イアル、姫君の護衛騎士になる
「上に立つ者がすることではありません」
毅然と言い放った姫君は、いっそ清々しくイアルの目に映る。
(この姫様――ウチの姫様は、いいな)
綺麗ごとでいい。絵空事でいいんだ。青臭くても、正論でも、世間知らずでも。嘘くさくて構わない。見栄、建前、何ならハッタリでもよかった。仕える相手にはこうあってほしい。こんな風に考え、怒れる人であってほしい。
(なんか……お館様みたいなんだ。姫様って)
イアルには、姫君にお館様の姿が重なって見えた。
(たぶん、おんなじなんだ)
性別も見た目も年齢も。
何もかもがまるで違う二人だけれど、相通じるものがあるとイアルは感じる。
ウチの凛々しい姫様は、あのお館様とどこか似ている。
か弱い女の子のはずなのに、何でだか似てる。
賢いところはなんかダミアンみたいだし、大変失礼ながら、言動の端々にイヴを連想してしまう。でも、姫様と一番近いのはお館様じゃあないだろうか。お館様とこそ似通ってるんだ。イアルはそんな気がした。
きっと根っこが一緒なのだと、イアルは思った。
だって、二人はおんなじことを言っている。
『務めを果たしただけの者を、誰が何の罪に問う? ラウルが負う責めなどあるものか。抗議なら俺に、この西の辺境伯に寄越すがいい』
――全部、お館様なんだ。
何一つ、イアルは忘れていない。
飢えなくなった。売られなくなった。理不尽に死なずともよくなった。
助けてくれたのはお館様だけだ。俺等が暮らせる辺境領になるよう、お館様一人がどうにかしてくれた。
傾き掛けた家。荒野みたいな領地。命懸けの苛烈な野盗狩りも、峻烈な奴隷商の取締りも。領内外の轟々たる非難まで、すべて一切合切その身に引き受けて。
他の奴等が何をしてくれた?
由緒正しかったはずの辺境伯家を、血筋正しかったであろう愚息達は危うく潰しかけた。凡庸な先代の遺した暗澹たる不始末を、たったの一つも取り返せなかったじゃないか。
辺境領を立て直すのに孤軍奮闘したのは、冷遇されて家を出されていたお館様お独りだけだ。愚劣な異父兄弟連中が一顧だにせず踏み躙った領民を、一人でも多く生かすよう腐心された当主は、お館様しかいなかった。
お館様だけが、俺達に未来をくれた――
幼い頃はひたすら畏怖の対象だったお館様は、成長するにつれてイアル達の憧憬の的に変わっていった。
お館様はガタガタになった騎士団をも再建された。
その過程で、身分問わず請け人なしで騎士見習いの試しを受けられるよう、大胆に規定が刷新されたのだ。誰でも騎士を目指せると広場に張り出された時、イアル達はどれほど胸を高鳴らせたか。
今だって――お館様は俺達を簡単には死なせない。
念願かなって入団した騎士団では、たとえ末端の見習いであっても粗末にはされなかった。いついかなる時も、決して捨て駒扱いされたことはない。
イヴからはどう見えるか知らないが、イアルもイアル以外の少年達も、自分達が使い捨ての消耗品だと感じたことなどないのだ。
お館様が、無条件で信じさせてくれるからだ。
もし万一が起こったとしても、お館様は簡単には自分達を見捨てない。
ギリギリまで死なせはしないと。
イアル達は、お館様がラウルを守り切った様を間近で見ている。
『狼藉者を斬りました。あれが何処の誰かは存じません』
公都が何を言って来ようとシラを切り通したラウルを、頑として守り抜いたお館様を、イアルは騎士団は知っている。
けど――いざとなれば、お館様でも選ばなきゃいけないだろう。
いつか。もし事が有れば、きっと全部は助けられない時が来る。分けなきゃならない。取り除けなきゃいけない。生かす者、死なせる者。残すもの、捨てるもの。
どうしても最後の最後、その時には決断なさる。腹を括って総てを背負って。
初めから終わりまで、お館様が唯お独りきりで。
だからこそ――お館様に死んでくれと言われた日には、イアルは黙って死ぬ。
お館様に繋いでもらった命だ。いつだって迷わず返す。イアルはそう決めている。
躊躇わずに俺は死ねる。だから――もう、いい。いいんだ。
(それに――この姫様なら、いいや)
何つうか……すげえ男前。
さすが、お館様が見初めた相手。だって、こんな辺境の場末で哀れな護衛騎士の肩を持ったとて、姫様にはいいことなんて一つもないのだ。どこにも伝わらない。関係者なんて誰も聞いてないんだし。
家宰殿を怒らせたって損なだけだった。
だけど言うことにはピシっと筋が通ってる。それに全然逃げようとしてない。
(この姫様の護衛に、お館様は俺を呼んでくれたんだ)
イアルは身の裡にじんわりと広がる熱を感じた。
お館様が、守ると決めたらしい姫君なのだ。
お館様はその護衛に自分を付けた。他の誰でもない、このイアルを。
イアルはそれを誇らしいと思う。
名指しで俺を選んでくれた――
姫君を奪い返す不穏な企みに加われたことさえ、イーサンやエヴァンを羨ましく感じていた。だがそうまでして連れて来た姫君を、今、託されているのは自分なのだ。その重みが、そのままイアルの誇りになる。
――このお役目なら、俺は犬死にじゃない。
もし姫様のことでお館様や辺境伯家に累が及ぶというのなら、その時は潔く俺も全部を引き受けよう。こんな首くらい、いつでもくれてやるさ。
ラウルのおっさんだって。あの日あの時、黙って大公姫の護衛騎士を斬ったのだ。俺に出来ないことはないはずだ。
(うん――決めた。それでいいや)
思い定めたらスッキリした。
この家へ来て初めて、イアルはモヤモヤが消え失せた。
それに。俺は、この姫様の護衛騎士になりたい。
(まあ、もうなってるんだけどさ)
俺にいつまで護衛騎士が出来るのか、どこまで務めさせてもらえるかは判らない。借りものだとかいうその忠義な騎士みたいに、いつか姫様に友と呼んでもらえるかどうかも分らない。けど俺は姫様をお護りしたい。守り抜きたい。
この姫様の護衛騎士なら、きっと光栄だよ――
イアルは、晴れやかに覚悟を決めた。




