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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第十章 お館様、あんまりです!!

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高級綿布の捌き方 


 (修道院ご出身というのは、実は実務能力が高いのでは?)


 修道院すなわち可哀想な娘さん。

イアルのこのたぶんに偏見的な固定観念は、今や塗り替えられつつある。


 (アタマ良いのは知ってたけど――)


 それはこの家の賢いお姫様が、何気にできることを示し続けているからだ。


 程なく姫君は、家のことにも如何なくその手腕を発揮するようになった。

 もしかしたら形から入る性質だったのかもしれない。服装(なり)同様、姫君はそれまでとはガラリと暮らしぶりを一変させ、ゼフィネさんと仲良く家事に励んでいる。

 どうやら『客人』を辞めることにしたらしいのだと、遅ればせながらもイアルは理解した。


 元より苦ではなかったらしい。修道院で慣れている。むしろゼフィネさんだけにやらせる方が心苦しかったのだそうだ。去り際にご本人がそう明かしていた。

 母親との記憶がない姫君の秘めたる願いは、育ててくれたサシャばあやと一緒に暮らすことだった。強欲な子爵家に末子の乳母として奪われたばあやを取り返し、ともに住める日をひたすら待ち望んだのだと言う。

 長いことその生活を想像していたの、と姫君は振り返っていた。

「郷里に残るばあやとはもう叶わないでしょうけれど」

 図らずもここでゼフィネさんと普通の暮らしを送ることになって、とても嬉しく楽しかったのだと。罪作りな優しい言葉を残して別れた姫君は、後で想い出させてゼフィネさんを幾度も泣かせた。

 

(聖ソフィアって、諸々有名で敷居も高そうだけど。やっぱ修道院の中でもダンチなのかな)


 大陸最古の女子修道院にして最高峰。世に名高い『駆け込み聖堂』。

 いかなる教えのなせるわざなのか。姫君は家事全般手際がよく、何でもこなせた。掃除も嫌いではなかったみたいだ。お姫様でも部屋の掃除は自分でしたし、家の掃除だって進んでやった。

 お姫様なのに、寝具を自分で取り替えて自分で洗う。天気がよければ、洗濯物は外干しにした。その際は必ず、イアルがお供して及ばずながら助手を務める。まあよく言えば、昔取った杵柄だったので。


(俺もラウルのおっさんも、自分の洗濯くらいは自分でやってるけど)


 自分達はこんなにキレイに洗えているだろうか。

 姫君の洗った物は眩しい程キレイだ。ここには騎士見習いも下働きの少年達もいないから、男二人は自分の汚れ物は自分で片す。まさかゼフィネさんにお願いするわけにはいかないし、まして姫君になんて論外である。


 だけど姫君の仕事はすごく丁寧な気がする。

 修道院の躾って、やっぱメチャ厳しいんだろうな。


 ただし、必然的に姫君は非常に忙しくなった。

なのでプレイスマットを仕上げた姫君が「次はナプキンにする?」と聞いてくれた時、イアルとしては謹んでご辞退申しあげた次第である。




 「あら。そんな、遠慮しないで?」


 ゼフィネさんは「プレイスマットほどに刺繍は要りませんよ」なんて宣うたが、イアルは遠慮した。さすがにそこまで厚かましくなれない。


「いえ。食事にナプキンなんて使うのは、貴族だけでしょうし……」


 それもイアルの認識では公国貴族。いわゆる都会の貴族限定だ。

てか、ごく上つ方のお上品な作法なのでは?

 この時期、ナプキンを使うテーブルマナーはまだ一般には浸透していなかった。この辺境領でそんな作法を採っているのは、領主館くらいである。かつせいぜいがエライさん以上の話だ。この家では女性達が綿地のナプキンを使うが、依然わりと新鮮な情景ではある。


「そうなの?」


 姫君は何かを考えるような表情をした。


「じゃあ――まださほど商品としての需要はないカンジ?」

「はあ……」


 ナプキンどころか、街中の食堂にはテーブルクロスすらない。

西の辺境領は石鹸が特産品なので、手洗い習慣が根付いているというのもある。

 当代お館様以降は西海から海藻の灰が調達しやすくなり、従前より石鹸生産量が増えてもいた。だから石鹸は安い。それに汚れた布製品を使い回すより、随時手を洗う方が気持ちいい。そんな感覚だ。

