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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十章 お館様、あんまりです!!

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賢い姫君達(2)


「誰が考えたんだろう――思い付いたヤツ、凄いな」


 高級綿布を捌く用途と販売手法。お見事だ。

そこにもイアルは素直に感心した。それでつい率直過ぎる感想を述べてしまった。ヤツ、なんてあまり好ましくない物言いではある。

 ふと気付けば、ゼフィネさんも黙って姫君の話に耳を傾けている。こわごわチラ見して、特に怒られなさそうなのでイアルはホッとした。


「誰が初めに言い出したのか、その発案者は知らないけれど」


 ゼフィネさんと目が合ったらしい姫君は、逸れ掛けたまま再び話を進める。


「どんなふうにして綿生地ナプキンを製造するのか、その後はどうやって売るのか。大量在庫を解消させて、傾きかけた商会業の梃入れを図っておられた方なら、よく知っているわ」

「――そう、なんですか?」


 ええ。姫君は愉し気に頷いた。


「ナプキン文化を展開する戦略を考え出された方をね。その方がとても腐心して、工夫されたのも。公都の外にお輿入れしていく令嬢達に、公国発の洗練された宮廷文化への憧れを搔き立ててもらえるよう託されたのも、その方のお考えだもの」

「――お知り合い、なんですか?」


 姫君はふふふと笑い、それ以上具体的には教えてくれなかった。

 きっと仲良しなんだな、とイアルは思った。


 間違っても、先の奥方様ではなさそうだ。


 公国の肝煎りで新しい食卓文化を普及する。あの大公姫にそんな遠大な志があったなら、もうチョイ別のやり方をしていたろう。

 

(あの方は、西の辺境領に来てやったと思ってたんだろうな――)


 でなければ、もう少し馴染む努力をしたはずだ。

 承知の上で来ておいて、ここが公都ではないことに最後まで納得しなかった。

辺境領で公都流を押し通せるはずもない。あれがないこれがないと、いちいち不足を並べ立てたところで何にもならなかったのに。

 先の奥方様が辺境領での行儀作法を大仰に咎めだて、侍女頭サルダーニャをうんざりさせた話は有名だ。聞きしに勝る田舎よと呆れ、さも無作法な蛮地だと嘆いて、家宰殿までが鼻白んだと漏れ聞いている。


 イアルは別に、嫁した女性が家と夫に媚びるべきだなんて思わない。

だがせめてもの礼儀として、歩み寄る姿勢だけでも見せて欲しかったと思うのだ。

 それだけでもできていたら、お館様との関係だって変わった気がする。

夫の心をガッチリ掴むのは無理でも、夫に妻を庇う素振りくらいはしてもらえたのではないだろうか。


 あの時、お館様は躊躇いもなくラウルを取った。

 不出来の細君より、旧来の仲間を守る方を選んだ。イアルの理性はそれを当然のご判断だと考える。反面、心情は微かに傾く。一顧だにせず切り捨てられた方は、そりゃ辛いよなと同情の念が疼くからだ。


(まあ、もう済んだ話だ……)


 大公姫はとうに去った。悪評以外に彼女がこの地の果てに残せたのは、ナプキンを使う食卓文化だけである。皮肉なことだ。


(もしかして――)


 唐突にイアルが連想した「誰か」は、負傷した護衛騎士の主である。

姫君が友と呼んで擁護した、気の毒な護衛騎士の。もしや彼の本来の主のことではないのだろうか。

 姫君の仲良しで腕利きの戦略担当。ひょっとして、かの騎士が誓いを捧げた唯一無二の貴婦人がそうなのか。何故かイアルはそんな気がした。


 イアルの直感は当たっていた。

その辣腕の戦略策定者こそは姫君が敬愛する女性だった。そして二人は聖ソフィア女子修道院で互いに姉妹の誓いを交わした仲でもあったのだが、イアルはまだそこいらへんの事情を知らない。

