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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
【そのメイド、敏腕につき】②

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イヴは姫君の護衛騎士を心配する(2)


 (嘘。まともじゃん――)


 エライ訳アリだとは聞いていた。そもそもがウチのお館様と超訳アリの姫君だ。

 それだから関係者以外面会厳禁。存在自体が極秘の機密扱いで、とても仕立職人なんて連れて来られない。故にその衣装のお世話をすべく、わざわざイヴが採寸に馳せ参じたのだ。


 イヴには、誠に憂鬱なお遣いだった。


 急なご用命でイヴが調達した姫君の衣服に、ゼフィネさんから強烈なダメ出しがなされていたからだ。

 こちとら寸法も知らないんだから、実際問題として多少は合わなくても仕方ない。だが、口ごたえなど許されない。ご満足いただける結果でなければ、どう説明しようが言い訳なのだ。引退してゼフィネさんなんて気安く呼ばれてはいるが、そこは元上司。イヴ達には永遠に絶対的かつ無敵のゼフィネ様である。

 よって姫君に相応しい衣装をイチからお作りすべく、現侍女頭サルダーニャ一はイヴを行かせたのだ。何かとシワイ家宰殿からすんなり予算も付いていた。 


 幸か不幸か――いや、たぶん幸いにして。

姫君は人としてはまともそうである。


 イヴは微塵も期待はしていなかった。いずれ貴族の令嬢だ。希望的観測を抱いてはならない。お嬢様と呼ばれる類にロクなのがいないのは、館の『行儀見習い』達でじゅうぶん過ぎるくらい学習済みである。

 おまけにウチのお館様の許に来るような女性なのだ。過去二人を思い出せ。

どっちも相当程度以上に酷かった。二度に亘る惨状を、イヴ達は忘れていない。


 だから覚悟して臨んだ次第だが、案に相違してお館様の連れて来た姫君はいたく常識的だった。 


 まず「ありがとう」とか「ごくろう様」が普通に出て来る。

驚いた。おそらく社会通念らしき素養があるのだ。もうこれだけで画期的である。

また想定以上に見目麗しかったが、この際そこいら辺はどうでもよかった。


 ただ、思った以上に若い。若過ぎた。

 過去見て来た中で、どうやらこの姫君が一番若い。イヴはそこに危惧を抱いた。


 ――こんな若い子を。


 ウチのお館様は三十路を過ぎている。幾つ違うんだよ?

 世間には四十を過ぎて十四くらいの嫁を貰う貴族がゴロゴロいた。

子が多く欲しいからだとかなんとか戯言ほざいて。イヴは「ケッ」と思うだけだ。しかしウチのお館様はそんなんじゃないとも、イヴは思っている。


 だけど……大丈夫なのか? お館様。


 イヴから見て、あの主が女心の機微に通じているとは到底思えない。

もし細部まで気が回るなら、先の奥方様と一年そこらで破綻することもなかったろう。以前押し掛け女房に来ていた西海の姫だって、うまいこと側室に置いとけたんじゃないのか。彼女等への個人的な好悪とは別の観点で、イヴはそう思う。


(女の気を逸らさないマメさもさ。亭主の、男の器量じゃないの?)


 先の奥方様についてはさもサルダーニャとの確執があったように取沙汰され、西海の姫はどうもイヴがいびり出したみたいに誤解されているが、どちらも事実ではなかった。あたし等のせいにすんなよ。イヴとしては業腹である。

 手抜かりがあったとすれば、それはお館様ご本人だ。口はタダである。気を遣うのも金は掛からない。そういうのを惜しんでどうするよ?

 

(まあクソ忙しかったのは知ってるけど――)


 イヴは第三者としてそう感じる。だから不安が募るのだ。


(それにこの姫君だって。これだけの若さと器量なら、もっとマシなご縁とかあったんじゃないの?)


