夢見る頃とか、たぶん過ぎてる? (2)
「その昔、エドナは技術先進国でそれなりの強国だったの」
それがすっかり忘れ去られているだけらしい。
イアルにはにわかには信じ難い。今のエドナに昔日の面影はなかった。
度重なる災難の中で、近年最大の不運は国境一帯に鉄鉱が発見されたことだろうと姫君は言う。
「あれで北の王国にまで目を付けられてしまったもの。ただでさえ南の帝国の脅威に晒されていたのに」
エドナは大国の二重搾取に苦しんでいる。
ドミネ教圏であるエドナの鉄鉱は、直轄王領とされた。常駐する王国軍の養いはエドナ負担だ。さらに南の帝国には属州扱いされ続け、上納金を吸い上げられる。
誠に気の毒だが、何より気の毒なのは三重の税に喘ぐ国民だった。
せっかくの資源が国を潤さず、鉄は自国民に利を産んでいない。
(聞いたことある――)
王国の持ち札は大塩湖だけではないと。
塩。それに鉄を押さえているから、北の王家は手強いのだと。
エドナに限らず、各地に点在する飛び地の王領はたいていどちらかが採れる場所だそうだ。もしくはその運搬に不可欠な区域。
鉄を手中にしている限り、自前で武器供給は続く。塩は兵糧を賄う。
故に両方を持つ王国軍は持久戦がきく。
しかもあの王家は、ドミネ教という切り札を最大限に活用してくる。
神の御旗の使い処を心得ているから、たかだか数百年でここまでのしてきたのだ。
長期戦を強いられる上に、宗教の名を借りた巧妙な心理戦で揺さぶる。
決して侮るな。無意味に事を構えてはならない。まともに相手をしては徒に削られるだけ。骨折り損だ。何ら益はないと。
(――て。全部、お館様の受け売りだけど)
イアルは頭を搔いた。しかもイーサンやエヴァンからの又聞きである。
お館様は、時々こんなことを仰せになる。とても武門の名家の当主の弁らしくはない。姫様の話も姫君らしくはないけれど、不思議と違和感は覚えなかった。
むしろお館様を髣髴させる。
ちなみに辺境領より北にある山岳地帯は自治領になっているが、あれがもし先方の希望通りに辺境領に編入されていたなら、エドナにいる王国軍が出張って来て介入したはずである。あえて自治領として半独立状態にしたお館様は、いたく炯眼だったのだ。姫君なら、お館様と同じ判断をしたろうか。
「エドナは、国運を賭けて絶えて久しい養蚕技術を復活させたのかもしれないわ」
東の戦乱はオアシス諸国をも巻き込み、多くの難民を生んだ。
エドナは養蚕技術を持つ人材を積極的に受け入れたようだ。それでまた数世紀ぶりに最新技術を導入できた。
「とても賢い選択だわ。さらに、そこからたった二十年程で今の状態にまで発展させた。たいした手腕よね」
非情に斬新な着眼点である。
あれは小国。最弱で最貧で名目だけの王政の国。エドナは概ねそう侮られている。
「そうですわね……今では流通する絹の半ば以上がエドナ産ではないかしら」
「そんなに?」
「ええ」
「やはり近いから?」
「そうです。それに近い分、値もお安くなりますし」
ゼフィネさんによれば、現在でも最高級の絹は東のものだそうだ。
輸入が再開され、東方からの輸入はそこそこ戻ってはいる。が、一度とんでもない高値を付けた天井状態からは回帰せぬままらしい。
「新王朝が安定したのでしょうね。交易路が安全になり、隊商も通れるようです」
政権が強固になれば治安が担保される。
ヒト・モノ・カネが飛躍的に増え、結果、国力が増す。
その道理はイアルもよくわかった。当地の新街道が旧街道を凌駕したのは、安全に通れるからこそ。おかげで税収が増大して、領の財政状態は大いに改善した。
「それにぱっと見で産地を見分けられる目利きなど、そうおりませんもの。エドナ産でじゅうぶん。そう考える者は多いでしょう」
「今は質よりも量……を狙うのかしら。おそらく徐々に品質も向上するでしょうし。きっとこれからね。緩やかにでも、確実にエドナの国力は上昇する」
現状でそんな風に考える人間は非常に少ないだろうとも、イアルは思う。
「エドナの気質は、とても周到で用心深い。一方でヘタに養蚕技術の盗用を取り繕わないあたり、実利に重きを置いてるカンジがするわ。いっそ潔いかも」
「?」
「セドナとオアシス諸国では、養蚕開始はどちらが早かったのでしょう?」
「たぶん――オアシスの方ではないかしら。少なくとも記録上では」
だから。記録上って、ドコの?
