞いてイアルは目を剥いた。ほぼ雪が降らない辺境領民には、考えも及ばない世界である。


「なんで――そんなにお詳しいのですか?」


 気付いたら、イアルは尋いてしまっていた。

何でもよくご存じだけど、まるで見て来たみたいな描写ではないか。


(もしかして。いらしたことがあるのだろうか?)


 イアルは家の裏手に繋いである馬のことを想い出していた。

地アタマが賢いのは存じ上げていたけれど、ホントに何でもできる姫君が馬の扱いさえも慣れていてビックリしたのだ。巧みと言うか、だいたい馬の方からして姫君が近付くと嬉し気に鼻面を寄せて来る。


 どうやら姫君は馬にも自在に乗れるらしかった。

しかも聞いていると、貴婦人のやる横乗りとかじゃないみたいなのだ。オソロシイことに。


「え。……でも私、大したコトないの。だって鞍がないと乗れないんだもの」


 (ソレ――どうゆうレベルっすか?)


 だがもちろん、間違ってもここで馬にお乗せしたりはできない。

 考えただけで背筋に寒たいモノが走るので、この馬は毎日ラウルが運動はさせてますよとさりげにお伝えしておいた。イアルなりのせいいっぱいの牽制。あくまで予防的措置である。



「昔……しばらく草原にいたことがあるの」

「え」


 やっぱり。イアルの疑念と驚愕はこの時点で半ばは解消された。

ドレスやスカートでは早駆けなんぞできないだろうが、確かに遊牧の民の装束なら乗馬に適している。草原仕込みかよ。恐れ入った。


 ――でも、何で草原に?


 新たな疑念が頭をもたげる。

イアルのなんで? は露骨に顔に出ていたらしい。実際に首を傾げる様子に、姫君が苦笑した。


「ほんの二年程、かしらね。まだ子供の頃の話よ」


 もしか――攫われてたりしたのか?


 ハタと思い付いて口を噤むも、もう遅い。さっきからゼフィネさんは窘めるようなそぶりをしていたのに、イアルは気付いていなかった。


 どうやらウチのお館様に攫われて来たらしい姫君である。


(まあ、そっちは合意の上らしいけれども)


 暗い予感にハラハラするイアルに、姫君の次の言葉が降って来た。


「――人質にやられていたの」


 ゼフィネさんが、ああ・もう! という目をした。

 聞いてはいけなかったのだ、ようやくイアルは思い至った。お気軽に触れていい話題ではなかった。


 とても尋常な状況ではない。


 女性を人質になど出しはしない。花嫁として送り出すのはまた別なのだ。

 同盟とか協定の仕上げに婚姻を結ぶことはままある。実際に、そうして多くの女性達が嫁いでいる。だがそれはあくまで結婚であって、建前上でも人質ではない。それに婚家と敵対すれば、女性は実家に送り返される。

 しかも、往々に争いになる異民族の地なのである。そこへ女性を、それも子供を人質に出すなんて普通ならば有り得なかった。


 それに無事に返されたとて――


 実際、姫君は帰されたわけだが、後々どんな境遇に陥るだろうか。

 子供とは言え。帰って来た女の子が周りにどんな目で見られるか。どういう扱いをされるか。考えただけで、イアルは胸が塞がる思いがする。

 他所は、辺境領などより余程保守的で閉鎖的なのだ。たとえ幼くとも、遊牧の民の間にいた娘が戻って、まともな待遇を受けられるわけがなかった。


(どれだけ人でなしなんだよ――)


 娘から縁切りされる実家。とてもまともではなさそうな子爵家が、どれだけロクでもないか。その酷さ加減が透けて見える気がした。姫君が、なんで自分から家を捨てたくなるのか。もうこれだけで詳しい説明は要らないとイアルは思った。


「でもね。草原の民はとても情が深い。私はよくしてもらったわ」


 嘘だ――


 お館様にあてて「大事にされて機嫌よくしています」なんて、伝言を託すような姫君だ。人質が厚遇されたはずなどないだろうに。


「本当よ? 実家にいるよりも、遥かによくしてくれた」


 姫君は草原(むこう)にはきょうだい分もできたのだと言ったが、イアルにはにわかに信じがたい。


 それは比較の段が悪過ぎるからです――

 突き上げてくる憤りを、イアルは無理矢理にも呑み込んだ。



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