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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第八章 愛称はお姫様

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イニシャルはE(とR)


 「まあ――」


 ゼフィネさんの声が暫し華やぐ。姫君の手仕事第一号、この家の女主人に捧げるプレイスマットが出来上がっていた。


「なんと愛らしいこと……とても素敵ですわ」


 長方形綿布の上下左右、四方をぐるりと赤い糸の刺繍が縁取る。メチャクチャにラブリーな仕上がりである。


「気に入ってもらえましたか?」

「ええ、ええ。それはもう! けれど、使うのが勿体ないような……」

「あら! それはダメですよ、毎日使ってくださらないと」


 姫君はコロコロと笑った。


「これは質の良い綿布ですもの。どんどん使って、ガンガン洗って大丈夫」


 その方が逆に風合いが増しますよ。姫君もゼフィネさんもニコニコしている。

刺繍糸は植物のアカネ染め。最初は鮮やかな緋色だが、年月とともに褪色していく。姫君の言う通り、使う程に段々と日々の暮らしに馴染んでいくのだろう。


 普通だな――


 今も女性二人は和やかに話していた。もう普通にできている姫君とゼフィネさんは、やはり凄いなとイアルは感心する。ジョシュが帰っても、いつもながらイアルは自然に素になど戻れなかった。様々な懊悩が露骨に出てしまう気がしていた。

 殊にいつまでも刺さっている棘は、姫君の実家のことだ。断片を聞くだけでもロクでもなさそうで、思い出す度にむかっ腹が立ってしょうがない。人の噂なんぞ鵜呑みにするものではないが、この風聞は的はずれではないだろう。


 ――現側妃にしたって、なんで実家はどうにか断ってやらなかったんだよ。


 あんな評判の悪い相手に。実際、新バカ大公みたいなのに嫁がせたら幸せになれない――てか、ほぼほぼ不幸確定じゃないかとイアルは思う。イアル的には貴族の親の考えは、全然わけがわからない。


(……よく、こうもまともにお育ちだ)


 姫君の近くにいて、イアルは何一つ嫌な思いをしたことがない。 

愛され大切に育てられても真っ直ぐに成長するとは限らないが、不遇な生い立ちは少なからず人に歪みを生じさせる。


『あの()等――『行儀見習い』達を見てたらわかるでしょ?』


 イヴに言われるまでもなかった。館でたまに『行儀見習い』達と接触する時なんて、ムカついて仕方がないのだ。同様に不遇であったろうと思うのに、姫君は特にひねもせず成人されている。おそらく稀有な例なのだ。

 



 「イアル?」


 姫君に名を呼ばれて、イアルは我に返った。


「は、い……?」

「次はあなたの番ね。これから取り掛かるから」


 不意打ちみたいににっこりと笑いかけられて、イアルはドキドキしてしまった。無防備に油断していたらしい、普段はそんなに慌てたりしない。領都で評判の居酒屋看板娘と握手しても、酒場で婀娜っぽいお姉さんにしなだれかかられても、こんなにドキマギはしなかった。何なら、付き合いで連れて行かれた西海風酒場の妖艶な踊り子にだって。あれはいっそ着てない方がマシ? と疑問符が付くぐらい煽情的だったのに。


「あなたも、こんなカンジでいい?」


 姫君はゼフィネさんご満悦のプレイスマットの意匠を指し示した。

 たぶん……花とかを表しているのだろう。華やかで可愛らしい刺繍。見事な仕上がりだと思う。けど、コレ――


(俺が持つの? 使うの? 毎日?)


 イアルは頭を掻いた。騎士団でこんなのを見られたら、絶対にネタにされる。

確実に半年かそこらは――いや、最低限として赤の色が褪せるまでは揶揄われるはずだ。


「何かご希望はあったりするかしら?」

「……できれば。もうちょい、地味な方が」


 失礼かな? そうは思ったが、ゼフィネさんも何も言わない、いいみたいだ。


「そうなの? たとえばイニシャルだけ、とかの方がいい?」

「――はい。できれば」


 姫君は少し考えた。


「もしかして……色も赤じゃない方がいいのかしら?」


 むこうから聞いてくれたので、イアルはありがたく頷いた。


「藍青の糸なら、ございますよ」


 ゼフィネさんが違う刺繍糸を出して来てくれた。これもよく使われる草木染だ。これなら恥ずかしくない。じゃあこれでとあっさり落ち着いた。


(図々しかったかな……)


 厚かましくも注文をつけるなんて。下さると言う物をありがたく頂戴しないなんて、ホントは論外だよな?


「なら。外の方も……そうかしら」

「え?」

「イアルはあのヒトと話すことって、ある?」


 間違いようがない。姫君はラウルのことを尋ねているのだ。あのおっさんのことを。


「ラウル……ですか」

「――あのヒトは、ラウルというのね」


 やっぱり。自己紹介も他己紹介もされてない。なんでだよ? 今更だけど。


「イアルはあの人とはよく話すの?」

「え。いや、」


 よく、どころか滅多に話さない。

この家へ来た当初、礼儀として毎朝の挨拶くらいはしとこうと声掛けしたら、うるせえと一蹴されたのだ。


『うっとうしいから寄って来んな。お互い無視でいいんだよ、無視で』 


 ――いや別に。懐いてくつもりとかじゃあないですけど。

 

 以来、日常的には没交渉なのである。


「じゃあ。イアルからあのヒトにもご希望を聞いておいてくれないかしら」

「はあ……」


 何で、ここで「じゃあ」になるんだろう? あのヒトに話し掛けるなって言われてるんだけど、俺。


「本当は……あのヒトに、直に聞いてみたいことがあるのだけど――」

「は、い?」


 え。なんで? ここまであのおっさんと接点とかあった? そんな必要ある??


「でも。あのヒトも私と同じ日にここへ来て、そのままずっといるのよね?」

「は……い」


 そのはずだ。イアルもだが、もう半月からもこの家から離れていない。


「じゃあ、聞いても知らないか……」


 何を聞かれたかったんだろう。気にはなったが、イアルは根掘り葉掘り詮索しなかった。元々そういう性分でもあるのだが、尋ねない方がいい気がしたのだ。



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