 予測を超えて出来の良さそうな姫君。

 何よりイヴが感心したのは、どうやらゼフィネ様とうまくやれているらしいことだ。広くもないこんな家で鼻付き合わせて、摩擦も無しに揉めずに暮らせているように見受けられる。もうこれだけで大したものである。

 

(身元は詮索するなって釘差されてるけど)


 イヴは業務上、必要以上の情報を頭に入れないようにしている。

この世には知らないでいいことが多過ぎた。向上心と知りたがりは紙一重だが、過ぎれば身を滅ぼす。決してためにならないのを、よく承知していた。

 よってイヴは不要な詮索なんてしない。しかし。


(イアルが護衛騎士――)


 何考えてるんだろう、お館様。


 常ならば、お館様のお考えは絶対だとか流しといても問題はない。

「お館様のなさることに間違いはない」なんて疑わない脳筋騎士団みたいに。

アイツ等思考停止してるからおめでたくていいよな、頭使わずに生きてられると、普段ならイヴは横目で見るだけだ。

 だが、ウチのお館様にも例外分野はある。イヴは断言できた。

 あのヒトには女運だけはないのだ。


 そりゃそうだろう。あれだけ公的なことに極振りして、強運を使い切っている。

あれでおまけに良き伴侶にまで恵まれるとかは有り得ない。そんな何でもかんでも満たされるのは無理というものだ。家庭運までを欲張ったら、早死にするって。


 そしてイアル。イアルがヘタを打ち、イヴが仕方なしに柄でもないお節介を焼いたのはほんの数年前のことである。約三年。まだ大した時間は経っていない。

 あれがあったからこそお館様はイアルを近習に取り立てず、今も騎士団の遊軍に置いているのではなかったのか。

 

 ただし、当のイアルはくさってはいない。

 不器用なりにクソ真面目、コツコツと骨惜しみせずに働く。何処に呼ばれても、案外ソツなく何でもこなした。

 それに意外と評判も悪くない。むしろ領都の街の治安を守る衛士達なんかには好評だ。本人は知らないんだろうな。よく半端仕事ばかりだとぼやいてるから。


(てか、何なら聞こうともしてなさそう?)


『あんな兄ちゃんに偉くなって欲しいもんだ』


 なんて言われてるのを、知らぬは当人ばかりなり。そういうトコがいたく鈍い。ホント、技術(アルテ)不足。イタイ限りだ。耳は悪くないってのに。こっちが頭痛いわ。

 

『――けど、無理かなあ。イアルはいいヤツ過ぎるもん』


 いや。それ。褒めてないから。それにいつまでもそんなんじゃ困るんだよ。

 いくら下々に褒められたとて、エライさんの耳に入らなきゃ意味ナシ。自分達は雇われ人なのである。


 しかも、イアルにはイタイ過去がある。

 わざわざこのイタイ弟分を護衛に付けて、大事な姫君を預けっぱとか。

お館様も変なトコでわきが甘い。無防備。つうか、鈍過ぎだろ。


 イヴには危なっかしく思えて仕方ない。

 ともかくイアルは免疫がない。健全なる脳筋だから、すぐうわべだけでコロッと騙されるのだ。


 この脳筋には前科がある。お館様だってご存知なのに。

こんな見目麗しくて、おまけに性格的にも難がなさそうな女子と一緒にするとか。うっかり惚れたらどうすんだよ。


  


 「姫君って……どんな方?」


 帰りしにイヴはさりげに探りを入れてみた。

本当は聞きたくもなかったが、ほんの老婆心だ。しかしイアルは変則的に返してきた。


「メチャ賢い」

「………」


 即答かよ? うん。それはわかる。見てたらさ。

 何気にアタマ良さげではあるよね。無敵の鉄仮面ゼフィネ様と折り合いつけられてるもん。オヤジを転がすのはコツさえ掴めば簡単だけど、オバサマはそうはいかない。難易度がダンチだ。


(まあ可愛い綺麗とか絶賛連呼しないあたり、短期間なりにイアルもチエが付いたのか? 脳筋なりに)


「ふうん」


 イアル。コイツ、わかってるんだろうか。

最低限のことは知ってるんだろうか。ちゃんと弁えてる? まさかとは思うけど。お館様のお手付きだって知ってるよね?


「あと――」

「?」

「メチャ男前」


 なんじゃ? ソレ。 

前言撤回。やっぱ脳筋だわコイツ。あのな。ソレ女性への褒め言葉じゃないから。


 自分から聞いたくせに、イヴはキリキリと頭が痛くなってきた。



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