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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第七章 かなしいお知らせ

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もう、来ないで ~ジョシュ再来


 だから――何で来るんだよ。


 「ゼフィネさまあ~」


 もう来なくていい。来んなよ、絶対。

そう思っていたのに。またもやジョシュは来やがったのだ。それもさらに不穏な噂を携えて。


「ゼフィネ様! 儂だ、ジョシュが来ましたよ~~」


 もう何も聞きたくない。これ以上何にも知りたくないんだよ。

そんなイアルの心の叫びを嘲笑うかのように、善良そうな顔をしてジョシュは来た。

  


 「今日で葡萄摘みが一段落してな」


 ジョシュはニコニコしながら、勝手口からズカズカと入って来た。


「そいで中締めでお疲れさんの振る舞いに、鶏を潰したんだよ。ホレ、この家の分」


 土産は豪勢にも鶏の丸焼きだった。そして何故かイアルにそれを渡し、台所の指定席にどっかと腰を下ろす。


(ゲッ。また長居してくつもりかよ)


 イアルとしては既にうんざりである。


 ジョシュ達はいよいよこれからが忙しいはずなのだ。

葡萄積みと同時進行で、実を選り分ける選果、房から実を外す除梗と続いて行く。様々な工程を順次、着々とこなしていかねばならない。だから本来、まだまだ目も回る程忙しい時期なんである。とてもこんな所で油を売っている暇などない。


 だから、もう帰ってくれよ。


「若い衆が来てんだから、ゼフィネ様とこも肉が要るだろ」


 おそらくジョシュ爺さんは善人だった。かつ今日は焼いた鶏というおまけ付き。

新鮮な肉は久し振りだから、成年男子の体には地味に嬉しい。普段なら喜んで迎えている。

 しかし今はマズい。爺さんは近郷きっての早耳で、いたく情報通。ゼフィネさんの耳に入れてくるということは、別の何処かではまたこちらの話もするのだ。饒舌なお喋りにも辟易だが、とにかく危険過ぎた。  


「ま~あ、忙しくてな。とても収穫祭に売るアーロにまで手が回らんのだわ」


 ジョシュは野菜の他にも、片手間で手の掛からない換金作物を手掛けている。

それがアーロだ。


「株を小分けしとけば、何鉢でも飛ぶように売れる。市で儲けさせてもらうべしと張り切ってるけども」


 まあ、準備するその間が無くて無くて。ジョシュはカラカラと笑った。


(――なら、こんなトコ来んなって)


「今年こそ全部捌いて、孫娘の嫁入り準備の足しにしてやろうと思ってんだ」


 孫は――三人以上は、いるな。


 イアルは頭の中で数えてみる。一人は前回も見かけた少年だ。彼はここのところ食材を届けてくれていた。勝手口で「置いときます!」と叫んで、そのまま走って畑へ帰るのでイアル的には非常に好感度が高い。それから「ウチの孫と変わらん」と貰い泣きにジョシュが引き合いに出していた、性別不明の推定十六、七歳。

それに嫁入り予定の孫娘で、三人目だ。


 辺境領では平民の女子はそんなに早くは結婚しない。お貴族様にはまだまだ十四くらいで結婚させられるご令嬢も多いと聞くが、当地の初婚年齢は概ね二十歳過ぎである。昨今、世間一般で成人年齢は男女とも十五歳で定着している。しかし十八歳以下の花嫁はあんまり見ない。大体が、数年は働いて自前で嫁入り道具を整えてから所帯を持つ。辺境領女子達はけっこうしっかり者なのである。


「アーロは家に一鉢あると重宝するもの。ほとんど手もかからないし、よくできた万能薬よね」

「そうそう」


 アーロは、最近ちらほら栽培され始めた植物だ。南方からの交易で入って来たらしい。花なんかは咲かない。観葉植物でもない。むしろ見た目はいたく不格好だ。

 ギザギザの小刀みたいな葉が幾重にも放射状に広がる、まるで噴水みたいな形状で、どこでも千切って剥くとプニュプニュの半透明な果肉が出て来る。だが食用とかでもなく、これが便利な薬になる。ちょっとした火傷なんかは、この果肉をそのまま患部に当てておくと、だいたいキレイに治ってしまう。

 各家庭に常備しておきたい便利な薬である。ゼフィネさんの台所にも、鉢植えを一つ置いてあった。

 またアーロのいいところは、非常に丈夫なことだった。

葉か茎だかの切れ端をその辺に植えておけば、放っておいてもどんどん増えた。

忙しい葡萄農家の副業には持って来いである。


「確か……去年は、急な霜でダメになってしまったのだったかしら?」

「そうそう。あれは参ったよ」


 ただし、寒さには弱い。冬には屋内に入れておかないと枯れてしまう。

去年、家の前の畑に直植えしていたジョシュのアーロは、根こそぎ早霜でやられたそうだ。忙しさにかまけず、先に鉢に分けておけばと、いついつまでも悔やんだという。


(……で。いつまで続くんだ? この前振り世間話)


 イアルはジョシュの長尻を覚悟した。



 「ところで、あの話の続きな――」


 来た……! 本題。

 勿論、本当に話したいのは旧街道の惨劇の続報である。鶏肉はついで、来る口実だった。ジョシュは先日以降に仕入れた噂を持って来ていた。それをゼフィネさんに話したくてうずうずしているのだ。

 イアルは、またまた胸を掻き乱されるネタが満載されてそうな予感がした。


「どうも、いかんかったらしい。……やっぱり、亡うなっておられたみたいでな」


 イアルの予見は正しかった。

この爺さんは、またしても盛大にぶちかましに来やがったのだ。



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