イヴは姫君の護衛騎士を心配する(1)
――喜ぶべきか、嘆くべきか。
辺境伯家の前侍女頭ゼフィネさんの隠居宅でイアルに遭遇した時、イヴはしばし逡巡した。掛けるべき言葉に迷ったのだ。
元より気の重いお遣いだったが、別の意味でも僅かだけ悩んだ。
(は? 聞いてないけど?)
最初、イヴは思わず我が目を疑った。そこにイアルがいたからだ。
イアルはイヴの一歳下の幼馴染。要は弟分である。
だから何かに付け気に掛けてやっていた。イヴとて御用繁多で忙しい身だが、この弟は目を離すと危なっかしい。
イアルはれっきとした辺境伯家騎士団の正騎士だ。
しかし当時は『訓練部隊・第四隊の万年留年坊主』とまで言われていた。腕も人物も、全く申し分なかったにもかかわらず。
「あれだけ仕事ができるのに、何で未だメイドで侍女に転換しないのか。実力重視のお家にあって、能力ある人間にこの処遇はおかしい」
イヴ自身はそう首を傾げられ続けていたわけだが、イアルの方はけっこうボロクソ、言われ放題に言われていたのだ。イヴは内心で舌打ちしたものである。
(早い内にガツン! とやっとかないから――)
はじめが肝心なのだ。イアルの周囲は脳筋ばかり。
そんな連中には「舐めた真似すると後が面倒だ」とか思わせとくに限る。でないと身の程知らずのバカが付け上がる。
――無視してりゃおさまるってもんじゃないからね?
もしか黙ってる方がカッコいいとか勘違いしてるなら、それ大間違いだから。
ハッタリ上等。喧嘩なんて八割方ハッタリ。かましでいいのだ。
アホな輩は無駄に勘違いをするものだ。そして無制限に増長する。だから早い内、のっけから凹ましておく必要があった。
(剣なら負けないくせに。いったい何のために、毎日鍛錬してるワケ?)
イアルにはそも、生きる技術というものが欠如している。
イヴはそう捉えていた。たとえばイヴが敏腕と呼ばれるのは仕事の腕だけによらない。言葉で喧嘩する高等技術を心得ていて、かつその技術を的確に駆使しできるからだ。剣や拳によらず、イヴは言葉だけで雄々しく戦える。勝率もかなり高い。
歴代侍女頭達が確立した「口で半殺しにする」戦法は、イヴの技術でもあった。
だがイアルは違う。
イアルには人として何の瑕疵もないが、そうした生きる技術に長けてはいない。
(てか、世渡り下手過ぎるだろ。要領が悪いにも程がある。脳筋は仕方ないけど、あれはないわ)
それでイヴはイアルを放置できないでいた。
ヘタすると世の荒波に洗われ過ぎて、うっかり溺れ死にそうになるからだ。せめて降りかかる火の粉くらいは自分で払えよとか思うのだが、イアルは謎に巻き込まれ型で時に己の存在までを危うくしてしまう。
一度などマジにシャレにならない危機的状況に陥って、陰ながら見守るだけでは済まなくなってしまった。それで傍観者姿勢を貫けず、イヴが思わぬお節介をする破目になった。致し方なし。ついでに教育的指導としてお説教めいた解説までも垂れたのだが、どれもやりたくてやったわけではない。イヴの流儀には反していた。
――ココは「おめでとう」と言うべきなのか?
イアルを前に、ちょっとだけイヴは考えた。
偶然に居合わせたとかではない。騎士見習いの少年時代によく呼ばれていたこの家に、何でとうに正騎士に昇格したイアルがまた来ているのか。不器用な弟分は、ここでいったい何をしているのか。
戸惑ったのは一瞬だけ。イヴにはすぐに見当が付いた。ついでにおおよその状況も把握した。どうやらイアルは姫君の専任護衛を承ったらしい。それでこの家に張り付いている。
コレを素直に喜んでやればいいのか?
日頃は晴れがましいお役に縁が無くて、汗かきの汚れ仕事に駆けずり回らされる損なヤツだ。だからよかったねえと、とりあえず単純にパチパチしとくトコなのだろうか?
(けど――何故にイアルが?)
どういう人選なんだろうか。しかも、何とイアルはラウルと組まされている。
母屋の外にいるコワい顔のおっさんはラウルだった。騎士団の前副団長。
まあ腕は確かだ。けど、あんなのまで付けてるって。
ついでにラウルは口も悪い。「それだけはお前に言われたくない」とか毎回イヴに返してくる律儀なオヤジではあるが、イヴだって一緒にはされたくなかった。
勤め人としての礼儀を心得ているから、イヴはどんなに油断しようが目上にタメ口など利かない。いくら昔馴染みでも、お館様にタメ口なんぞ論外である。
イヴとしてはおっさん弁えろや、とか思ってムカついてしまう。
は――? ダイジョウブなのか。コレ?
組み合わせからして不穏過ぎる。聞いていた以上にめんどくさそうな状況だ。
それに――イアル。アンタ、ちゃんとわかってる? 弁えてるんだよね?
この姫君、もうお館様のお手付きだから。
そしてこの家にご逗留のその姫君も、何かとイヴの予想を超えていた。