 超手強い姉貴分の襲来はもう少し先である。


 イアルはただ、端々で姫君とお館様に共通点を感じていた。


 そしてこの時は、姫君をこそ規格外なのだと思っていた。

イヴとかとはまた別の意味で、ちょっと斜め上の存在だと。だが姫君の登場以降、姫君に連なる女性達はことごとくイアルの固定観念を覆すことになる。

 「ウチの姫様はまだ可愛い方だった……」

 そう痛感する日が遠くないことを、未だイアルは思いもよらない。

 世界は広く、まるでお館様の女性版みたいな存在が複数いるだなんて、予想だにしていなかった。



「凄いですね……」

「うーん。それはそうなんだけど」


 姫君は微苦笑した。


「でもねえ。そうそう思ったようにはいかないものなのよ」

「へ?」


 また腑抜けた相槌をしてしまって、イアルはまたしてもゼフィネさんの視線を感じた。次は怒られる。意識して気を引き締めねば。


「高級綿布って素材は、そもそもそう磨り切れたりしないのよ。だから、あちこちのお屋敷で初回は大量購入してくれるのだけど、以降はあまり頻繁には買い換えてもらえない」

「あはは」


 不覚にもイアルは笑ってしまった。姫君もにっこりする。


 ――面白いな。

 なんか面白いや。はじめはあんまり興味が湧かなくて、目が点になるばかりだったけど。それに何気にためになりそうだし。


「だから、次の手がコレなのね」


 姫君は手許の針山を示した。針には、イアル達のプレイスマットを彩った刺繍糸が付いたままだ。


「刺繍――です、か?」

「そう」


 姫君はまたにっこりとした。


「ナプキンにね。家紋とか家名のイニシャルとか、そういうものを入れて売るの。付加価値をつけて新たな買替需要を喚起する、というのが次の作戦」

「へえ――」


 勿論、手間の分だけ無地よりも値が張ると姫君は言う。


「最近ではナプキン本体の縫製と装飾の刺繍を分業にして、修道院で刺繍だけを請け負ったりもしているの。それが修道院に身を寄せる人達の大切な収入にもなっている。当初は予想していなかった副産物かしらね」


 (姫様も、内職で刺繍なんてしてたんだろうか……?)


 有名な聖ソフィア女子修道院について、イアルはあまり多くを知らない。


 大陸初、つまり最古のドミネ教女子修道院であり、聖母教会の頂点に位置しているということ。世にあまねく轟いた『駆け込み聖堂』の異名は、そこが唯一女性からの離婚申立が可能な公的機関であるからだ、ということ。


 ――他所じゃあ亭主が嫁さんを殴っても罰せられない。

 だから『駆け込み聖堂』みたいな場所が要るんだよな。


 辺境領ではあまり見ないだけで、夫の暴力に晒される妻は珍しくないと言う。

 イアル達にはまず考えられない事態である。

 これまで当地で聖ソフィアの『駆け込み聖堂』たる特殊機能があまり話題にならなかったのは、他所と違って当地では家庭内の暴力沙汰がそのまま離婚に直結するからだ。


 ここでは夫婦間暴力に限っては、比較的容易に離婚できた。

 仮に夫が妻に暴力を振るえば、三回目で即離婚が成立する。

これは親告制で裁判にすらならない。習慣法として前から機能していたのだが、今のお館様になってから明文化されていた。だから暴力夫は漏れなく妻から捨てられる。そして男はゴロゴロ余っているので、二度と次の妻なんて来ないのである。

 事実証明要件もいたって簡潔だった。親類縁者や隣近所の証言で事足りる。

昨今では見て見ぬ振りをした周囲も厳しく罪に問われるから、目撃者は既定に則り遅滞なく通報せねばならない。

 だから当地での課題は離婚自体の可否ではなく、むしろ夫側への冤罪対策だった。もし既存の夫を捨てて新しい男に乗り換えたいと企てれば、お手軽に捏造もできてしまうからだ。


(必死の思いで駆け込んで、さらに二年も待つのか)


 夫との離縁を求めて聖ソフィアに辿り着いた女性達は、去り状と呼ばれる離縁状を出す。世間一般では識字率も決して高くないそうだから、たいていは聖ソフィアの修道女達が代筆してくれるものらしい。

 その後は修道院内で定められた期間を過ごす。俗に「祈りと奉仕の期間」と言われる、見習い修道女としての修養の二年である。


 イアルの基礎知識はそのくらいだった。

従って、彼の地での生活習慣も詳しくは知らなかった。どうやら二年の修養期間はめいめいが修道院の仕事に従事することで、日々の糧を得るようだ。


(身一つで聖ソフィアへ逃げてくる女性も……少なくないって聞いたな)

 

 着のみ着のままで駆け込んだら、その後の生活費は自分で稼がねばならないだろう。そこはイアルにも想像が付いた。


 イアルの知る一般的な修道院には、困窮している印象はなかった。

そもそもがいい所の娘さん達がある程度の財を持って行く場所だと思っている。


 『薄幸』という失礼千万な思い込みがつきまといはしても、必ずしも修道女達が貧しいとは思っていなかった。今まで暮らしぶりや生活水準を知る機会もなかったし、彼女達がどうやって食べていってるかなんて、考えたことすらなかったのだ。


「………」


 ふと気付けばゼフィネさんの針仕事の手が止まり、何やら真剣な面持ちをしていた。柔和なはずの目は、決して笑ってはいなかった。



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