「あのね。オアシス諸国ではね。養蚕の導入経緯をキレイごとで誤魔化してるの」
「は、い?」
「ほら、卵泥棒させたのが自国の主要産業の興りです、じゃあどうにも聞こえが悪いでしょう? それで国にもよるけれど、ネタ元を外聞の良い愛の物語に摩り替えて、そちらを流布させているそうよ」
「は?」
愛の。物語? なんじゃ、そりゃ。どこで愛が出て来る?
姫君はザックリとさわりを語った。
――遠い昔、オアシスのとある国へ嫁いだ東の公主が、相思相愛の王子のために蚕の繭と卵を齎しました。複雑に結い込んだ黒髪に忍ばせて、東の皇宮から持ち出したのです。
「細かいところは幾つも類型があるみたい。でも、とんだお笑い種でしょ?」
「え?」
今の話、笑うトコありましたか?
「だって、どう考えても話の設定に無理があるじゃない?」
「………?」
「第一に、時系列的な問題。その時期にオアシス地域へ降嫁した公主なんていないのよ。公式記録にあるのはもっと前かもっと後。だからそもそも裏が取れてない」
「あの。公主って――?」
「あ、皇女のことよ。もしくは王女。東では、公主と呼ぶのよ」
へえ。そうなんだ。
「第二には、相思相愛のワケがない。顔も知らない相手のために何であえてそんな危険を冒すのかしら? 遠隔地政略結婚なんて、普通は会ったことさえないはず。手紙を交わすのすら稀でしょうに、愛なんて育みようがない。まして公主が国外に降嫁するのは、きっと死ぬほど嫌なはずだから」
――ヤなのか。やっぱり?
先の奥方様も、何かっちゃあ公都公都って煩かったそうだしな。
「だから余程命が懸かっているとか、重大な弱みを握られて脅されでもしない限り、持ち出しなんて有り得ない」
「―――……」
身もフタもなかった。しかし冷静かつ客観的な指摘ではある。
てか、バッサリ断言するって意外と現実的? うら若い女子なのに、お伽話とか恋物語には夢を見ない派なんすか?
「そして最後。第三にね。仮に王子が公主に繭と卵の持ち出しを懇願したのだとして。妻になる相手に国禁を犯すような頼みごとをするなんて」
姫君は一刀両断した。
「絶対。ロクな男じゃない」
ぶっ。
思わず吹き出しかけて必死に耐えたイアルが横目で追うと、ゼフィネさんが肩を揺らして笑いを堪えていた。
「――失礼」
ゼフィネさんはごく短く済ませ、さっと平静に戻る。
『ロクな男じゃない』
姫君の物言いとして適切かどうかはさておいて、この清々しい切り捨て方には妙に既視感があった。
――なんか。イヴみたい?
館で肩書のないままに実質的メイド長を務めているイヴ。
イアルの一つ上の幼馴染は、もうほぼ最古参の領域にいる。
仕事は出来る。メチャできる。自他ともに認める「敏腕メイド」。
そして日頃から怖いもの知らずで、イアルがハラハラするほど歯に衣着せない。
あんなのと比べて同類に括ってしまったら、姫様に失礼だけど。
「まあ……どっちもどっちかしらね。二年がかりで養蚕技術を盗ませたと豪語するのも、偽装愛の物語と五十歩百歩かも」
「二年……」
「伝承ではそうなっておりますわね。東の地を旅したドミネ教の僧侶二人が養蚕の様子をつぶさに見て技術を会得し、さらに二年がかりで卵と幼虫を持ち帰れたと」
そんな伝承が? 何もかもイアルには初耳だ。
「たぶんホラ、よね」
「でしょうね」
「え……??」
「そもそも二人きりで実行、からして無理でしょう? 成功した二人の陰にはさらに何倍もの協力者、或いは犠牲者がいたはず」
「………」
「それに数年単位で張り付かないと、養蚕の細かい作業は観察できない。見るだけじゃあ複雑な工程なんて習得できっこないわ。実際に従事しないことには」
「ええ。誠に」
「準備段階から逆算したら、軽く十年は要してると考えるのが順当」
「………」
「エドナ人は臆病でも脆弱でもない。違うと思うわ。むしろ先祖は大胆さを誇っていた。それに意外とガメツい。逞しい民族性のはずよ」
この見解もイアルには驚きだ。世の評価は真逆である。
遠国エドナが誇りと独立を取り戻し再生するのは、まだ数世紀先も先になる。
だが遠からず、この場の誰も予期しなかった縁が繋がることになる。近い未来、図らずも亡国の王統の末裔達が一堂に会するのは、西の辺境の地なのだった。
しかしその前に。まだイアルには、多少の試練が待っていた。




