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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十章 お館様、あんまりです!!

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賢い姫君達(1)


 公国貴族ってバカばっかなのか?


 イアルは率直にそう思った。だいたいがして親玉の現大公からして大バカだし。辺境伯家とも浅からぬ因縁の大公家は言わずもがな。こないだから話題に出てくる侯爵家にしろ、過去に辺境領中で大顰蹙を買った陰湿で執拗な子爵家にしろ、どいつもこいつもお題目と体面ばかり。

 

 そもそも商会が傾くほどの仕入れの大失態って。

普通に馘が飛ぶだろ。ヘタ打ち過ぎだ。ホントにバッカじゃなかろうか。


(確か、姫様の実家も公国の子爵家なんだよな)


 アレも聞けば聞くほどヒドイ。娘の方から縁切りされる実家。そこには問題しか感じない。当の娘である姫君を直接知るからこそ、そう思う。


「でもね。対処の仕方は本当に素晴らしい」


 ただし、姫君の話はもう次の段階へと移っていた。


「食卓用の綿ナプキン。実際、これはよく考えられていると思うのよ」


 その口調はいたって真剣だ。そのまま冷静な分析が始まる。


「まず一つは、元手の問題ね」


 元手? いや、元手って――げにやんごとなき姫君が使う言葉だろうか。


「例えば、よ。何か綿生地を使う新規事業を起ち上げるとするでしょう。

仮にそれが衣服で、とにかくたくさん作る必要があるのだとして。先に作業場所から確保しなくちゃいけないわ。それに腕の良い縫子だって何人も揃えなきゃ。

 場所と人。これって、けっこうな掛かりよね? 既存の工房を使うにしたって、掛かりが嵩むからおんなじよ」


 掛かり。仮にもお姫様が、掛かりなんて言います? おまけにそれが嵩むとか。


「でも、よ。綿生地で作るのがナプキンなら、どうかしら? そんなに広い作業場所は必要? 腕利きの仕立職人が大勢要る? 逆に言うと、家での内職仕事には持ってこいじゃないかしら?」


 今度は内職と来た。イアルでも日常的には使わない単語である。


「予め綿生地を正方形に裁断して配っておけばいいのだもの。それを少しずつ縫って仕上げてもらう。内容自体は直線縫いの繰り返しよ。仕立職人並みの技量でなくとも、裁縫の出来る人にはわりと取っ付き易い内職だわ」


 それはそうかも、だけど。


「工房なんて用意しなくていいし、内職なら比較的にも人手を押さえやすくなる。つまり設備投資のために新たに注ぎ込む元手は、最小限で済むというわけ」


 設備投資――この姫君、いったい修道院でどういうことを習ってたんだろうか。

ともあれイアルは黙って聞くことにした。とりあえず、単語に反応するのはやめとこう。


「内職を請ける方にしても、新規注文はありがたいと思うのよ。現金収入って貴重だもの。それが単発ではなく続いて行くなら、なおありがたいはず。手間賃仕事も継続すれば、新たな雇用を生み出すことになるのかも知れない」


 確か――新たな雇用とかって、お館様が領内に新街道を敷かれる工事の時に仰っていた気がする。日当を払って大勢の工夫を雇う。それが大事なんだと。


「空いた時間に家でコツコツできる内職仕事を、途切れずに受発注する。続けて、ってところが一番大事なのよ。内職の主な担い手は女性で、未亡人や小さい子を抱えている人が少なくない。だから固定した収入源になるというのは、何より肝心」


 え? ちょっと待って。それって、内職で生活してるって前提なのか?

 イアルには予想外の話の流れである。


「仕事が決まって入れば定収入になるでしょう。ここが要。いずれ大きな儲けは期待できないかもだけど、安定した収入の柱になり得る。それが重要なのよ。そういうのが幾つかあれば、きっとか細いなりにも束ねることで芯柱になるはずだから。日々の暮らしを支えてくれる芯柱に、ね」

「………」


 もう――なんか。目からウロコだ。

 誰にも頼れず、女の細腕一つで生計を立てる健気な後家さんなんて、イアルは見たことがなかった。少なくとも今まで周囲には見当たらなかったと思う。

 男余りの辺境領では、未亡人は再縁相手に事欠かない。亭主の葬式の翌日には再婚話が舞い込むと言われる土地柄である。子連れだろうと関係なし。ある程度までの年齢の女性なら、選り好みさえしなければすぐにも次が見付かる。だから路頭に迷うことはない。最低限でも食うには困らないはずだ。苦労してやつれた顔を、イアルはパッと思い浮かべることができなかった。


「あと二つめが、歩留まり」


 姫君は話を本筋に戻した。イアルはもう耳慣れない単語でもツッコまない。


「正方形のナプキンだと、衣服と違って無駄な端切れはほとんど出ないのよ。

出たとしても少ないなりにそこそこ同じ形になるしね。だから余りは余りで、繋ぐとか紐状に縫い合わせるとかして別の用途に再利用できる。材料の無駄がないなんて願ったり叶ったり。これって、すごく大きいと思わない?」


 なる――ほど。そうかも。だが、まだあった。


「第三には、毎日使うナプキンが消耗品だということ。消耗品なら一定期間で買い替えるって皮算用が可能なわけ。染めない白地のままで製品にするのも、あえてなのよ。染めの工程がいらないだけじゃなくて、白だと汚れが目立って繰り返し洗濯するから、早くに擦り切れるはず。そう考えたのね。いったん需要が確立してしまえば、繰り返し安定した利益が見込めるだろう。うまくすれば一大産業に成長する――そういう目論見」

「………」


 さらりサラサラ説明されているけど。これ、けっこう難しい話なんじゃ?

 なのに、話し方が上手なんだな。イアルもよく内容を呑み込めた。お姫様の話題として適切かどうかはさて置いて。  


 だが教会で聞かされる司祭の説教みたいな、胡散臭い煙に巻かれた感は覚えなかった。あっちは納得できなすぎて、毎度毎度腑に落ちなすぎるのだ。もしか騙されてんのかと、自然心の声が湧き上がってしまう。


(ウチの姫様って、メチャ賢いよな)


 とにかくよく物をご存知だ。イアルよりもずっと年若のはずなのに、姫君の知る世間、見えている世界は、イアルのものより遥かに広いような気がする。

 

「それで洗練された上流の作法としてのナプキン文化を広めようと、公国貴族の一部の人達は普及に躍起なの。でもそれも最近のこと。せいぜいここ五年くらいの話だそうよ」

「――そう、なんですか」


(アレに、そういう背景があったとは)


 へえ。イアルはいたく感心した。ほお。そうなのか。ふうん。

 だけど、ところどころ「いいのか?」とも思う。

設備投資とか歩留まりとか一大産業とか。さらには内職だの現金収入だの。

ソレ、姫君的に相応しい話題なんですか? とか思ってしまうのだ。うら若い姫様がこんなこと熱く語っていいのだろうかと、そこらへんが気に掛かる。


(まさか、お館様とこんな話はしてないよな……?)


 それではまるで仕事仲間だ。それじゃ色気なさ過ぎだろ。


 お願いだから、二人の時にはこういう話はやめといて欲しい。

 イアルはなんとなく心配になってきた。



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