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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
【そのメイド、敏腕につき】③

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唯一無二のEだけど、イヴは皆が心配になる


 あかん――コイツ等、わかってんのか?


 その午後、イヴはクラクラと眩暈がした。


 前侍女頭ゼフィネさんの隠居宅へ訪れると、屋外でラウルが昼を食べていた。

この家への訪問も定期的になったので、もうたいていのことでは驚かない――つもりでいた。

 ラウルの姿は最早、風景に溶け込んでいる。それで意識せずともイヴの視界に入り込んだ。だが、その昼食を包む布の方には自然と目が引き寄せられてしまった。

 上質そうな綿布。だが視覚が引っ掛かったのは施された刺繍の方で、さらに目を凝らせばそれはラウルのイニシャルなのだった。およそおっさんにはそぐわない洒落た装飾。目立つ刺繍は赤である。


 え? ラウルだよね? 何でどうして? 

 こんなオッサンが。あんなの使ってるとか、何? 


 コワそうな顔に似合わず、ラウルが意外とお茶目らしいのは承知している。

誠に口が悪いが、指摘すると毎回『お前にだけは言われたかねえよ』と律儀に返しやがるのだ。先輩諸氏はあれを茶目っ気だと言い、可愛気だとまで宣うが、イヴ的にはとうていその境地には辿り着けそうになかった。


(なんだろう、この得も知れぬ違和感)


 似合わない。絶対。似合わな過ぎる。いっそ気持ち悪いぞ。


 そう思っていたら、屋内ではなんとイアルが同じような物を使っていた。

やはり四隅に刺繍がしてある。こちらは藍青の糸でイニシャルE。

 もう嫌な予感しかしなかった。


「あんた、それ――」

「うん。拵えてくださった」

「は?」


 イヴは知っている。これはプレイスマットというのだ。

食事の際に使う、個人版の縮小テーブルクロスみたいなやつである。でも。


「男性陣は、イニシャルだけの方がいいというのよね。まあ欲の無いこと」


 テーブルに広げられたゼフィネさんのものらしいプレイスマットは、四方ぐるりと可愛いらしい刺繍で縁取られていた。

 赤い糸で小さなモチーフをひたすら繰り返し、草花などを表現するこうした刺繍は、辺境領よりも東の地域に見られる特徴的な装飾だったはずだ。確か、女性達が家族の使う日用品をこんな風に拵える。根気の要る手仕事だから、物産品として贖おうとすればそれなりに値も張ったと記憶している。


「あ、あの。これって――」

「次はイヴの分を作りましょうか」


 台所に姫君が登場した。


「だってイヴはずっと来てくれるのでしょう?」


 はい。え? って。もしか、まさか?


「……コレ。姫様のお手製、ですか?」

「そうよ」


 姫君はさも当然のように答える。


「よく来てくれるから、ホントはシャールのも用意したかったのだけど。やっぱりイニシャルだけのがいいのかしら? と思って予め聞いてみたら、先に断られちゃったの。シャールはこの家では絶対に飲み食いしないから、どうかお気遣いは無用に願いますって。なんだかものすごい勢いだったわ」

「―――」


 そりゃそうだろ。

肝心のお館様を差し置いて、小姓が姫様の手製の品なんて貰えるものか。

 つまり、イアルやラウルがおかしいのだ。

 こいつ等、常識が無さ過ぎる。弁えろ! この脳筋どもがっ。


「て。姫様――その格好、」

「あ。そうなの、イヴが用意してくれた普段着よ。おかげでとても重宝してるわ。どう? 似合う?」

 

 姫君はくるりと無邪気に回って見せた。

 ザ・村娘スタイル。短いブラウスとチュニック、何の変哲もないスカートは足首の出る活動的な丈。伸びかけた髪は後ろで一つにまとめて、青いリボンを結んでいる。そこだけが華やかな、女の子らしいおしゃれ。だから余計に目を惹く。

 とっても可愛いですよ。いや、可愛いけどさ。


「な、何をなさってるんですか?」

「今? 今はちょうど、パンの仕込みが終わったところ。それから、まさに今これから外の洗濯物をひっくり返しに行くところ」

「は、はいいっ⁈」


 これにはさすがのイヴも慌てた。


「な、何てことをしてるんですかっっ」

「家のことだけど?」


 姫君は不思議そうに答える。何を聞くの? そういう顔だ。


「あ、大丈夫。家宰殿から借りた書籍もちゃんと読んでいるから。

でも夜更かしせずにちゃんと早く寝ているわ。無理とかはしてない。普通の生活を普通に送っているだけなのよ?」

「ゼ、ゼフィネさまぁっ」


 イヴはゼフィネさんを直視した。放置してるんですか、これ⁈


「いいんじゃなくて? ここにおられる間くらい」

「って。何で止めないんですかっっ」

「別に。いちいちお館様のお許しなんて要らないでしょう?」

「そ、そんな……っっっ」


 滅茶苦茶だ。あなた、前は館の侍女頭殿でしたよね?

あたし等の頂点に燦然と君臨し続けた、超々厳しい無敵の鬼上司でしたよねっ⁉


「ふん。あんな、いつ来るかわからない人」


 ゼフィネさんは吐き捨てた。


 うっわ。根に持ってる? 

 絶対、こないだお館様がすっぽかしたこと根に持ってますねっ?!


「とんだ()()()()()()だわよ」


 ゼフィネさんは鼻息荒く命名した。それを聞いた姫君がコロコロと面白そうに笑う。


 こ、ここそんなに笑うトコですかっ?


「か、家宰殿は――」

「うーん。知ってると思うけど」


 姫君は小首を傾げた。

 う。子猫みたい。なんか、可愛い――ううっ。いや、違う。そうじゃなくて!


「は、いぃ⁉」

「だって。シャールは知ってるわよ? 何にも言わないけどね」

「⁈ って。って……」


 あかん。この人達、完璧に感覚が麻痺してる。


 イヴは眩暈を覚えた。


 ここへ来るまでだってモヤモヤしていたのだ。

 最近ずっとだ。この頃は胸に思うトコロがあってしょうがなかった。

おまけにザワザワもしていた。  

 それは姫君があまりにも健気に気丈に振る舞っているように思えたからであり、さらには姫君がこの家の暮らしにいたく馴染んでいるのが見えたからである。

 加えて「もしやお館様不在のこの状態に慣れきってるんじゃありません?」とか不吉な予感が過るからだった。


(お館様ってば。いい加減、ウンとかスンとか言っとかないと――)


 主が手紙を書かない人なのは知っている。

業務用の大事な手紙さえ、最低限しか書こうとしない。

 だが毎回シャールに「アイシャはどうしていた?」と尋ねていて、お館様なりに気に掛けているのも重々承知していた。

 なのに、言付けとか一切頼んでなさそうなのも。


 (コレ……もう絶対ヤバいっ。ヘタすりゃ逃げられるよ。お館様!?)


 だがイヴは早々に、この場での糾弾を諦めた。

 この事態は知らない振りをするか、それとも家宰殿経由でお館様のお耳に入れるべきなのか。


 とりあえず、館に戻ってからサルダーニャと相談しよう。


 かろうじてイヴはそう決めた。

きっと、実直な現侍女頭ならイヴと一緒に悩んでくれるはずである。

 もうゼフィネ様の下に就くのはしんどいと思うイヴだが、時々ゼフィネさんの許へ通って来るのさえ、精神的負荷キツクてしんど過ぎるわと痛感するのだった。



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