 おかげで、他所で悪い病気が流行っても当地ではさほどの被害は出ない。

あちこちでいつでも手を洗えるためだといわれている。水にも困らないから、日常的な入浴習慣も定着していた。


「なんか。食卓にめいめいナプキンがあるって上流の作法っていうか――それも最近入って来た習慣みたいだし――」


 イアルは少々口ごもった。具体的には、先の奥方様が輿入れされた際に持ち込まれた食事作法のはずだ。それ以前にはなかった文化である。辺境領入りした当初、大公姫は『なんて野蛮な』『マナーがなってない』とか忌憚なく大騒ぎされたらしく、いずれあまり好意的な受け止められ方をしなかった。お互いさまだが。


「うーん。そこはやっぱり戦略方針の限界、なのかしら」

「は……い?」


 何、戦略って?


「あくまで上流の作法ですっていう展開にしたから。それで今一つ、パーッと普及してないのかもね」

「え?」

「まあイアルにそう思って貰えていたのなら。半ば以上は成功ってことよね」


 イアル。姫君には最近よく名を呼ばれるのだが、なかなか慣れない。

なんだかドキドキ――てか、成功って。何すか、ソレ?


「あのね。これって仕掛けた人がいるの。おもに公都近辺から他所へ嫁ぐ令嬢達に、上流の作法ですって触れ込みでナプキン文化を広めてもらうように。そうなるように働きかけたのよ」

「へ」


 うっかり「へえ」と言ってしまうところだった。

それよか、ごめんなさい。何を言われてるのでしょうか。さっぱりわかりません。


「食事作法という文化ごと、方々へお輿入れをなさるわけですわね」


 ゼフィネさんが補足解説をしてくれた。でもまだ、もうチョイ難しい。


「ええ」                     


 何のこと? 目を点にするイアルに、姫君は悪戯っぽく笑う。


「元はね。さる公国貴族の所有する商会が、高級綿布を仕入れ過ぎたのが事の発端らしいわ」

「……?」  


 姫君はうふふとお茶目に笑った。


「ほら、前に皆で絹の輸入が途絶えた期間があるという話をしたでしょう?」


 覚えてる――デカい芋虫の話だ。


「絹が品薄になったその時期、相対的に綿生地の需要が増えたのね。特に高級綿布は飛ぶように売れた」

「は……あ」

「それでいつまでもいつまでもその頭が抜けなくて、高級綿布がずう~~っと売れるものと思い込んで、絹の供給増加にまるで気付かなかったおバカさんがいたの。結果、大量の綿布在庫を抱えてしまった」


 言い方は柔らかいけど。もしかけっこう手厳しい?


「で、商会の面々はどうにかしなきゃと頭を抱えたのね。ただし仕入れを指示した当人は、手を拱くばかりで何もしなかった。慌てはしたのでしょうけれど、それだけ。肝心の張本人は周囲に丸投げして逃げたのよ」


 珍しい。姫君の言葉に棘がある。

 

「それで困り果てた周りの人間達が寄り集まって、考えて考えて、苦肉の策を捻り出したというわけ」


 誰だ? その張本人て。公国貴族なのか、そのボンクラ?


「だから必死に知恵を出し合ったのは他の人達。とにかく、たくさん高級綿布を消費できる使い道はないかって、ああでもないこうでもないとさんざん話し合った。その果てに辿り着いたのが、食卓用ナプキンだったのですって」

「………」

「本当に苦肉の策。起死回生を狙った一発逆転案なのよ」


 なるほど。やっとわかった。それで綿地のナプキンはよく見るけど、麻のは少ないのか?


「要は――本来は責任を取るべき立場にある人間が、完璧に需給を読み誤ったのが元凶。商会の判断としては致命的だわ」


 う・わ。いっそ辛辣。ずいぶんバッサリすね。


「ホント、どうかと思うわ。具体的な用途も捌くあてもなく、ろくに計画もしないで大量の仕入れを決めちゃうなんて。稀に見るおバカさんよねえ?」


 もしかして。いやもしかしなくても悪口でしたか?


「明らかに後で誰かが何とかするだろうって魂胆。自分の不始末の後処理を他人にさせて平気でいられる人間だから、考えなしにいい加減な発注をできるのよね。

 でもそんな人間に商会を任せるのが、前提として大間違い。そういう手合いに裁量権を与えていること自体が、大問題だと思うわ」


 うん。悪口の畳み掛け。


 そしてイアルも至極同感である。

 


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