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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十一章 ウチの姫様は健気系

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遥かな草原 〜もうお嫁とかにも、たぶん行かない(1)


 (なんか――やっぱ俺、こっちのが好きかも)


 イアルはここ最近のお昼の定番、平パンサンドを頬張りながら思う。

本日は「当たり」の日、姫君のお手製回である。


 この家の女性達は二人でパンだって捏ねる。ゼフィネさんは日常的に村には顔を出さないから、集落共有のパン窯は使わない。それで、ジョシュが市で買って来てくれるパンがなくなると、食卓に出るのはいつも家の竈でも焼ける平パンになる。

 本職の作るパンみたいに日持ちはしないが、素朴な風味で焼き立てなどなかなかイケる。これにや豆や野菜類、チーズや時にハムなんかを挟んだ平パンサンドが、イアル達の昼食だった。 

 

(やった。今日は姫様の方だ)


 正直、姫君の受け持ち回の方が嬉しい。時間が経っても野菜から水が出てビチャッとならない。何か工夫があるみたいだ。


 何でも出来ちゃって何でもやってた姫君だが、料理が一番好きだったようだ。

しかもとても上手だった。

 ゼフィネさんと一緒に日々の食事も拵えてくれて、おかげでイアルは毎日食事が楽しみになった。胃袋とは正直なもので、初めの内こそイアルもラウルも姫君の手料理に恐縮していたのに、じき喜んで食べるようになっていた。


 ゼフィネさんの用意してくれる料理は良くも悪くも伝統食。いわゆるおふくろの味だ。しかし同じ献立でも、姫君の手になると少々風味が違ってくる。

 勿論どちらも旨い。だが姫君のシチューやスープはハーブがより香り高く、肉類もずっと柔らかく感じられる。

 何故なのだろう? イアルなりによく注意して見ていると、ハーブなり調味油なりを投入する間合いが微妙に異なる気がする。また姫君は、火加減もこまめに調整していた。だからなのだろうか。



 「あ、ら。お上手」

 

 最初に姫君のスープを味見した際、ゼフィネさんさえも目を丸くして褒めたものだ。


「これならいつでも――」


 しかし言いかけて、ゼフィネさんはすぐに言い淀んでしまった。続けると、ちょっと切ない話になりそうだったからだ。


「お嫁に行けそう、でしょう?」


 うふふ。姫君が屈託なくその後を拾った。


「まあ、私がお嫁に行くことは、もうないのですけれどね」


 あんまりコロコロ無邪気に笑うので、ゼフィネさんは逆に言葉に詰まってしまった。当然、イアルだって押し黙る。

 ゼフィネさんは、姫君を預かる(はな)から委細承知していたようだ。

既にもう――お館様の想われ者なのだと。

 要はお手付き候補とかではなくて。既にお手が付いた娘さんなわけで。

かつ、お館様が『生涯、傍に置く』おつもりらしい、ガチの相手。

 何処へもやらんとお館様が公言されているのだ。

まともに考えて今更、ヨソに普通に嫁に行けるはずがない。

 

 ここいらを考える程、イアルは胸が痛む。


 家も身分も自ら捨てた。そのうえ名前さえ棄てて来たらしい訳アリの姫君のこの先を、容易く思い浮かべてしまえるからだ。

 人並に嫁ぐのと同じくらい、お館様に伴侶として添える未来が描けない。

姫君が西の辺境伯、エルンスト本家当主であるお館様の正妻に納まるという明るい絵図。そんなのが実現する可能性は、限りなく低かった。無邪気にめでたしめでたし、と結婚式で終わる物語的結末は、世間知のないイアルでさえ想像しづらい。

 だから、イアルも皆もココロが痛いのだ。




 「あ・つっ……」


 炉の火にかけた夕食のスープ鍋を取ろうとして、姫君が咄嗟に手を引っ込めた。


「ダ、ダイジョウブですかっ⁈」


 イアルは慌てた。そんなの、俺がやるのに。だがイアルが駆け寄るより先に、ゼフィネさんがテキパキと水で冷やしにかかった。


「大したことはありません。うっかり素手で無精をしてしまって……」


 そう言われても、姫君はお館様からの大事な預かりものである。

かすり傷でも大ごとだとイアルは肝を冷やした。


「アーロがありますから」


 ゼフィネさんは落ち着いていた。

しばらく水で冷やした後、アーロの葉先を千切ってその乳白色の果肉を火傷に当ててやる。


「しばらく押さえておいでなさいませ。少々の皮膚の赤味なんて、それですぐに引きますよ」


 ゼフィネさんの言う通りだった。わずかな間で火ぶくれはきれいに消えた。ほぼ元通りだ。


「すごい――」

「ふふふ。役に立ちますでしょう?」


 ゼフィネさんは笑った。


「アーロは一家に一鉢あると、それは重宝するのですよ。軽い傷ならコレが万能。優れモノなのです。丈夫で、水やりもごくたまにすればよい。土も選びませんし。ほら」

「本当に……」


 アーロを植えた鉢の土は小石交じりで、とても栽培に良さそうな土ではない。

それでもアーロは青々としている。


「このアーロって、何処でも育つのでしょうか?」

「ええ。そうですわね。寒さにだけは弱いですけれど」

「寒さには、弱い――」


 姫君はちょっとだけ、遠い目をした。


「なら――草原では無理なのかしら……」

「草原?」

「ええ。中原よりも東の。……大草原、です」



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